9. 

 「カイルさん、起きてください。陽が昇り始めましたよ」


 「んが……あぁ、フルーレちゃん……ふあ……もう朝か……」


 交代による目覚めで眠りの浅いカイルが、ぐっすり眠らせたフルーレに起こされ上体を起こしてリビングを見る。そこには顔面を腫らした侵入者二人が気絶して転がっていた。


 「……ドグル大尉、どうだった?」


 「おう、少尉のおふたりさんか、おはよう。ああ、問題ない。吐いたぜ」


 「う……」


 何が問題ないのか、とカイルは嘆息する。フルーレが血まみれのふたりを見て口元に手をやるのを見て、手をたたきシュナイダーを呼ぶ。


 「はいはい、フルーレちゃんは外に行った行った。シュナイダーの散歩を頼む」


 「わうん!」


 「い、行こうか、シューちゃん……」


 のんきな魔獣がしっぽを振ってフルーレの足元でぐるぐる回り、そのまま外へ出ていく。見送った後、オートスとダムネ、そしてブロウエルが奥の部屋からリビングに現れると、ドグルが口を開く。


 「こいつら”ウィスティリア国”の連中だったぜ」


 「なるほど、隣国か。二週間……いや、一週間あれば潜入は可能だな」


 「そ、そうですね……旅行者を装って入国はできますし……」


 ウィスティリア国は滞在しているアンダー村から北西に向かうと辿り着く国で、帝国とは友好国である。が、今の王政に反発する者との内紛が静かに起こっている少々不安定な国だったりする。


 「こいつらはクーデター派の人間だろうなあ。『遺跡』で何か強力な『遺物』が見つけられないか探しにきたってところだろうな。そこは口を割らなかったけど、それはそれで楽しかったぜ」


 ドグルはひっひと喉を鳴らしながら、顔を洗ってくるとその場を後にする。その背中を目で追いながら、カイルは胸中で呟く。


 「(悪趣味なやつだ、味方に警戒させるなっての。……さて、これで憂いは無くなったと思いたいが、仲間がいる可能性は捨てきれん。歩哨は警戒を強めるよう言っておくか――)」


 

 ――その後、他国のふたりは飛行船へと送られ、カイル達は朝食を手早く済ませると『遺跡』に向けて出発するため村長の家を後にする。

 村の出口へ差し掛かった時、村長とチカ、ビットが見送りに来ていた。


 「もう行っちゃうのか兄ちゃん?」


 「ああ、仕事だからな」


 カイルが肩を竦めてビットにそう言うと、オートスが口を開く。


 「……先に行くぞ」


 「すぐ追いつきますよ。で、なんか用かい? 歩哨には村人に手を出さないよう言っておいたから安心してくれ。もし何かあったら俺かこっちのフルーレちゃんにでも言ってくれれば、いい。もし俺達が『遺跡』から戻ってこないようなら、帝国の第五大隊の隊長エリザ大佐に直訴してくれていいぜ」


