第2話
斎藤と付き合い始めたのはゴールデンウイーク明け。
それから一週間以上が経ち、顧問から部室として使っていい教室を割り当てられ、今ではその部室の居心地の良さを段々と感じられるようになってきていた。
さて、青春を謳歌するために作った部室でやることはと言えば。
最初は特に、否、全くもって何もなかった。
出かけるもなく、遊ぶもなく、ただ課題に取り組むだけの部室風景。部室がどこからどう見ても、ラーニングスペースと化していた。
「(いや、どうにか部を作れたはいいけど、この光景を先生に見られたらアウトだろ)」
実際、発言に無責任でいたくない俺は、斎藤の告白から一両日中に部の設立に必要なものを用意したし、それを持って面倒事に首を突っ込みたくない先生との顧問交渉も済ませたのだ。
つまるところ、部活を作って青春したいと願望を唐突に語ってきた彼女が自ら動いたのは、俺を誘うことのみであり、生産的な何かをしてはいない。
だからといって恩を売ろうだとか思っている訳ではないが、てっきり彼女が虎視眈々と部活設立を狙っていて、その過程として俺の勧誘段階があっただけであって、「部活のことは私に任せればいいから」のような彼女の一言で事が済むものなのだと考えていた俺は、当然毒気に当てられてしまった訳だ。煮え湯を飲まされた気分だよ、まったく……。若干、彼女のことを『気の遣えない』認定してしまいつつある俺だった。
で、だ。彼女との部活をめでたく開設した俺は、やることもサッパリなまま、彼女と部室に足を運ぶことが放課後の日課となりつつあった。
「斎藤は課題終わったか?」
俺は斎藤が淹れてくれたお茶を啜りながら、そう尋ねた。
「いいえ、終わってないわ」
「そうか。俺はとりあえず終わったから」
「……そう。あなたは帰るの?」
「これ以上残ってもやることないしな……って、どうしたんだ?」
斎藤はノートパソコンを鞄から取り出すと、起動してからコンセントとつないで充電する。
パスワードの設定されていないそのパソコンは、電源ボタンを押して一分足らずでホーム画面が開いた。
「データ入力と調べ事を少ししようかと思って」
「わざわざノーパソ持ち歩いて調べ事って。そもそも、ここに電波は届くのか?」
「先生にここまで回線を引いてもらえるように申請しておいたし、このパソコン自体も先生から預かっているものだから」
パソコンをよく見ると、『地域調査部』と書かれたラベルが貼られていた。
『地域調査部』とは、斎藤に頼まれて俺が作った部の名前である。
青春と地域調査って何の繋がりがあるのかどうか、先生に登録申請をした俺にも分からないが、斎藤曰く——
『活動に支障なければ名前は何でもいい』
――そうなので、取り敢えず外へ出掛けることに問題無く、且つ、他のどの部活とも被る要素のない部を考えた結果、この名前に行き着いただけだった。
「パソコンに何を打ち込んでいるんだ?」
「地域活動に割けられる今年度の予算を調整したデータよ。顧問の先生に頼まれたから」
我が部は名前からして地域貢献を謳っている。それゆえに、任される仕事もあるのだろう。まぁ、名前を決めたのは俺なんだけどさ。
彼女がファイルから取り出した資料に、生徒会年間計画書と書かれているのが見えた。少し薄れた白黒印刷の資料から、これが原本のコピーであることが推察される。
「先生も面倒な仕事を回してくるなぁ」
「仕方ないわよ」
確かに、部を認めてもらっただけラッキーだから、仕方ないことではあるが。
生徒会として使える経費は年々減少している。ゆえに、新たに部活を作ろうと試みたところで、応じてくれる教師などいない。
が、この高校がスローガンとして掲げている『地域貢献』に一噛みしてやれば、部費問題も融通を利かせてもらえる。
部の設立さえしてしまえば、斎藤から頼まれた『青春するために部活を作ろうと思う』ミッションはクリアなのだから、『地域調査部』の創設に俺には迷う余地などなかったのだった。
要するに、だ。
地域調査部とは名目上でしかなく、俺たちは教師及び生徒会執行部の便利屋という立ち位置な訳だが、斎藤の『青春』を手伝うにあたって、それは然程問題のあることではなかったのだ。
「それでその作業はどこまで行ったんだ?調べ事ならスマホでもできるし、進行具合が知りたいんだが」
斎藤を手伝うつもりでそう聞くと、彼女は驚いたようにこちらを見つめる。
「帰るつもりだったんじゃ……」
「でも、その資料をまとめるように、先生に頼まれたんだろ?地域調査部って名前にしたのは俺だし、部員でもあるんだから手伝わないのは気が引けるんだよ」
「……そう。ありがとう。でも、今日はデータを打ち込むだけのつもりだったから大丈夫よ」
「調べ事もするんじゃなかったのか?」
「それは先生から頼まれたこととは関係ないから」
「へぇ」と俺は茶を啜る。案外と美味しい。
お洒落なティーポットは、斎藤が持参したものだった。
「(でも、そうなると俺はやることがなくなるんだよな……。斎藤が仕事をしている手前、彼女一人を残して帰る訳にはいかないし……)」
……………仕方ない。読書でもするか。
もちろん文庫本だ。イラスト付きの。
俺が最近ハマっているライトノ……文庫本は、登場人物が全員大学生と少し異色ながらも、他人の感情を読み取ってしまう主人公が、唯一感情を読むことのできないお茶目なヒロインと、ある作者のサイン会の列で前後だったことによって出会うシチュから始まるラブコメである。
