53.

 <オターレドの町>



 「ほ、報告します! 第三大隊が敵と交戦。敵の数はおよそ五千ほどとみられます、で、ですが――」


 オターレドの町で補給部隊と待機しているガイラル皇帝達の前に、第一大隊の伝令兵が報告にやってきた。報告を聞いたキルライヒ中佐が首を傾げてエリザに問う。


 「随分少ないですね。帝国側は迎撃に二万を用意していますし、これは簡単に追い返せるのでは……?」

 「……いや、まだ決めつけるのは早計だ。続きがあるようだぞ。魔通信機を使わずここへ来たのも理由があるのではないか?」

 「……」


 皇帝は厳しい顔で伝令兵の次の言葉を待つ。エリザの言う通り、伝令兵が汗を拭きながら疲れた表情で続きを離しだした。


 「て、敵兵が突撃してくるんです……それだけならまだ特攻かと思うのですが、奴ら怯まない上に……その……」


 目で見たことが信じられないと言った感じで言葉を濁す。そこでガイラルは伝令兵に尋ねる。


 「『死なない』のではないか? 腕を斬っても、足をもいでも、心臓を撃ち抜いても動く。違うか?」


 伝令兵はガイラルの言葉に目を大きく見開き深く頷いた。


 「おっしゃる通りです……前線の第二大隊は半数が壊滅。現在、ダムネ大尉が敵の大将と思わしき相手と接触。ですが、敵兵に阻まれており、危険な状態です。第三、第四大隊が合流しようと試みている最中です」


 そこまで聞いたガイラルは椅子から立ち、剣を腰に据えて出てこうとする。そこへエリザがガイラルを引き留めた。


 「父上、どちらへ……?」

 「散歩をしてくる。どうやら、嫌な予感はあたったようでな」


 振り返らずにそう返すと、フルーレが声をあげる。


 「で、ではわたし達も! 負傷兵が多いんじゃないでしょうか? 微力ながらお力になりたく存じます!」


 続けてウルラッハとパシーも口を開く。


 「そうですぜ、陛下。陛下が行く必要はありませんや。ここでどっしり、俺達が勝つのを待っていてくれればいいんです」

 「まあ、あたしは嫌ですけど減給されたら怖いですしー? あいた!?」


 「来るのなら、カイルが来てからにしてくれるか? 恐らく、お前達では手に余る。エリザとフルーレ中尉ならわかると思うが、あの島と同じだ。恐らく、味方が敵になる」

 「……!?」

 「ゾ、ゾンビー、ですか……?」


 ガイラルが外に出ると、第五大隊のメンバーも追いかける。ガイラルは馬を目指しながら言う。


 「古い友人との再会だ、手助けは無用。せめてカイルが間に合っていれば――」

 「友人? 父上の……? あの――」


 エリザが敵にそんな人物がいたとは思えないと首を傾げ、声をかけようとした。その瞬間。エリオットが空を見上げて大声で叫ぶ。


 「あれ? 飛行船だ? 何で出て来たんだ……?」

 「恐らくカイルだ。間に合ったようだな」


 町の外に着陸するのを見届けてから、エリザ達は飛空船へと向かった。そしてガイラルの言う通り、カイルが飛空船から降りてくる。


 「カイルさん! イリスちゃん!」

 「イリスも来たのか……」

 『はい。お父さんと一緒です。シューも居ます』

 「きゅん!」

 

 エリザが困った顔をしてシュナイダーを撫で、フルーレがイリスを抱っこする。その間にカイルはガイラルへ近づき話始めた。


 「とりあえずオーダー通りのもんは作ったが、戦況は?」

 「流石は私が見込んだ男だな。戦況は芳しくない、すぐにでも向かうぞ。サイクロプスの皮を使った装備は?」

 「五千五百ある。研究員に褒美でもやれよ? エリザ、フルーレちゃん、それにみんな。こいつを着てくれ」


 カイルは人数分のジャケットを手渡し、交換するように指示する。


 「これは? 随分軽いぞ」

 「島で捕獲した巨人の皮を使ったジャケットだ。ハンドガンの弾程度なら弾き返す弾力がある。試験では上手くいった。だけど、過信するな、試作品だからな。できるだけもらわないようにしてくれ。後はこいつだ」


 カイルはスコーピオンも全員に渡していく。装備を整えたパシーがぶるりと震えて口を開く。


 「新武器……こいつを持つと戦わなきゃってなるから嫌よねえ……」

 「生き残るためには必要だ。僕だって戦いたくはないよ、まして同じ人間相手だ」

 「……だといいがな」

 「え? 陛下、今なんて?」

 

 ウルラッハの言葉には返さず、馬にまたがり歩かせ始めるガイラル。カイルは後ろ姿に声をかけた。


 「いいのか、ジャケットくらいあった方がいいぞ?」

 「他の者にやってくれ。それより……広範囲兵器は?」


 カイルは頭を掻きながら返答する。


 「ある。計三発だ。未試験だから使えるかどうかは保証しないぞ」

 「構わん。お前なら問題あるまいよ、魔通信機を持ってお前は飛空船でついてこい。私が合図したら……落せ」

 「俺がやるのかよ!? いや、俺も行くぞ、扱い自体はそんなに難しくないからおやっさんにでもやってもらう」

 「わかった。急ぐぞ」

 「あ、おい!? ……ったく、いきなりどうしたってんだ?」


 カイルがぼやくと、キルライヒが馬車を駆って隣につけてきた。


 「……言ってる暇はなさそうだぞ。ウルラッハとエリオット、パシーと伝令兵はこいつで連れて行く。お前はもう一台を使ってくれ。あの木箱はお前のなんだろう?」

 「ええ。確かに、皇帝の様子を見ると悠長にしている暇はなさそうですね、おやっさんに頼んだらすぐに追います」


 キルライヒは頷き、馬車を進ませる。


 「またねーカイル少尉♪」

 「国境で会おう!」

 

 パシーとエリオットが荷台の後ろからカイルに手を振り、小さくなっていく。


 「カイルさん、木箱はもしかして……」

 「ああ、フルーレちゃんが予想している通りの代物だ。飛空船にちょっと行ってくる。済まないがそいつを乗せておいてくれ! イリスとシュナイダーを頼む」

 「分かった。だが、急げよ?」


 エリザの言葉に片手をあげて返事をし、カイルは”おやっさん”と呼ばれている飛空船技師にナパーム弾、”ファイアフライ”の使い方の説明をする。


 「おいおい、物騒だな……」

 「こいつを蹴落とすだけだ、魔通信機で合図を出したらやってくれ」

 「わかった」


 カイルは頷き、再び馬車へと戻る。自動車を乗せてくれば良かったと少しばかり後悔しながら、第五大隊とガイラル皇帝、フルーレは国境へと向かう。


 そのころ、ドグルやオートスはダムネと合流していたが――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る