56. 



 「お、おお……う、動けるぞ!?」

 「あの光のおかげか……?」


 カイルが魔力を込めた青い珠を掲げると、シュトレーンの兵達は自由を取り戻し、手のひらを見るなどして感触を確かめる。


 「おい! お前達ここからすぐに去れ! そして国王にニックとやらのことを伝えろ!」


 すぐにオートスが声を上げて空に向かって発砲する。すると、兵の一人が頷いて答えた。


 「……もちろんだ、敵ながら感謝する! しかし、あやつがもはや我等は屍という。数人は帰らせるが、このままではこちらも収まりがつかん。逆賊、ニックを打倒させてもらう……!」

 「止めとけって、また操られたらこっちがかなわねぇ! てめぇらの境遇にゃ同情するが後は任せろ」

 「ぐ……」


 ドグルの言葉に顔を歪めて歯噛みをするシュトレーンの兵達。しかし、助けてくれた彼らの邪魔になるのはマズイと判断し、撤退を決める。


 「……すまない……!」

 「早く行ってください!」

 「戻るぞ!」


 フルーレが叫び、すぐにシュトレーンの兵が撤退していく。閑散として行く平野に、ガイラルとニックの打ち合う音が響き渡る。


 『くははは! あいつらはもうゾンビーだ、また操ってやる。とは言っても、地上の人間は全て消し去ってやるがな』

 「知っているさ、だからこそ私はお前を斬らねばならん」

 『……っ。お前ひとりで何ができる裏切り者が!』

 「できるさ。そのために私は皇帝となり、世界の統一を図ってきた。あと一息、それで貴様らに対抗する」


 ガイラルが剣を叩きつけながら冷静に言う。その口ぶりに、遠巻きに見ていたカイルが目を細めて呟く。


 「なんだ……? 皇帝は何を言っている……?」

 「父上の世界征服に意味があったというのか……!?」

 『……』


 ふたりがそんな呟きをしている中でもガイラルとニックの攻撃は止まない。ガイラルは大剣を軽やかに振るい、ニックは決して刃が広くない白い剣でそれを受ける。本来なら折れてもおかしくないが、笑いながら苦も無く受けきっていた。


 「……やはり厄介だな」

 『ふん、皇帝の座に甘んじていたからか? 腕が鈍っているようだな。……ここでお前を殺せば後は雑魚ばかり、か。殺らせてもらおうじゃないか……! <フラガラッハ>!』

 「む……!」

 「剣が……!」


 ニックが叫ぶと、白い剣はさらに輝きを放ち、白から光の刃へと変化する。


 『そら! そらそらそら!』

 「ぐぬ、速い……! 流石だな……」

 「父上!」

 

 急に斬撃が速くなったニックに、大剣では対抗しきれないのかガイラルの服や頬に切り傷が出来ていく。サイクロプスのスキンを切り裂く切れ味に驚くカイル。だが、エリザの叫びで我に返り、赤い刃を握りしめてニックへ向かう。


 「無理すんなよカイル!」

 「チッ、あの斬撃で冷静だ……撃ち抜く暇がない。下手をすれば陛下に当たってしまう」

 「俺が援護する。オートス少佐達はいつでも撤退できる準備をしておいて欲しい!」


 カイルが振り向かずに突っ込み、背後からニックに向かって斬りかかる。腕一本でも落とせばと勢いをつけるが、後ろ向きのまま光刃の剣で受け止めた。


 「なんだと……!?」

 『はは、驚くなって下等生物。腕一本落して戦闘力を削ごうって腹か? お優しいことで。……ガイラルはまだしも、お前みたいなのにできるわけねぇだろうが……!』

 「!?」


 ギン! と、押していた剣をあっさり弾かれ、振り向きざま、カイルの首に向かって剣が伸びてくる。悪寒を感じたカイルは即座に上体をのけぞらせ回避行動に移る。


 「……っ!」

 『おっと、いい勘しているな』


 ピシュ、と首の薄皮が切れる感触が伝わり汗が噴き出す。一歩遅れていたら死んでいた、と唾を飲んでいると、ニックが一歩踏み込みとどめを刺しに来る。


 『とりあえず死んでおけ』

 「お前がな」

 『チッ!」


 カイルから距離を取ると、先ほどまでニックが立っていた場所にガイラルの大剣が空を切る。着地した場所はふたりからおよそ3メートルの位置で、フルーレとパシーが口を揃えて驚いていた。


 「あんな距離まで飛ぶんですか!?」

 「人間じゃないわー……って、髪の色が変わった時点でお察しってところだけどー。第三の隊長、これ結構やばくないですかね……」

 「隙があったら仕掛けるしかあるまい。一対一でやれないとは言わないがあいつは何かおかしい……」


 ヴィザージュはパシーにそう返す。

 カイルとガイラルは合流しニックと対峙するのを見て、アンドレイと共にふたりの方へ向かって援護の為歩き出した。


 「我らも手伝います」

 「陛下はこいつのことをご存じなのですか?」

 「古い友人、というやつだな」


 『ふん、上位種が俺を友人とはよく言ったものだ。部下みたいなものだろうに。しかしそれより劣る地上の民に与するとは……』

 「そうだな。お前には、お前達には理解できんだろうな。お前はここで殺す、それがせめてもの情けとなるだろう」

 

 カイルは今の言葉を聞いて、自分の首元を抑えてガイラルへ尋ねる。


 「待て皇帝。あんたがこいつのことを知っているのは分かった。だが、まだ聞くことはあるだろう? 生かして尋問しなければならないんじゃないのか?」

 「必要ない。こいつが知ることは私が全て知っている。”終末の子”は始末するだけでいいのだ」

 「だからなんだ、その”終末の子”ってのは……!」


 『私達のような者のことです』

 「イリス……!」


 カイルの足元に、いつの間にか来ていたイリスがぽつりと呟いた。ニックは口元を歪めて言う。


 『よう、No.4。お前も名前を貰ったのか、その男がマスターか?』

 『はい。No.1。しかし、それいがいは思い出せません。私が”終末の子”というのは記憶の断片から知ることが出来ましたが、目的が分かりません』

 『なに……? メモリーが壊れているのか? ……まあ、コールドスリープとはいえ、半分は生身だしな。ましてお前は幼い時に入れられたから仕方ない、か』

 『教えてもらえませんか?』

 『別に構わんが……そうだな、そこに居るマスター以外の人間を全員殺せ。そしたら教えてやる。なあに、仲間だろう俺達は? くっく……』


 ニックが髪をかき上げながらそう言うと、イリスは珍しくピクリと眉を動かす。カイルはイリスに声をかけた。


 「イリス、耳を貸すな。お前はあいつの仲間かもしれんが――」

 『大丈夫です、お父さん。力づくで聞けばいいだけ、ですよね? 顕現しなさい<レーヴァテイン>』

 「な、なんだこの嬢ちゃん……!?」


 淡々と、巨大なパイルバンカーをどこからともなく取り出して口を開くイリス。驚くアンドレイをよそに、今度は聞きなれない言葉がはっきり聞こえたカイル。

 しかしカイルはキョトンとした顔をした後、イリスの頭に手を乗せて笑う。


 「そうだな、その通りだ。皇帝ともども吐いてもらうぞ? 殺すなよ皇帝」

 「私もかい? 怖い怖い。……では、カイルより先に殺すとしようか」


 『馬鹿どもが……!』 

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