第16話
どの高校にも長年続いている、所謂伝統行事というものが存在する。
オーソドックスなもので言えば、文化祭や体育祭、修学旅行などだろう。そして、それらは大半の学校で恒例行事と化している。
さらに、そういった共通したものとは別に、各校で独自に育まれた行事もまた、その高校を象徴するかのように実在している。
では。我が校『舩森高校』の伝統とは何か。
それは紛れもなく。
「では、奉仕活動の年間計画を立てていこうと思う」
興味の持てない、そして、面倒極まりない恒例行事のことだった。
*
奉仕委員の活動のうち九割以上を占めるのが、地域奉仕活動の運営である。
春、秋の奉仕週間に加え、夏、冬の地域行事の手伝いが基本的な活動になる。奉仕週間中は町内清掃がメインとなり、他は月に一度、小学校低学年層の面倒を見に公民館で活動があるくらい。
そう聞く分には、クラスメイトが忌避する程の委員会ではないように思う人も、中にはいるだろう。こういった活動は、どの委員会にもあることだからな。
然れども、この委員会はそれだけではないのである。
その一つとして――
「まずは、今年の企画を考えていきたいんだが……」
――前委員長の言葉通り、年ごとにテーマを決めて奉仕企画を考えるなんていう、面倒なものがあるからである。
いいじゃん。毎年恒例で問題ないじゃん。
なぜ伝統と謳っておきながら、毎年活動方針を変えるんだよ。
そして更に――
「企画書と報告書のログは、後ろの棚の中のファイルに保存されているから、それを参考にしていこう」
――毎度の行事を生徒が考え、そのレポートも生徒が行うという、義務教育から離れ切れていない高校生には荷が重い話まで。
企画の立案から、その運営と後処理に加え、各関係者への報告をすべて生徒たちでやらねばいけないのである。しかも、一年を通して。
とてもじゃないが、付き合ってはいられない。
その上、隣にいるのは、ここ最近まともな会話をした記憶のない、パワフルなクラスメイトの女子。
本当の本当に、付き合っちゃいられねぇ。
――が。前委員長が、そんな俺の心の呟きに耳を傾けてくれることなどなく。
「あぁ、そういえば紹介が忘れていたね。僕は昨年この委員会の委員長だった、
学年が一つ上の『僕っ娘』前委員長が、そんな間抜けなことを言うも、当然のことながら他に立候補者など現れる訳がなかった。
そもそも、俺らのクラスのように、パッとこの委員会を志願する生徒が現れるのは、かなりのレアケース。ここは、この委員会に入りたくない人間の集まりな訳で、つまり、委員長を立候補する人間などまずいないのである。
「(だから、委員長は推薦式なんだろうな……)」
要は、不完全な身内同士で、面倒な役回りを押し付け合う訳である。
不毛でしかないな、と俺は欠伸をしながらへたり込むように机に伏せる。
会は、副委員長やら書記やら役職の話に移ったらしい。黒板にチョークで彼らの名前が並列に縦書きされていた。
俺はその光景を眺めながら、同じ様に呆けた面をした幼馴染に尋ねた。
「なんで俺を脅してまで、美化委員に誘ったりしたの?この学校がどれだけ地域貢献を謳っているか、わかってるでしょ?」
この学校は、文化祭や体育祭、果てには修学旅行にさえも地域貢献活動を持ち込んでくる。
「知ってる。だから、真面目な人しか入らないこの委員に、敢えて入ったんじゃない」
「それじゃ、説明になってないし。大体、君が真面目だとはとてぇ……も痛い痛いだいだいだい!!」
俺は、唐突に隣の女子から脇腹を力強く抓られる。
――と、同時に。
『君は何を言っているの?私って、とても真面目でしょう?ね?』
耳元で囁かれるその声音の低さに、俺は戦慄を覚えた。
ある種の恐怖に、もはや否定する余地なんぞ俺の心にはなかった。
「君、大丈夫かい?」
先程決定したらしい委員長が、顔色の悪い俺を見て、気遣わし気な視線を送ってくる。
先程まで自信の塊のようだった委員長から伺える、憂えた感情。おそらく、不服とも取れる俺の苦々しい表情が気に障ったのだろう。
