77.
「お父様、大丈夫かしら……」
『きっと大丈夫よ、フルーレお姉さん。奥さんとお姉さんを亡くしてフルーレお姉さんも居なくなって、寂しい想いをしていただけだもの』
「たまには帰って顔見ないといけませんね……サラが残っていてくれたら少し安心だったかもです」
『あはは、平穏な暮らしは歓迎だけど、カイルとイリス、それとガイラルさんが帝国にいるなら私も動くしかない』
「……」
『お父さん?』
カイルは後部座席でフルーレに話すサラを一瞬目を向けるが無言で馬車と同じ速さで自動車を走らせる。
目の前にはエリザ達が乗った馬車が走っており、カイル達の自動車はそれに合わせてゆっくり後を追うように進んでいた。
「(皇帝の名前まで知っているサラ……No.3、か。終末の子は地上制圧のために封印されていたんじゃなかったのか? それに五千年前に封じられていて、どうしてガイラルを知っているんだ……?)」
サラに目を向けた理由。それは終末の子の概念がガイラルから聞いていたことと違うからに他ならず、イリスは同じ宿命を持つ者として認識しているのは問題ないが――
「(どうして『俺』を知っていて『そういうことだから』と協力するのか……)」
一番分からない理由がずっとカイルの頭に渦巻いていた。どちらにせよやはり鍵はガイラルなのだと、速度の遅い馬車にやや苛立ちを覚える。
「……あ、また雨ですね」
「降って来たな。まあ町までもうすぐだ、馬達も休めるだろ」
『おなかがすいてきました……』
「お前はそればっかりだな……あ、こら、寝ぼけてるのか!? シュナイダーの尻尾を食べるんじゃない」
「わおーん!?」
カイルの重苦しい想いとは裏腹に、イリスはいつも通りの様子だったことに苦笑しカイルは少し気持ちが軽くなる。
やがて雨足が強くなったころ町へ到着した一行は、宿で顔を合わせた。
「うへえ、酷い雨ですね大佐」
「馬車では仕方ない、順番にカイルの自動車に乗せてもらえばいいんじゃないか?」
「それは構わないが……ウルラッハ中佐は体がでかいから無理じゃあないかな」
「うう、そりゃないぜカイル……」
ウルラッハがおどけた調子で肩を竦めるウルラッハに全員が笑い、それぞれ借りた部屋へと入っていく。カイルはイリスとシュナイダーを同室にした。
『むにゃ……ハンバーグ……』
「こいつ……飯を食ったばかりなのにそんな夢を。どれだけ食いしん坊なんだよ。……さて、ちょっと一服するかね」
夕食を食べた後イリスはすぐに寝入ってしまったので、暇を持て余したカイルはタバコを吸いに外へと歩き出す。
「……凄い雨だな、明日もこの調子だと出発が遅れるし、止んで欲しいんだが。……あんたもそう思わないか?」
『フフ、気づいていたんだね』
「そんな雨の中に突っ立っている奴に気づかないわけがないだろうが。宿は開いているぜ、風呂も悪くない」
『それは結構なこと……だけど、用があるのは君に何だよ、カイル君』
「……どこの刺客だ? エリザならともかく、俺を狙うとは酔狂なヤツだ」
カイルはすぐにタバコを口に咥えて、赤い銃を突き付けてから目を細める。恐らくは天上人かと推測する中、男は帽子を取りながらお辞儀をし、カイルの方へと歩いてきた。
『俺の名前はウォールという。いわゆる君たちの敵だ』
「まあそんなところだろうと思ったぜ。で、なんの用だ、ここで倒されてくれるってんならちっとは和解ができそうだけど?」
『まあ、落ち着いてくれ。……一本もらえないか? あいにく自分の分を切らしていてな』
「……」
近くまで来たウォールに敵意を感じなかったので、カイルはタバコを投げて渡すと、彼は口角を上げてから火をつけ煙を吐いた。
『ふー……美味いな、いいモノを吸っている』
「大した銘柄じゃねえよ。それで、天上人が俺に話だと?」
『ああ、君のことは少し調べさせてもらった。元帝国技術開発局長の肩書きを持ち、自分の作った武器なら、どんなものでもモノにすることができる、と』
「……」
肩書きならまだしもカイルは自分の能力についてまで知っている奴は初めてだとウォールに訝しんだ目を向ける。ウォールはそんなカイルを見て愉しそうに話を続けた。
『皇帝の娘エリザと結婚。だが、生まれる前に娘を皇帝に奪われ、激怒……暗殺を謀るも失敗し、少尉として飼い殺しになる』
「うるせえ、あいつは俺が殺す。今はお前達のことがあるから利用しているがいつか必ず……」
『くく……』
「なにがおかしい!」
タバコを指に持ち、含み笑いをするウォールに苛立ち胸倉を掴むカイル。そのことすらも面白いと笑いながらカイルの顔にタバコを吹きかけた。
「うわ!? げほっ! なにしやがる!? さっさと用件を言えよ」
『ははは、まあまあ。……でも、そうだね、No.3お4も居ない今、話すべきだろうし、ね』
「お前……!?」
カイルはイリスとサラのことを発言したウォールに驚愕し手を離すと、彼はゆっくりと語り始める――
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