87. 

 「どうだった?」

 「申し訳ありません陛下、取り逃がしました」

 「迷彩か?」

 「恐らくは」

 「構わん。次はこちらが先回りして殺せばよかろう」


 モルゲンとウォールを追っていたブロウエルが帽子の鍔に指をかけて頭を下げながら報告をする。

 ガイラルはあの二人の実力と科学力を考えれば一人で詰められるものではないと考えていたので、飛空船を狙われないための牽制で追わせていたのだ。


 「申し訳ありません……我が国のことなのに……」

 「気にしないでくれコンブリール殿。取り逃がしたがこの国に帰ってくることはあるまい。なにかあればゲラート帝国へ用件を回してくれ」

 「ハッ! 賊の退去のご協力感謝いたします! ……というより、アレは何者なのですか? それに『遺跡』にはいったいなにが?」

 「『遺跡』はもうなんの役目も残っていないから調査しても意味は無いがな」

 「はあ……」


 調査に来たと思ったら他国の王と戦力が『遺跡』に入り、とんでもない動きで戦闘を開始した彼等には生返事で対応するしかできないコンブリール。

 しかし騎士団長がしっかりせねばと頬を叩いて口を開く。


 「と、とりあえずあなた方は彼らを追う、ということですね」

 「ああ。止めるなら――」

 「だ、大丈夫です! 下手に止めてけがをしてもつまらないですしね。陛下には脅威が去ったと報告しますよ」

 「助かる。ニカロス王によろしくな」

 「承知しました。お気をつけて」



 物分かりがいいなと思いつつ、人外みたいな動きをする輩は止められないかとカイルは苦笑しながらシュナイダーの背に乗せていたNo.8を預かり医務室へと向かう。

 ベッドに寝かせ、処置を施したカイルは背後に立つガイラルへと話しかけた。


 「あの博士に随分ご執心なんだな。というか……王妃様の兄貴とか言って無かったか?」

 「……うむ。あやつは私の義兄にあたる人物になる。どうせ出会えば殺し合いになるのは分かっていたから誰にも言っていなかったが」

 「一体なにがあったんだよ。あんたがあそこまで感情を出して襲い掛かるのは初めて見た」

 『おじいちゃん凄かったです』

 「うぉふ」


 イリスが両手を上げて満面の笑みをすると、ガイラルはイリスを抱っこして笑う。


 「はっはっは、凄かったか! 私もまだまだいけるようだな。カイル、No.8の様子はどうだ?」

 「多分、俺との戦いで正気を取り戻していたから、いきなり攻撃はしてこないはずだ。外傷の治療と鎮静剤を混ぜた点滴を打っておけば大丈夫だと思う」

 「そうか、さすがに処置が早いな助かる。では、ヤツの話をしながら次へ向かおう」

 「ああ……」


 カイルは白衣に着替えて全身をくまなく調べながらガイラルへ答える。

 

 「……」

 「どうした?」

 「あ? ああ、なんでもない。行こうぜ」


 一瞬だけNo.8に視線を向けた後、すぐにイリスを抱っこしたガイラルの後を追うため医療室を出て行く。


 (身体組織は人間と変わらないのにどうやってあそこまでの強さを持つ? イリスもNo.8も自分の武器をどこからか取り出せる点は『それっぽい』が……)


 通路を歩いている間カイルは自分達‟終末の子”は殆ど生身と変わらないことを不思議に思っていた。

 イリスは小柄で細腕だが巨大な兵装レーヴァテインを振り回せる。

 No.8も大剣を軽々と振るっていて、剣撃を受けた感覚では相当な重量を感じていたのだ。


 (俺達は一体なんなんだ……? プロトタイプと呼ばれる俺には武器があるのか?)


 不安が脳裏をよぎるが自分が迷っていてイリスが死ぬような目に遭う訳にはいかないと頭を振って会議室へ。

 すでに飛空船は次の国へ進んでおり、博士たちの移動手段によっては先に『遺跡』へ到着できる算段だ。


 「で、あのイカレた野郎はなんだったんだ? エリザの母親……クレーチェさんの兄貴だとか言ってたけどマジか?」

 「……うむ。残念ながらアレは私の義兄で間違いない。私が地上へ降りる際、クレーチェは心配だからとついてきてくれるという話になっていた。元々恋人同士だったから、夫婦として過ごす方がいいという見方もあったしな。しかし……」

 「しかし?」

 「王妃様は地上に降りる寸前でモルゲンに手術を施されてな。ギリギリのところを助けたが、記憶障害が残ってしまった」

 「なんだと……ブロウエル大佐が助けたのか?」

 「そうだ。天上人のリーダーであるツェザールは身内の揉め事として感知しなかったのが幸いし、私達はそのまま地上へ降りてきたと言う訳だ」


 だがクレーチェがそれなりに回復するまでには時間を要したと苦い顔をするガイラル。

 カイルはその一連の会話で引っかかるものがあったが、ゼルトナが話を続ける。


 「息子が産まれてからは安定していたが、たまにガイラルのことを忘れることも多かったな。エリザを産んだ後しばらくして亡くなってしまったが、改造手術のせいだろうと思っている」

 「そこまでしてあんたに妹を取られたくなかったってことか……」

 「分からんでもないんだ、両親を失くしてモルゲンがクレーチェを育ててきたところがある。地上に行けば幸せになれるかどうかわからないから抵抗する気持ちはな」

 『……?』

 「……」


 だからといって記憶を消すような真似は許しがたいとイリスの頭をくしゃりと撫でて俯くガイラル。

 カイルは無言で飛空船の外へ視線を移して外を見る。


 (それだけにしては皇帝の怒りは凄かった。他になにかあるのか……? それにクレーチェさんの改造……もう少しでなにかが掴めそうだが――)


 そして舞台は次の『遺跡』へ――



 ◆ ◇ ◆



 「博士、生きてますかい?」

 「心配はいらないよウォール。……いてて、相変わらず鋭い剣だ、頭に来るね」

 「ですが元気そうでなによりでしたな」

 「ふざけるな。僕の妹を奪った奴だ、この手で殺さないと気が済まない」

 「……そういうことにしておきましょう。ところで『遺跡』はどうします? このままだと奴等の方が早く到着することになりそうですが……」

 「まあ、いいさ。次で決着をつけるか……ウォールに足止めをしてもらって終末の子を回収して逃げるか、だね?」

 「やれやれ、きつい話です」

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