だが、悪いな、委員長。あんたに真摯に対応してやれるような余裕も自由も、今の俺にはないんだわ。
そして、委員長へ俺に代わって返事をするのは隣席の悪魔である。
「気にされなくて結構ですよ」
返事の発信元が俺でなかったからか、「いや、でも……」と言い淀む委員長。
対して、『はるか』ちゃんは、寒気の走る微笑を浮かべていた。
「彼の顔色のことなら、本当にお気になさらなくて大丈夫ですよ、委員長。彼は日頃から夜更かしばかりしているもので、昼間から気だるげな表情をしているのは、いつものことですから。この顔色と顔つきの悪さは、けじめのないだらけ切った彼の素行が原因です」
「いや、俺の顔つきは今は関係ないでしょ」
と、言っても彼女は聞く耳を持たず。というか、だらけ切った素行なのは俺じゃなくて春人だろ。
俺の発言権を牛耳る彼女に、委員長も触らぬ神を覚えたようだ。
表情がより硬くなって、「そ、そうかい……」とさも納得したかのように引き下がっていた。
俺と視線を交わすと、「ごめんよ」と言わんが如く彼女は目を細める。そこはもう少し粘って欲しいんだが。
彼女が委員会の流れを元に戻すと、『はるか』ちゃんもそれ以上口走るようなことはしなかった。
「では、皆にこのメンバー表通りにグループに分かれてもらう。集まったメンバーで、活動方針の案を決めていってくれ」
委員長の指示で、他クラスの生徒たちが一斉に動き出した。
けれども、周囲からの視線は俺らへ。ひそひそと周囲の生徒同士で開口しているのが、尻目にもわかった。「なんで、あいつは『はるか』ちゃんと親し気なの?」と、同学年の女子が口にしているのさえ聞こえてくる。
奴らの言いたいことはわかるさ。校内でも有名な『はるか』ちゃんと、今まで縁すらなさそうだった俺がどうして仲良さそうなのかとか、分不相応だとか言いたいんだろ。
だがな。俺からも言わせて欲しい。
「(今のやり取りのどこに、俺らが親し気に映るシーンがあった!?)」
もはや溜息を吐く気力すら失せてくる。
「君が大袈裟なリアクションするから、みんなから注目されているんだけど」
ボソッとした声が耳元から聞こえてきた。
「君の仕出かしたことを、俺になすり付けないでもらえるかな」
「でも、委員長に指摘されたのは君の所為でしょ」
「いいや、君だね」
「いや、君だよ」
「君だ」
「君だってば」
「君ら二人じゃないかな!」
バンっと叩かれる机。同時に横から受ける威圧感。
話を聞く素振りすら見せない俺らを、額に手を当てた委員長が渋面を構えて見下ろしていた。
「僕は、皆に今年の委員会をどう運営していくか話しているんだけど、君ら二人だけで盛り上がっても意味ないんだよ?」
疑問口調も、語気が変わるだけで怖いもの。
その圧力をついさっき示して欲しかったんですがね。
「まぁ、いいよ。反省しているみたいだから。とりあえず、奉仕委員の活動計画をグループ単位で話し合うから、君らも他クラスの生徒のグループに交ざってもらえないかな?」
周囲にはもう既にグループが形成され、完全に俺らは浮いていた。
痛い奴を見るような視線、視線、視線。いや、本当に痛いからそれやめてくれ。脇腹を抓られる以上に痛い。
当然、「俺は被害者だから」の言い訳は彼らに通じない。
不幸中の幸いは、『はるか』ちゃんとグループが違かったこと。これで彼女と同じグループになっていたら……俺はグループメンバーに、二重の意味で見殺しにされていただろうな。
俺は重たい腰をどうにか上げる。正直、今すぐ帰宅したいけれど。
と、ブレザーが何かに引っ掛かった感触があった。
服まで俺の気持ちを表現しているのだろうか――なんて、お気楽なことを考えれたら良かったんだけどな。
「今度は何?また注意されるよ」
俺のブレザーを引っ張ったものは、物ではなかった。
「これからよろしくね、みっくん」
「……へ?」
俺の上ずった声が、教室中に響いた。
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