115.
――地上転送装置
剣と魔法が主だった世界にモルゲンや数人の部下が一つの技術を発展させた。それが『魔技術』というものだ。
その恩恵の一つが転送装置だった。
何故地上へ行く必要ができたのか?
元々、天上と地上の往復はしないという決定だったが、広大な大地はいつか必要になると考えたツェザールの政策でモルゲンへ打診をしたというわけだ。
天上から地上を支配すれば自分は安全圏のまま王座を守れるとも思っていた。
そして『魔法で肉や魚を凍らせると鮮度が落ちにくくなる』という理論からコールドスリープ装置の開発を命じ、それも上手くいった。それを駆使し、老いを遅らせることにより自身の足場は万全だ。
ツェザールは賢かった。他の人間には思いもよらないことを考え、実現しようとする。
だが、その賢さゆえに徐々に傲慢になっていき、自分は特別な人間だと思うようになってしまったのだ――
◆ ◇ ◆
「……ガイラル、大丈夫か?」
「う……ブロウエルさん……もう到着したのかい?」
「ああ。もう十日経過しているぞ」
「え!?」
装置を覗き込みながら感情の無い顔ですでにかなりの時間が経過していたことを口にする。慌てて起き上がると、その場所はすでに何十人者もの地上へ降りた人間達が集まっていた。
「……これから大変な生活になる。巻き込んでしまって申し訳ない」
「いや、構わない。どうせ俺は戦うことくらいしかできない。争いのない天上など退屈なだけだ。それより、今後のことはどこまで考えている?」
「それは――」
「ガイラルさん! あ、お話し中でしたか……」
装置から出て居住まいを正すガイラル。そこでブロウエルに今後の青写真を語ろうとしたところ、慌てた男が話しかけてきた。
「いや、急用なら聞くよ?」
「あ、あの驚かないでくださいね? リストにない装置を確認したので中を見たところ……クレーチェさんと見たことのない赤子が、その、居まして……」
「……!? まさか……そんな……!」
ガイラルは男の肩を掴んで冷や汗を流す。そのまま『こちらです』と案内され、急いで現場に向かうと――
「ううーん……寒かったわね……」
「クレーチェ!!」
「え? ……ガイラル!!」
――そこには天上で別れたはずのクレーチェの姿があった。二人は駆け寄ると抱き合い、お互いを確かめ合う。
「どうして……」
「えっと、その前にこっちに来て」
クレーチェに手を引かれて進むと、そこに一つのコールドスリープ装置があった。覗き込むように言われてガイラルが覗くと、驚愕の表情に変わる。
「……カイルよ……ツェザールがさらってこっちへ送り込んだみたい。それに激怒した兄さんが私を見せしめにこっちへ……」
「……そうか」
クレーチェに聞いた話を少し考えてから呟くように返す。モルゲンならやると考えながら。妹のクレーチェの件もそうだが『自分が大事にしているもの』を壊そうとされた場合、その報復は斜め上を行く。
「ミエリーナが心配だな……」
「うん……」
「その、戻せないのでしょうか? これではこの子があまりにも……」
「それは無理だ。この転送装置をもう一度使うには魔力が足りない。そして向こうの承認が必要だからね」
「そう、ですか……」
「ありがとうヴィザージュ。君は優しいねえ。それじゃまずはみんなを集めてくれるかな? 挨拶をしたい」
「承知しました……!」
男は敬礼をすると、すぐに装置から出た人間達を集め始める。
「ガイラル……」
「……では俺も集めてこよう」
「ありがとうございます」
クレーチェがカイルを抱き上げてガイラルに寄り添うのを見て、ブロウエルが踵を返してヴィザージュについていった。
「まさかこんなことになるとは思わなかったわ……でも、良かった……また一緒で」
「うん。僕もそう思う。カイルには可哀想なことになったけど……」
「いつかミエリーナが追いかけてくるかもしれないし、私達が上に行くことがあるかも。だからこの子は私達が責任をもって、育てましょ!」
「もちろんさ。いつか娘ができたら結婚させるとかもいいかもしれない」
「あら、ダメよ。それはお互いがちゃんと好きにならないと!」
そう言ってクレーチェはカイルを撫でる。そんな話をしていると、ヴィザージュが戻って来た。
「ガイラルさん集まりました!」
「ありがとう。……行こうか」
「うん」
そして一緒に来た人材たちを前に、ガイラルは深呼吸をしてから口を開く。
「まずは僕についてきてくれてありがとう。僕は……僕達はこれから地上の開拓を進めることになる」
「……」
「……」
ここに来たのはツェザールの手の者は誰一人おらず、募集した人間は全てガイラルとの顔合わせもしている。
そして今から口にするのはその時に話したことと同じだろうと誰もが思っていた。
しかし、そうだとしても誰も水を差すことはしなかった。
「最終目標は天上……ツェザールの失脚。そのために僕は開拓を進めると同時に国を興し、戦うための準備を行う。何年……何十年、何百年かかるかわからないけど僕は必ずやる。いわゆる戦争だ。人が死に、家族にも危険が迫るかもしれない。それでも彼をそのままにするわけにはいかない。天上に上がった目的を忘れ、私利私欲のためだけに地上を焼き払うようなことをする暴挙を。それに次の攻撃先はこちらかもしれないのだから。……みんな、よろしく頼む」
「「「おおおおお!! あのいけすかねえ野郎に一泡吹かせてやりましょうや!!」」」
「はい!」
「任せてくれ」
演説が終わるとその場は火がついたように感性が上がった。ガイラルは困った顔で笑って頷くと、自分の背後を振り返っていつか繫栄していたであろう廃墟に目を向ける。
「……ここが出発点だ。君が居れば僕はきっと最後までやり遂げられる」
「ついていくわよ! いつまでもね!」
そう言ってクレーチェがガイラルの背中を叩いて笑っていた。これから起こることなど些細なものだと言うかのように――
◆ ◇ ◆
――それからの生活は過酷だが有意義なものだった。
「僕が王様とはね……」
「自分で国を興すと言ったのだろう? ……いや、陛下」
「ブロウエルさんにそう言われると恐縮しちゃうよ」
復興しつつ、あちこちへ人を派遣し生き残った地上の人達を助けつつ、国を興したガイラルは騎士団を結成し、その団長としてブロウエルを指名した。そのため、彼は態度を改めていた。
「ふふ、それじゃあ私は王妃様ね?」
「そうです。家名も決めるべきかと」
「そうだね……ゲラートなんてどうだろう?」
「どういう意味なの?」
「地上で『楔』の意味を持つ言葉だそうだ。僕……いや、私達はツェザールに対する楔となる。その意味を忘れないようにね」
ガイラルがそういうとクレーチェは頷いていた。ブロウエルも珍しく口元に笑みを浮かべて『よろしいかと』と短く呟く。
こうして地上の一国として『ゲラート帝国』が建国される。
カイルも産まれて間もないことが幸いし、ガイラルとクレーチェと一緒に暮らしていた。
ガイラルとクレーチェやカイル、ブロウエルといった主要人物はコールドスリープ装置を使いなるべく歳を取らずに生きていくことになり、やがて新しい命も産まれていた。
「王妃様、おめでたですね」
「……!」
「あなた……!」
「私の……僕達の子だ……!」
そうして地上が徐々に復興していく。それは充実した日々で、自らの手でもとに戻していく価値は計り知れないものだと、誰もが思っていた。
だが、天上も、ツェザールも動きがないわけでは、無かった――
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