45. 

 

 「ちちう……陛下、カイル少尉になんの御用でしょうか?」

 「そう怖い顔をするなエリザ大佐、お前達にも関係がある話だ。……よっと」

 『ふわ』


 ガイラル皇帝はそう言ってイリスを抱っこして微笑む。そこへカイルが訝しむように尋ねる。


 「俺達全員に、というのは珍しいな? ここで話していいことか?」


 そう言って周囲に目を向けると、野次馬根性で残っている者が何事かと緊張や好奇の目でこちらを見ていた。その中にはオートスやドグルも含まれている。


 『おじいちゃん、早く帰らないとシューが寂しがる』

 「む、そうか? では、ここで話そう」


 表情は変わらないが、声色で焦りの見えるイリスにそう言われ、ガイラルはここで話すと言い出した。キルライヒ中佐が眉間に指を当てて呻く。


 「……いいんですかね……というか陛下と直接話したことはありませんでしたが、こういうお方だったとは……」

 「人をくったような男ですからね。それで?」


 カイルが肩を竦めてキルライヒを宥め、ガイラルへ尋ねる。


 「お前達第五大隊は前線より少し後ろで支援をお願いしたい。場所は南西のイグラッチの町だ。さっきの説明で話したと思うが、この町は二番目の防衛線だ、心してくれ。そしてカイル少尉は技術開発局へ行き、武器のテストにあたってもらう」

 「なんだって……? テストは各部隊でいいだろう? 大隊ごとなら、俺も行かなければおかしい」


 ほぼ前線をそっちが決めるのかと思わず声を荒げそうになるカイル。だが、言葉を飲みこみガイラルへと抗議する。


 「武器テストはお前でなければダメだ。悪いが、カイルの件に関しては決定事項になる。なに、テストが終われば合流してもらって構わない。拒否するなら、お前はイリスと家で待機してもらうことになる」

 「カイル、拒否するんだ。私達が終わらせてくる」


 エリザがカイルの肩越しに家で待っていろと言う。しかし、エリオット大尉が口を開く。


 「でも、一時的にとはいえ戦力が不足するのはちょっとまずくないですかね……」

 「ですです! カイル少尉は遊撃に最適ですし、フォローが上手いんですよね」


 するとガイラルはとんでもないことを口にする。


 「それは大丈夫だ。私が一緒に行くから。な、娘よ」

 「はあ!?」

 

 瞬間、ざわざわと周囲からどよめきの声が上がる。前線ではないとは言え、首を取られたら終わる皇帝が城を開けるなどあり得ないからだ。


 「……いえ、それは……」

 「拒否っても勝手についていくけどな? カイル少尉……ブライアンと一緒に武器のテスト、頼まれてくれるか?」

 「兄上も戦うのですか?」


 しばらく会っていない兄の姿を思い浮かべながら、エリザは首を傾げて言う。それを聞いてカイルは胸中で少し考えていた。


 「(王子を残して自分が前線に? 確かに皇帝は強いが、戦争は何が起こるか分からない。死ぬ気か……? いや、この男に限ってそれはないか。だとしたら理由はなんだ? 武器のテスト……いや、セボックに何かあるのか?)」


 先ほど新型武器の説明をしていたセボックを思い出す。ガイラルの肩に乗るイリスを見て、カイルは口を開いた。


 「わかった。技術開発局へ行けばいいんだな?」

 「……そうだ。出発前に顔を出したいから、後で一緒に行くぞ。1時間後、開発局の入り口で会おう」

 「了解」


 ガイラルはイリスを降ろして頭を撫でると、そのまま歩き出す。周囲の兵も話は終わったと解散していく。


 (なんだかんだで娘がかわいいんだな……)

 (でも前線はありえねぇだろ? 死ぬ気かよ)

 (でも、ちょっと皇帝陛下いいなって思ったよ、各国を占領しまくっているから冷酷だと思っていたけど、親なんだってさ)


 「……」


 エリザはそんな声を耳にしながら部隊のメンバーへと顔を向けて話し始める。


 「カイル、いいのか?」

 「まあ、一番のトップに言われちゃ仕方ねぇな。娘であるお前のおっぱい一回で貸し借りなしにしよう」

 

 カイルが真面目な顔で手をわきわきさせていると、パシー中尉が声をあげる。


 「マジな顔で何言っちゃってるんですかねカイルさんは!? ……にしても、陛下と一緒かあ、頼もしいような怖いような……」

 「腕は確かだ。今まで出会った人間でもあれほどのやつはいなかった。俺の代わりというなら、十分すぎる」

 「よ、よくそんな言い方ができるな……ひやひやしてたんだぞ俺は……」


 ウルラッハ少佐がカイルに口を尖らせると、キルライヒ中佐がカイルの肩に手を置いてから言う。


 「……なに、帝国の方が圧倒的に有利だ。人数も武器も他の国と比べ物にならないからな。お前が来た頃には終わっているとでも言ってやるさ」

 「それならそれでありがたいんですけどね。……人間同士、殺し合って何になるって話なんで、できれば俺は戦いたくないんですよね」


 カイルがそう口にすると、ウルラッハ少佐が鼻を鳴らす。


 「ふん、軟弱なことを言うな。やられたらやり返す。やられる前にやる。これは勝負の鉄則だろうがよ? ま、とりあえず準備に向かいましょうや、大佐」

 「……え? あ、ああ、そうだな。それよりすまない、父のせいで我が部隊の行先が決めれず……」


 謝るエリザにエリオットが返す。


 「ま、完全な前線に行かないだけましですよ。第六大隊の衛生兵もいてくれるとありがたいんですけどねえ」

 「カーミルの部隊は人数が多い。誰かが回ってくる可能性は期待できるんじゃないか? よし、あまりぐだぐだしていても始まらない。第五大隊、準備のため一時解散。出撃については一度大隊長で集まって決まる。後程伝えよう」


 エリザが話を締めると、エリオット達は敬礼をして返事をする。


 「「「「了解しました!」」」」


 そして、ホールから出るカイル達。途中でエリザ達と別れ、カイルは技術開発棟へと歩き出す。


 「(さて、何の話があるのやら……)」

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