彼らの間で交わされる掛け合いから見受けられる機微な感情の動きは、王道ラブコメのそれであり、そこに登場するサブヒロインたちも非常に魅力的で、もう何度そのシリーズを読み返したかわからない程気に入っている作品だった。
まぁ、読み込み過ぎて、もはや展開を読まずとも暗唱できてしまう域にまで達してしまい、常に持ち歩いてはいるものの、相当暇な時ぐらいしか読まないのだが。
俺が飽きからくる欠伸を手で押さえる。正直眠いし、帰りたい。
と、データの打ち込みが終わったのか、斎藤がノートを取り出して俺に差し出してきた。
どうしたのかと疑問に思いつつも、とりあえず受け取って表紙に書かれたワードを読み上げた。
「『青春やりたいことリスト』?」
「……そうよ。私がこの部でやりたいことが書かれているの」
「へぇ。中を見ても?」
「いいわよ」
斎藤からの許可が下り、俺は書かれた内容に目を通す。
――と。
【水族館でイルカショーを見る】
【古墳探索をする】
【菜の花畑までピクニックする】
……等々。
「(というか、最初の方はほとんど、『デートで行きたいとこリスト』になってるんですけど……)」
いや、彼氏彼女の関係になった訳だからおかしくはないんだろうけれど、ちょっと考えていることが可愛すぎるというか可愛すぎるというか、もう少し年齢とやりたいことを合わせてほしいというか……やっぱり可愛すぎるというか。
もはや、小学生の夏休みでやりたいことと大して変わらないようなノートの内容に、俺は微笑ましくなりつつも、手元にあった小説を見つめた。
これで勉強になるかはわからないが、このままよりかはいいだろう。
「斎藤。これ、読まないか?」
「それは……何?」
「ライトノベルっていう小説。絵は入っているけど、文庫本だと思ってもらって差支えはないからさ。少しは恋愛について、理解が深まると思うんだよね」
少し悩むように首を傾げる斎藤に、「入りだけでもいいから」と強く薦める。
部活上とは言え、付き合い始めたばかりの彼氏の薦めを無碍にもできないと判断したのか、斎藤は渋々ではありながらも、「わかったわ」と受け取ってくれた。
これで少しは改善してくれるといいんだけどな。
俺はその時、ふと気付いた。
「もしかして、斎藤の調べ事って……」
「あなたとのデートスポットを検索するつもりだったのよ」
ブフォッと、俺は勢いよく茶を噴出した。
「何やってるのよ」
「い、いや、だって!」
ティッシュで後始末をしながらも、脳の整理が付かないでいた。
待ってくれ。本当にする気なのか?俺とのデートを。
「斎藤、デートって……言ったか?」
「言ったわよ?」
やめろ。状況が掴めていない俺がおかしいみたいな、その表情をやめてくれ!
「そもそもデートをいつするつもりなんだ?」
「あなたと日程の合う日にしようと思っていたけれど。週末なら私も空いているし」
「もしや、斎藤は今週末とか予定を開けていたり……?」
「そうね。後はあなたの日程が合えば、私は今週末に出掛けても構わないわよ」
「……………………」
俺は構うのよ、心の準備的に。
「実は昨日もデートプランを考えていたのよ」
デートプランの下調べって、どれだけ斎藤は張り切っているんだよ。
俺、そんなに張り切られても、彼女の期待に応えられる自信ないんだけど。
「……わ、わかった。なら、今の段階でどこに行く予定なのかを、候補でも良いから教えてくれないか?」
俺は整理する目的で彼女に尋ねた。
「動物園、植物園、水族館、ペットショップ」
「なるほど。斎藤は生き物が好きなんだな……」
「うん」
「うん」じゃない。
いや、デート先として悪くないけど、それにしても片寄りすぎだ。抵抗なく植物園を選択するのが、なかなかに斎藤らしさが出てて面白いが。
それにペットショップ以外の選択肢は、片道だけでも1時間近く掛かる距離にある。時間的な面でも金銭的な意味合いでも、高校生には手が出し難い桁になる。
「ちょっと最初のデートにしては、難易度が高いんじゃないか?俺は今まで異性とデートしたことがないから、初デートにどこに行くべきかとか知らないけどさ。でも、映画館とかショッピングモールとか、近場で良いと思うんだが」
「最初だから気合入れようと思ったんだけど……」
そう言うと、斎藤は俺から視線をずらした。
俯く彼女の儚げに映るその姿は、俺の心にトゲをチクリと刺してくる。
心が抉られるならば、それは俺が傷つくだけであって、二次災害を併発させずに済むだろう。
けれども、その衝動を誘う彼女のモーションは、
果たして、彼女の行動が引き金となって、俺の口は無責任な言葉を勝手に走らせてしまった。
「あ、いや、斎藤のデート先候補を否定する気はないし、生き物は俺も好きだから全然構わないんだ。だから、全然良いと思うぞ。特に植物園なんて斎藤に合ってるというか……、そう、綺麗な
一体こいつは何を言っているのか、と疑問に思うかもしれない。
いや、しかしだ。
……ズルくないか?
だって、良かれと思って告げた私見で露骨に
しかも、そういった俺のセリフに斎藤は本当に嬉々とした顔をするものだから、その笑顔を向けられた俺も嬉しくなって、ついつい頬を紅潮させてしまうんだよ。
「……そう?ありがとう。じゃあ、植物園が良いかなぁ」
俺の眼前にはニコッと笑いながら口元に手を当てて、植物園をデート先として本気で検討し始める彼女がいた。
「あ、あぁ……良いと思うぞ。俺も植物好きだしな」
もう知らん。好きにしろよ。
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