第14話
「だって、お前、悠ちゃんのことが好きなんじゃ――」
…………………………………。
「――なさそうだな」
俺の顔から何やら悟ったらしい春人が、勝手に納得していた。
笑えない話だよ、まったく。
実際、春人の言い分は理解できる。
俺が彼女のことを大切に思っていたことは確かだったから。
嫌いになる訳が、なれる訳がないのだから。
孤高と孤立をはき違えた情けない俺を助けてくれた、かけがえのないの友人だったのだから。今の彼女からはそんな様子など一切見受けられないが。
要するに、笑えない理由は他にある訳で。
そして、それはつい最近できたもので。
彼女であって『彼女』ではないのだ。
更に、昨日『はるか』ちゃんの口からとんでもないことも聞いてしまったこともあって。……………。
「いや、ね。別に、彼女のことが嫌いな訳ではないんだけどな」
「嫌いではないが、とりわけて悠と一緒の委員になるメリットはない、と?」
「そういうことだな。正確に言うと、デメリットしかないだな」
「……その心は」
俺は彼女が昨日、別れ際に言い残した一言を思い返す。
「……彼女は……奉仕委員に……入るらしいんだ」
俺は呻くように、声を絞り出した。
「……なるほど。あの渋面は、そういう意味だったのな」
奉仕委員会。それは、地域貢献を学校理念にすら掲げている高校の、生徒会以上に教師陣が肩入れしている委員会。
故に、全学年を通して比較的成績優秀者がその委員会に選出され、奉仕委員になっただけで成績四以上確定になるといった噂まで流布されている委員会だ。まぁ、単なる出鱈目だろうが。
しかし、真面目な生徒ばかりが集まるのは本当のことらしい。活動内容が新設した部と丸被りなのもあって、俺としては何の興味も湧かない、非常に魅力の欠けた委員会なのである。
その上、放課後居残りは基本確定事項とのこと。もはや、候補に上げることすら考えられない。
「誰だよ、こんな面倒な委員会を考えた奴は」
俺は始業のチャイムが教室に鳴り響くのを聞きながら、奉仕委員の立候補者が現れることを静かに祈った。
*
「はぁぁ……」
溜息を吐いて、俺はトイレの洗面台に預けていた体を起こす。心なしか、気持ちが重たいだけでなく、身体までだるい気がした。
「溜息深すぎだろ」
春人のそんな一言も俺には届かず。
とにかく、奉仕委員にならないための策を模索することしか考えられなかった。
と、俺の思考タイムを邪魔する様に鳴動する、一回のバイブレーション。起動させずとも、それがメッセージアプリ由来のものであることは容易に想像がついた。
「いったい誰だよ。今はがっk……」
気だるげな俺の呟きは、最後まで言い終えることはなく。
その時目に映った文字に、動揺が抑えられなかった。
メッセージアプリ内でフレンド登録していないはずの【はるか】の文字に。
そして、そのメッセージ内容においても。
【私と君のどちらの口から、君が奉仕委員志望なのを伝えた方がいいか、きちんと考えなね】
「誰に?」だとか、「なぜ?」だとか、その他もろもろ、このメッセージに対する問いならいくらでも見つけられる程の不明瞭さ。それが唯一つ、送り主が『はるか』ちゃんというだけで、俺には伝達内容を正確に受信できてしまった。
「なぁ、春人。このアプリって、フレンド登録しないとメッセージ送れないはずだよな」
俺は壁に寄りかかっている友人に向けて、アリバイを潰しにかかる探偵を気取る様に問いをぶつけた。
「ん?あぁ、そのアプリはフレ登録必要だな」
「そんでさ、フレンドになるには、相手と共通のフレンドから紹介してもらうか、IDを教えてもらうかしないといけない訳だろ?」
「……そうだな」
「俺さ、クラスのグループメッセージにも参加してないし、学校でフレ登録してるのお前だけなんだよね」
「……………そうか。それは、寂しいな」
「それが遺言でも、後悔しないんだな?」
「……………………………………ごめん………なさい」
「謝って許せるのは誤りであって、過ちではないんだよ、春人君。では、情状酌量の余地があるかは縷々述べてもらってか……何だ、それは」
深々と頭を下げた春人が差しだしているものを見て、俺はポキッポキッと鳴らしていた拳を下ろした。
受け取ったそれは、価値も形も薄っぺらい長財布。
中身は百円玉が二枚だけ。こうなる事態を予想していたかの如く、カード類は丁寧に抜き取られていた。
「お前の誠意は二百円ばかしかっ!!いつも財布に詰めてあるグークルプレイのカードはどうした!?完全に確信犯じゃねぇか!!」
「だ、だから、こうしてお前の頼みを聞いてやろうと思って来たんだろうが。それで、許せ」
「許してもらう側のセリフじゃないだろ、それは」
申し開きのないどころか、開き直りも甚だしい春人の態度。先程の姿勢から一変し、俺の肩をポンポンと叩いてくるこいつの中には、もはや人のプライバシーを侵した罪の意識はないようだった。
「いや、だからさ。俺も勝手に三嶋のアドレスを彼女に教えたことは、悪いなと思ってるんだよ。反省する気がないだけで」
「だろうな」
半ば、呆れた口調で直言する。
「むしろ、俺は三嶋の役に立ちたいと思っていたんだから。学校外で話ができる友人が俺だけなんて寂しいだろうと思ってよ」
「それは要らぬお節介って言うんだよ」
「そんなこt――」
「お前はこのメッセージを見ても、そんなことが言えるのか?」
俺は春人が言い終える前に、メッセージアプリのスマホ画面を彼の前に提示しながら、口を挟んだ。
言い淀む春人。勝ち誇ったように口角が上がる俺。
そして、結局。
「バカやろぉぉおぉおぉおおおおお………………………!!」
その口角は、大きな呻き声をあげる動きに変換されるのだった。
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