 「……わかったわ。お父さんとお母さんにこと、ありがとう……」


 「シュナイダーもまたな!」


 「わん!」


 チカが小さく頭を下げ、ビットがシュナイダーを撫でると大きく吠えた。すると村長がびくっと体を震わし、一歩後ろに下がる。


 「あー、まあ、おぬしは悪い奴ではなかったようだな。帝国兵にもいろいろ居るということか」


 「村長なんで離れてるの?」


 「……魔獣に近づいていられるか……! そ、そんな恐ろしい生き物……!」


 そこでフルーレが首をかしげてほほ笑みながらシュナイダーの頭をなでて言う。


 「大丈夫ですよ? シューちゃん、大人しいですから!」


 「わんわん!」


 「もうお前はただの犬だな、犬」


 「わふん!?」


 「ぷっ!」


 カイルの言葉でうなだれるシュナイダーに、チカがぷっと噴き出し笑う。それを見たカイルが口元に笑みを浮かべてチカの頭に手を乗せた。


 「悪かったな、騒がせて」


 「……いえ、お気をつけて」


 「むー。行きますよカイルさん!」


 「おいおい、引っ張るなって!? じゃあな!」


 カイルとフルーレはすぐに走り、前を進んでいたオートス以下混成部隊に追いつくと、一番最後尾を歩いていたブロウエルがカイルに目を向ける。


 「早かったな。……#もういいのか__・__#?」


 「ええ、あまり長居もできませんからね。それで、『遺跡』は近いんでしたっけね」


 カイルが前を見ながら誰にともなく言うと、フルーレが後ろから声をかけてくる。手にはポケットにでも入れておいたのであろう資料がもたれていた。


 「アンダー村から歩いて三十分。だいたい五キロ地点だって書いていますね。魔獣の気配もありませんし、すぐ到着すると思います」


 「フルーレ少尉の言う通りだ。魔獣はキャンプを立てる先発隊が駆除、もしくはけん制しているだろうから出会わないだろう。我々が『遺跡』に入るまで温存させてもらわねば困るからな」


 「きちんと労ってやれよ? ……やってくださいよ」


 「フッ、少しはわかってきたじゃないか副隊長。まあ、副隊長は昨日の侵入者について功労があるから、気が向いたらな」


 「カ、カイル少尉は少尉なのに凄いなあ……やっぱり歳を取っているから……?」


 「ダムネ中尉、言い方」


 「くっく、ま、『遺跡』は俺達しかいねぇ、仲良くしようや」


 ドグルがそう締めてさらに進むと、上空へ煙が立ち上っているのが見えてくる。キャンプ地に到着したとフルーレが安堵し、オートスが敬礼しながら近づいてきた兵に話しかけていた。


 「『遺跡』はどうか? 勝手に侵入などしていないだろうな」


 「当然です。地震もなく、落ち着いています。ただ、気になるのはこの『遺跡』はどうも地下に向かって道が伸びているようです」


 そこでカイルが顎に手を当て、ぽつりと呟く。


 「……珍しいな。山にある『遺跡』なら、神殿のような場所に長年積もった土砂が山になっている、ってパターンが多いんだがな」


 「そうなんですか? 講義じゃそんなことは聞いてないですけど」


 「あ、いや、人づてに聞いた話だよ。ほら、セボックなんかが好きそうな話だろ?」


 「どんな状態でも構わん。我々は進むだけだ。装備は?」


 「こちらです」


 兵が踵を返してカイル達をテントへと案内する。ふたつあり、ひとつは女性用だと説明を受け、各々テントへと入っていく。

 しばらくして、制服から戦闘用の軍服に着替え、ガントレット、チェストプレート、レッグガードといった急所や局所を守るための防具を装備したメンバーが広場に集まる。ダムネだけは完全武装で全身鎧を着ていて見た目にも重苦しいが、慣れているのか動きは機敏だ。

 ダムネ以外はヘルメットの代わりに鉄板の入った軍帽をかぶり、得意な得物を手にしていた。そこへドグルがカイルの姿を見て切れた表情を見せた。


 「……おいおい副隊長、それ、何が入っているんだ?」


 「ん? 探索道具一式ですかね。ゴーグルにライト、着火剤に食料とかだな」


 「ぶ、武器は持っていないんですか?」


 「持ってるよ?」


 「それだけですか? 軽装部隊はすごいなあ……僕なら怖くて出られないですよ」


 カイルが腰のホルスターにある”イーグル”と、お尻に携帯しているダガーを見せながら言うと、ダムネがごくりと喉を鳴らす。するとオートスが目ざとくカイルへと問う。


 「その魔獣の背にあるのは技術開発局長が持たせたものか?」


 「ええ。使うことはないと思いますけど、せっかく持たせてくれたから持っていくだけって感じで。シュナイダーはこう見えて力持ちなんで足手まといにはなりませんよ?」


 「わんわん♪」


 「頑張ってねシューちゃん」


 褒められたと思ったのか、尻尾をぶんぶん振って鼻を鳴らす。


 「せいぜい俺のために頑張ってもらおう。では、出発だ!」


 「「「「おおー!」」」


 オートスの言葉を受け、ダムネを先頭に、いよいよ『遺跡』へと足を踏み入れるのだった――

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