76. 


 サラとの小競り合いから一転して静かな屋敷。


 入口の修理の音と、雨音だけが小気味よくリズムを刻む中、タオルを手に頭を拭くカイル達は、再び応接室へとやってきていた。


 「へっくち」

 『ちゃんと拭かないとダメですよシュー』

 「わふ」

 「お前もだぞイリス」

 『わふ』

 

 カイルがイリスの頭にタオルを乗せてわしゃわしゃすると、シュナイダーみたいな声を出してカイルの膝に転がる。それを見てフルーレがクスクスと笑いながらお茶を口にする。


 「なんだか初めて会った時よりも表情が増えたような気がしますね、イリスちゃん」

 「かもしれないな、あのNo.1……ニックと会ってからのような気がする」

 『んー』

 「横着するな、シュナイダーを拭いたら自分でやれ」

 『はーい』


 素直に返事をするイリスに、苦笑していると開きっぱなしになっていた扉がノックされ、カイルとフルーレが音の方へ目を向けるとそこには微笑むサラが立っていた。

 

 「お前か……襲ってきたり急に止めたり、どういうことなのか説明してくれるんだろうな?」

 『もちろん。でも、ひとつ気になることがあるから質問させてもらうわ。その子、No.4はどうやって回収したの?』

 

 サラはフルーレの隣に座りながらそんな質問を投げかけてきたので、カイルは訝し気な目を向けながら返した。


 「回収って……帝国領内に『遺跡』があってな、そこでガラスの棺に入っていたな。なんだっけ、ああ、ドラゴンが襲ってきて大変だったんだぞ」

 『……そう』

 「どういうことだ……? 俺はお前に会ったことなんてない。だが、‟終末の子”と計画のことは皇帝から聞いている。お前達は地上を――あ、いやなんでもない」

 『……? なんですかお父さん?』


 カイルがイリスを見て言いよどむと、上目遣いに聞いてくるイリス。サラはその様子を見て少し考えた後、膝を叩いて立ち上がる。


 『いいわ。その皇帝とやらに会わせてもらえる? ちょっと話を聞きたいわ』

 「……マジか……? というか逆にどうしてお前が俺を知っているんだ?」

 『それも皇帝との会談で話すわ。その皇帝、ガイラルって名前じゃない?』

 「!?」


 どうして終末の子が皇帝の名前知っているのか、とカイルが冷や汗を流す。まさか、とある考えが浮かんだ瞬間、部屋にもう一人入ってくる。


 「……お前も行ってしまうのか……」

 『ごめん。私もこの家とお父さんが大好き。だから平穏を壊すやつは倒そうと思ったけど事情が変わったわ。使命とか運命とかそういうのはこの体になってからもご免だけどね』

 「サラは、あのニックとかいう人とは違うんですか? 人をゴミとしか思っていないような人でしたけど……」

 『そうよフルーレお姉ちゃん。私達は――』

 「止めろサラ。‟それを知るのは俺達だけでいい”」

 『……そう、そうね……』


 カイルが一瞬イリスを見た後に厳しい顔で首を振ると、サラは察して口を噤む。その様子を見てカイルは疑念を頭に浮かべていた。


 「(この表情に嘘は無さそうだが、一体、終末の子ってのはなんなんだ? ニックのように忠実な者がいると思えばイリスのように曖昧な復活をしたのもいる。サラに至っては俺を見て戦いを辞めた。そして皇帝の名を知っている……皇帝、まだ秘密がありそうだな)」


 だが、と、目を瞑りながらお茶を口に入れてもう一つ考える。


 「(俺のことをこいつが知っているのが気になる。確かにブロウエル大佐に拾われるまでの記憶は無いけど、こいつが目覚めたのは最近だから知っているはずは無いし、ハッタリにしては苗字まで知っているのはおかしい……)」


 しかし、考えても答えは出ず、やはり鍵は皇帝になるのかと思い至ったところでフルーレに声をかけられた。


 「ということはここでやることは終わりですか? 遺跡はすでに探索されて、サラが‟終末の子”として出てきて協力してくれるということは接収する必要もありませんよね? エリザ大佐が無駄足になりませんか?」

 「いや、そうでもないさ。このジャイル国は帝国の同盟国だし、『遺跡』が見つかったら帝国へ一報を入れる必要がある。それとサラを連れて国王へ謁見を申し入れてから戦いに備えてもらう話をしてもらうんだ」

 「確かに、このまま『遺跡』を発掘していけばどこかのタイミングでニックみたいに好戦的な‟終末の子”が出てこないとも限りませんしね」


 フルーレが心配そうに言うと、父であるビギンも不安げにカイルへ問う。


 「だ、大丈夫なんだろうな? 娘達に何かあったら私は今度こそ立ち直れん……」

 「……悪いが、そこは絶対とは言えない。フルーレちゃんが望むなら残してもいいんだが――」

 「わたしは帝国へ戻りますよ! 関わったからには最後まで見届けないと気持ち悪いです!」

 「――ってことだ。ま、フルーレちゃんは前線に出るような部隊じゃないから危険は少ない、安心してくれ」

 「お前はどこに所属しているんだ?」

 「第六大隊の……衛生兵ですね」

 「……! なら母と同じ回復の……」


 ビギンが呟くと、フルーレは困った顔で頷いた。

 

 「できることがある内は、ですね。お父様も苦しかったと分かった今、必ず無事に帰ってきますから」

 「……頼むぞ。少し、一人にしてくれ」

 

 部屋から出て行くビギンを見送った後、再度部屋を宛がうとフルーレがメイドのミフレを呼んでその日は終わった。


 そして翌日、エリザ達がヴィクセンツ領へとやってくると、カイル達と共にジャイル王都へと向かい、無事説明をすることができた。


 「いや、結局わたし達、なんの為にきたんですかねえ……」

 「あまり気にするな。カイル達が終わらせてくれていた、それでいいじゃないか。……むしろここから緊張を持つべきだろう」


 不満気に口を尖らせるパシー中尉にエリザが苦笑しながら窘め、すぐに真顔になる。それは後ろをついてくるカイルの車に乗ったサラを警戒してのことだった。


 「お父様……いや、陛下に話を聞きたいというのが、な」

 「皇帝陛下に話をしておこうというのは自然じゃないんですかい?」

 「協力する、ということならそれはあり得ることだが、カイルの話だと陛下を知っている口ぶりだったらしい。なにかを隠しているのは――」


 ――隠しているのは終末の子か父か? エリザはそんなことを考えていた。

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