帝国少尉の冒険奇譚

85.

　「この感じ……こいつが終末の子か？」

　『……』

　カイルが受けた大剣を押し返しながら呟く。

　無機質な目をした終末の子の男はその言葉に返礼するように素早く、鋭い剣技を用いてカイルへと攻撃を仕掛けていく。

　剣の強度では負けていないとカイルは応戦するが――

　「うおっと……！？　痛くねえのかよ！」

　『なんか怖いです。シュー、足を噛むんですよ！』

　「わん！　……わん！？」

　斬られてもなお向かってくる彼にカイルとイリスは気味が悪いとばかりに後退する。

　シュナイダーは命令通り噛みつくも、我関せずといった感じでカイルへ突き進んでいき、シュナイダーは噛んだまま引きずられることになった。

　「うおおお！」

　『……』

　『お父さんがんばれー』

　剣撃は受け、銃弾はしっかり避ける相手に舌打ちをするカイル。あまりにも正確に動く様子に居心地の悪さを感じて足元に銃撃をしながら、一呼吸を置くため後退する。

　「ニックの時とは様子が違うな。自意識ってやつがまるで感じられない」

　『でも、あの人と違って真っすぐにしか攻めてこないです』

　確かに、とイリスの言葉に頷いているとガイラルと戦っているモルゲン博士がカイル達に発砲しながらげらげらと笑う。

　「チッ、てめぇ……！」

　「ひゃは！　ははは！　そいつは僕が改造した‟終末の子”だからねえ、思いのまま操るのなんて難しくないのさ！　No.0にNo.4、君達もすーぐに再改造してやるから安し――」

　「よそ見をする余裕があるのか、モルゲン！！」

　「そうだね、君を殺すのが先だ！　いやあこうしていると昔を思い出すねえガイラル！」

　「死ねば永遠に思い出に浸かれるぞ！」

　ガイラルは大剣を振るい至近距離のサブマシンガンの弾を斬り払いモルゲンの首を容赦なく狙う。しかし、動きにくい白衣を着ているとは思えない動きで振動ブレードでいなしていた。

　博士というよりも洗練された兵士のようでカイルは片目を細めながらぽつりと呟く。

　「すげえなあの頭のおかしいやつ……というか皇帝もなりふり構わずじゃねえか……」

　『おじいちゃん凄いです。お父さんも頑張りましょう！』

　「簡単に言うなお前は……でも、ここは踏ん張るしかねえか。おい、どうやら俺達はお仲間らしいぜ？　ちょっとあのクソ博士をぶっ飛ばさねえか？」

　「ひゃははは！　No.8、構わず痛めつけちゃって……よ！」

　「チッ……！」

　モルゲンが指を鳴らすと止まっていたNo.8が今までと違い、腰を低くして一気にカイルへ接近。すくい上げるように斬り上げる。一瞬、カイルの背筋に冷たいものが走り、それと同時に身体を捻らせて最短の動きで赤い刃を振り抜く。

　「……！　なんの……！！」

　『……！』

　カイルの剣が肩口を切り裂き、返す刀で足を狙う。

　動きを封じて博士を倒せば洗脳を解けるのではないかと考えたからだ。

　だが、No.8はそれを察知して自ら前へと転がり、カイルの剣を避けた。

　「マジか！？　あの一瞬で判断しやがった！　こいつ……！！」

　『わたしも戦います！』

　「イリス、あんまり動くな。こいつはニックと違って戦闘に特化している」

　『でも、お父さんだけだと心配です！』

　「わんわん！」

　「お前……。……よし！　レーヴァテインは出していろ、身を守るためにな！　んでお父さんのいいところを――」

　カイルは喋りながら駆け出し、態勢を整えようとしたNo.8に剣を振り抜いた。

　片膝をついた不安定な状態でもガードする相手に、カイルは織り込み済みだとばかりに横から蹴りをお見舞いし、No.8は派手に床を転がる。

　「――見せないとな！」

　『……』

　「仲間だから穏便にと思ったが、どうやら気絶させるかどうかしないと止まらないみたいだし、ちょっと本気でやるぞ。腕か足一本失いたくなければ、正気に戻るか気絶するんだな」

　手加減を止めたカイルは勢いをつけて仕掛ける。

　剣をわざと受けさせてから太ももに銃口を向け、それに気づいたNo.8が後退すればそれに合わせて一歩踏み込んで斬撃を繰り出す。

　「なるほどなぁ」

　大剣の一撃は重く、当たればその部位ごと持って行かれるような斬撃が飛んでくるがその実、直線的な動きしかしてこないとカイルは分析していた。

　取り回しの悪い大剣なので自分から前に出た方が致命傷が避けられ、円を描くように足を狙えば攻撃はできないという状況を作り出す。

　「皇帝、こっちは足止めできそうだ！　まだそのイカれた野郎は倒せねえか！」

　カイルが叫ぶとガイラルは一瞬目を向けた後に逃げ惑うモルゲンへ横薙ぎの一撃を繰り出した。

　「ふん……！」

　「ひゃっはは、相変わらず剣の腕だけは凄いねえ君はぁ！　しかしこれじゃ埒があかないし、少し無理をしてもらおうか」

　「ちょこまかとする。いい加減その首を差し出せ！」

　「それは……お前だけがそう考えていると思うなよガイラル！！」

　直後、モルゲンがポケットから笛を取り出しガイラルの剣を受け止めると同時に一気に吹く。すると、遺跡内に反響しその場に居た全員が顔を顰める。

　「ひゃいん！？」

　『わあ！？　シューが泡を吹いて倒れたですよ！！』

　「寝かせとけ！　……こいつは……！？」

　『ハァァァァ……！』

　「いきなり速！？　……がっ！？」

　身体が膨張したNo.8が一足でカイルに迫り、顎を打ち抜かれて悶絶。

　それを見ていたガイラルが声を上げた。

　「カイル！」

　「こ……っちはなんとかするから……早くそいつをぶっ潰せ！」

　「分かった……！　ぬう……！？」

　カイルに返事をしていると胸部に違和感を感じ一歩下がる。その瞬間、振動ブレードが鎧の表面を削り取り、嫌な臭いを放つ。

　「僕を前によそ見をするとは相変わらず賢くないねえ、それで帝国の長をやっているとはお笑いだよ！　これじゃクレーチェも浮かばれない」

　「お前がその名を口にするな！」

　「いいや、特権だよ！」

　「自分の妹を実験台にしたお前が言えることか……！！」

　「お前が地上に連れて行かなければメンテナンスは完璧だったんだけどねえ……！！」

　「実験……！？　実の妹をだと……それにクレーチェは……エリザの母親の名前じゃねぇか――」