117.

「なぜか、だと? モルゲン、お前はあの女とよろしくやればいいかもしれないが、あの子供が居たら困るのだよ」

「困る? 僕とミエリーナで育てればいいだけだ。お前はカイルを捨てた。だからもう関わりが――」

「関わりが無くとも血の繋がりはある。クレーチェとの子だけが私の子として認識されなければならない! あれは邪魔なのだ! ミエリーナやお前がカイルを使って私を失脚させないとは限らないだろう」

「……お前、おかしいぞ」


 首だけ振り返り、狂気を含めた笑顔でツェザールがそう言うと、モルゲンはダガーを構えたまま目を細めた。

 ツェザールは身体をモルゲンの方へ向けると真顔になってから彼へ問う。


「ならば貴様はどうしてクレーチェを送った」

「報復だ。僕とミエリーナの大事なものをお前は奪った。クレーチェに執心しているのは分かっているのだからこちらもそうしたまでだ」

「……」


 ツェザールは無言で睨むようにモルゲンを見る。


「……元々、ガイラルと妹は相思相愛だったのだから僕が口を挟む必要は無かったんだ。だが、お前の執着で二人が結婚しようものならなにをしでかすか分からなかった」


 だからこそガイラルをあしらい、ストップをかけていたとモルゲンは口にする。クレーチェがもしかしたらツェザールを選ぶことがあるかもしれない。それを決定するのは自分ではないと。


「しかし、お前はやってはいけないことやった。……地上に送ればもう手出しはできまい」

「ふざけた真似を……」

「そうさせたのはお前だぞ、ツェザール」

「……! 貴様までガイラルと同じことを言うのか……!!」

「ガイラルが……」


 ツェザールの言葉に、モルゲンは鼻を鳴らしながら口の口角を上げる。


「これからお前のやることに協力はしない。ミエリーナと二人で静かに暮らす。……その内、地上にカイルを取り戻しに行くことにするよ」

「……く」


 いつでも行ける。

 転送装置とコールドスリープを作ったのは自分なのだからとモルゲンは告げる。ツェザールはそれを聞いて呻きながら下を向いた。


「これ以上僕達に関わるな。その場合はお前を殺すしかなくな――」

「くくくく……ははははははは!!」

「……!?」


 モルゲンがお前と関わるのは最後。もし次に来た場合は殺すと宣言しようとしたところ、急にツェザールが大声で笑い始めた。屋上に響く笑い声に眉を顰めていると、ツェザールが前進し、モルゲンの眼前までやってきた。


「関わるなだと? 馬鹿が、お前は死ぬまで俺に協力するんだよ! よくも、よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもクレーチェをガイラルに差し出してくれた! 俺が今から追いかけたところで戻る手段が無い。貴様はそこまで計算していたな!」

「だからお前はカイルを送ったんだろうからな……!! これは『結果』だ!」

「その内クレーチェを送るつもりだったか……!」

「チッ……」


 血走った目で顔を近づけてきたツェザールはここで始末すべきかと思うモルゲン。しかし、ツェザールが物凄い力でダガーの刃を握りしめており動かすことが出来なかった。

 血が流れるのも構わず、ツェザールは笑みを浮かべながらモルゲンへ言う。


「甘い、甘いよなあモルゲン! ここへ一人でやってくることがその証拠よ! くく……貴様の大切なモノとやらはどうして消えた?」

「どうして、だと……? ……!? まさか!」

「くくく、そうだ。すでに俺の部下は動いている。襲わせて捕らえるようにな!」

「くそ……!?」


 カイルを攫われた時も自分と離れている時だった。それをこの男は二度もやったとモルゲンは顔を歪ませる。

 ダガーから手を放し、ツェザールを蹴飛ばすともう一本のダガーに手を伸ばす。

 尻もちをついたツェザールにトドメを刺そうと動く。その瞬間、背後から声が聞こえてきた。


「おっと、いいのかぁ王に構っていて。この女がどうなるかわからないぜ?」

「……!? ミエリーナ!」


 モルゲンが振り返ると、そこにミエリーナを抱えた数人の冒険者達が立っていた。彼女も決して弱くはないが、カイルを失った悲しみにより気力を失っているため抵抗が出来なかったようだ。


「さて、どうするモルゲン。彼女は、無傷だ。しかし、返答次第ではどうなるかな?」


 ツェザールが指を鳴らすと気絶したミエリーナを地面に置き、冒険者の一人が服を破り捨てた。


「止めろ……! ツェザールぅぅぅ……」

「いい顔だモルゲン。クレーチェを俺から奪った報いの一つとして受け取っておこう」

「……僕を、僕達をどうする気だ?」

「くく……結構だモルゲン。お前達は私の監視下で生活してもらう。モルゲンは研究の続きを。ミエリーナは人質だ」

「ハッキリ言ったな……!」

「もちろん。お前には誰が王なのかをきっちり教えてやらないといけないからな? ……地上にクレーチェが行ったなら取り戻すまで。お前にはその手伝いをしてもらうぞ」


 ツェザールが切れた手の血をハンカチで拭いながらそう言って笑う。


「地上制圧の計画がいくつかある。その研究主任としてモルゲン、君を抜擢したい」

「なにをさせる気だ? 武器でも作れと?」

「……『終末の子』」

「なんだ、それは」


 モルゲンが聞き返すと、ツェザールがニヤリと笑みを向けて語り始めた。


「……お前がカイルになにかを施したのは知っている」

「……」


 モルゲンそれを聞いて冷や汗を流す。どこで見ていたのか? いや、もしかしたら部下にスパイが居たのかもしれないと思案する。


「なあに、カイルなんぞどうでもいい。問題はその技術を他の人間にも使えないか、ということだな」

「それをどうする」

「地上を制圧する戦力とする。能力を強化した人間を送りこみ、ガイラルを含む地上の人間を始末する」

「それを容認する人間がいるとは思えないがな」

「問題ない。子供はいくらでも増やせるしな?」

「貴様……!」


 そこでモルゲンはツェザールがなにを考えているかを察し、激高する。すると彼は目を細めてから口を開いた。


「攫ってもいいし、金で差し出してもらうのもいい。若い方がいいだろう? 実験体はいくらでも欲しい。私の護衛も強化人間がいいかもしれないな」

「くっ……」

「では行こうか。君たちの新しい住処へ」


 ミエリーナを抱えてツェザールの後についていくモルゲン。二人を逃がさぬよう、冒険者達が囲む。


「(……すまないガイラル、クレーチェ。僕は――)」


 ――そして数十年後ツェザールは復興しつつある地上を混乱に陥れるために暗躍し『煉獄の祝祭』と呼ばれる厄災の戦争を引き起こすのだった。

 その際、モルゲンは『終末の子』を各地へ封印。次の大戦に備えることになるのだった。


「くく……もう僕は、戻れない……クレーチェ、ガイラルお前達も――」

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