FILE.4 セイセンヘノイリグチ
61.
「こ、これでいいか……」
「うむ。確かに調印を貰った。これでゲラート帝国とシュトレーン国は同盟国になった。以後、よろしく頼む。こちらからの要求は後程な」
「うむ……」
――あの惨劇とも言える国境付近の戦いから一か月。終戦後、すぐにガイラルは兵を率いてシュトレーンへ向かい、城へ赴き国王へ終戦をするように進言した。
すでに戻っているゾンビ―と化したシュトレーンの兵士がいたため、話は早かった。そして今、同盟の調印を行ったというわけである。
皇帝ガイラルの言葉にシュトレーン王はがっくりと項垂れると同時に歯噛みをする。ガイラルの口調で分かるが、同盟とは言っても帝国の支配下に置かれているのと同じだからだ。
拍手が行われる中、フルーレは隣に立つエリザにひそひそと声をかける。
「……カイルさんは大人しくしているでしょうか?」
「さあな。イリスが一緒だから無理はしないと思うが……」
「では隊長達は私と共に会議へ。その他の者は本国へ帰る準備だ」
調印が終わりガイラルとシュトレーン王、それとお互いの側近だけで会議に入るため、エリザとはここでお別れになる。
「ではフルーレ中尉、またな」
「はい!」
『あの場』に居た人間はガイラルの近くにいるよう指示があり、フルーレもその中に入っていたため同性であるエリザの横に立っていた。そのエリザの姿が消えると、フルーレは踵を返して撤収作業に向かって行った。
「あ、オートス大佐! 撤収ですか?」
「フルーレ中尉か。ああ、その通りだ。……カイル少尉は来ていないのか?」
「ええ、ケガはまだ治っていないんですよ。だから今は自宅にいると思います」
「そうか……また彼に助けられた、お礼を言いたかったのだが」
「家に行けば会えますよきっと!」
明るい口調でオートスへ言うフルーレだが、ふと表情を暗くして俯く。
「……あの時のイリスちゃんとカイルさん、何か様子がおかしくなかったですか? 特にカイルさん、あんなに好戦的ではないはずですし……」
「……陛下が何か知っているようだが、俺達に話すとは思えない。今は見守るしかないな。今ならチャンスだろう? 以前はエリザ大佐と付き合っていたようだが、今はそうじゃなさそうだ」
「ふえ?! そそそそんな、わたしがカイルさんと付き合えるなんてそんな……!」
「ははは、俺はケガをしていて動けないから話を聞くのがチャンスだと思ったんだがな?」
オートスが笑いながらそう言い、フルーレがキョトンとした後からかわれたことに気づき頬を膨らませた。
「……最初は居丈高だったのに! 妹ちゃんに言いますよ?」
「おっと、そいつは勘弁だな」
その答えに満足し、フルーレは気になっていたことを口にする。ここに居ない兵士たちのことだ。
「ゾンビ―になった人達はどうなったんですか?」
「……」
その瞬間、オートスは話そうか迷う表情を見せたが、いずれ知られるだろうと思い仕方なく語り出す。
「……どうやら、時間経過と共に死んでしまったらしい。あのニックという男がトリガーになっていたのか、そもそもそういうモノだったのか……」
「そう、ですか。ご家族には辛かったでしょうね……」
「しかしいつ襲い掛かってくるか分からないこと考えるとそれで良かったのかもしれないな……」
ふたりは複雑な表情をして城を後にする。
後味が悪いのは戦争では良くあることだが、ひとりの男が起こした事件はあまりにも酷いものだったと思いながら。
そんな会話がされていた同時刻――
「いただきます」
「わお~ん♪」
「美味しそうです……!」
「おう、たんと食えイリス! 大きくなったらお前さんは美人になりそうじゃ、どんどん食えよ」
『ありがとうございます、ゼルトナお爺ちゃん! 最近あちこちで食べましたがここのハンバーグが一番おいしいです!』
「あまり食わせすぎるなよ? 子共でも太っちまうからな」
『大丈夫です!』
イリスは笑顔でハンバーグにかぶりつき、シュナイダーも庭で遠吠えを上げていた。カイルも苦笑しながらナイフで切り分け、ハンバーグを口に運ぶ。
ゼルトナは微笑みながらイリスの食べっぷりに頷き、少ししたところでカイルに耳打ちをする。
「……なあカイルよ、イリスに何があった……?」
「俺にも分からん。随分と表情を出すようになった、って話ならな」
「それじゃよ。もっと淡々と、大人びた話し方をしていたのが今ではそれなりに年相応。お前のケガと関係があるのか?」
まだ杖が必要なカイルはテーブルの脇に立てかけてある。それを見ながらゼルトナが尋ねると、カイルはまた一切れハンバーグを口に入れてから返す。
「……一応な。こいつの本来の役割が分かった。どうも人間を抹殺するために造られた存在らしいや」
「なに!?」
「まあ、詳しいことは爺さんにも言えん。皇帝に聞いてくれ」
ふたりで話した『空に住む』という人間たちのことは口にせず、本当のことでもあるガイラルへ聞けとはぐらかすカイル。
「陛下か……。ふむ……」
ゼルトナが考えごとをしている中、カイルはハンバーグをどんどん平らげながら胸中で別のことを考えていた。
「(イリスがNo.4、ニックがNo.1……数字から察するに最低でもあとふたり、”終末の子”がいるはずだ。イリスが俺をマスターという。なら、目覚めさせる時にマスターを作ればどうなる? シュトーレン国の国王には一応逆らってはいなかったし……)」
『お父さん、そのハンバーグ要らないなら――』
「いるよ!? お前食い意地が張りすぎだぞ? まあいいや、爺さんもう一枚頼む」
「おう、任せとけ」
「それとこいつも頼む」
ハンバーグの注文と同時に、ポケットからメモ帳を取り出し、一枚破ってサラサラと何かを書いて渡す。それを見たゼルトナは目を見開く。
「お前、本気か?」
「ああ。情報を集めてくれると助かるよ、報酬はきちんと払う」
「……分かった」
難しい顔をしたゼルトナが持っている紙に書かれていたのは――
<すべての国に『遺跡』の場所を知る者がいないか調査を頼む>
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