8.
カイルとフルーレはチカに連れられ、村長宅から逆の位置にある家へと案内された。チカが玄関を開け中へ入ると、どうぞと招き入れられ付いて行く。
「……チカ、どういうつもりだ?」
「あ、こりゃどうも、はは……」
外から見ても大きくはない家だと思っていたが、まさか目の前にいるとは思わず、カイルは引きつらせた笑顔で挨拶をする。フルーレも緊張な面持ちでシュナイダーと一緒にカイルの横に立つ。
「村長、彼は悪い人ではないわ」
「どうだか……殴られたんだぞ?」
「それについては申し訳ない。隊長に代わって、副隊長の俺が謝罪します。すみませんでした」
カイルが頭を下げると、口を尖らせた村長が嘆息して口を開いた。
「ふん、副隊長か。お前さんに免じてこれ以上はとやかく言うまい。帝国はこんなもんだとは理解しているつもりだ」
「……そう言ってもらえると助かります。で、二週間前に現れた『遺跡』ですが、村長はご存じで?」
「知っておる。こっちとしてはこうなるだろうと思っていたから知られたくはなかったが」
村長が憮然としたまま腕を組んで毒づく。ならばと、カイルは探るように、質問を変えて尋ねる。
「少しお聞きしたいんですが『遺跡』が現れた後、見慣れない人間は来なかったですかね? あまり人が来ない村なら目立つと思うんですが」
「……知らんな」
「……私も知りません。おっしゃるように村は小さいですから、誰か来れば分かるわ」
村長がチカに目をやり返事をする。チカも小さく首を振り、知らないと返してくる。それを聞ききながら、カイルは家の中を目だけで移動させながら台所へと近づく。
「そうですか、まあ何か怪しい奴がいたら教えてくださいね? 『遺跡』の中身は場所によって違うんですが、だいたいは他国も欲しがるような未知の技術なんですよ。お、冷蔵庫がある。チカ、ちょっと飲み物もらってもいいかな?」
「え、ええ。水くらいしかないけど……」
「こういう村の水は美味そうだからありがたい。えっと、四つコップがあるけどどれがチカちゃんの? うしし」
「カイルさん! いやらしい顔してますよ! ビット君、借りてもいいかしら?」
「うん! 兄ちゃん、その茶色のコップだよ」
「おう、サンキュー。……んぐ、ぷは、美味い! フルーレちゃんもどう?」
「わ、わたしはいいです……」
コップを差し出すがフルーレは首を振って遠慮した。カイルはそう? とだけ短く呟きコップを台所に置いて玄関へと向かう。
「ご協力感謝します! さ、フルーレちゃん戻ろうか。シュナイダーも散歩はもういいだろ?」
「あ、はい」
「わふ」
「ふん……」
「またなー兄ちゃん!」
元気なビットに見送られカイル達は村長の家へと戻っていく。帰り道、フルーレが口を尖らせてカイルへ言う。
「もう、食料と水は持ってきているじゃありませんか。わざわざあそこで飲まなくても……」
「はは、確かにね。だけど分かったこともある」
「?」
「まずは戻ってからだな――」
程なくして村長宅へ戻ると、リビングで各自適当に過ごしていた。オートスは読書でドグルは銃の手入れをしており、ダムネはテーブルに突っ伏して寝ていた。ブロウエルは煙草をくわえて新聞を読んでおり、玄関が開くと同時に目線を上げた。
「戻りましたよっと」
「早かったな。ちゃんとストレス発散できたか?」
「んなことしちゃいませんよ」
「? 日向ぼっこはしましたよ?」
「くっく、そうじゃねぇよフルーレちゃん。ふたりでしっぽりしてきたのかってことだ、気持ち良かった?」
ドグルにそう言われ意味を理解したフルーレの顔が真っ赤になり、声を荒げる。
「~!! そんなことカイルさんはしません! シューちゃんいけ!」
「わおおおん!」
「うお!? 魔獣をけしかけるなっての!?」
バリバリと顔を引っ掛かられ椅子から転げ落ちるドグル。きちんと手加減したシュナイダーは賢かった。そんな様子にため息を吐き、オートスは本を閉じてカイルへ問う。
「何か調べて来たか?」
「ええ、ちょっと大きな声では言えないので集まってください――」
◆ ◇ ◆
その夜――
「……」
キィィ……
鍵をかけたはずの玄関が静かに開けられ、黒ずくめのふたり組が入ってくる。村長の部屋は四つあり、ひとつはフルーレがひとりでベッド使っている以外にブロウエルとオートスが残ったベッドを使っていた。
カイル以下三人は適当に寝袋などを使うように……なっていたはずだった。
「はい、そこまでだ。フルーレちゃんの部屋に何しに行くつもりだったのかな?」
「!? う……」
「ば、馬鹿な……! どうして我等のことが……!?」
スッと玄関の脇からカイルが銃を背中に突きつけ、もう一人はドグルに気絶させられていた。カイルはすぐに男に足払いをかけて転ばし、背中を踏みつけて言う。
「チカの家に入った時、違和感を感じたからだな。あの時、村長と奥さんが家に居た。で、チカとビットだけの家にしちゃ、リビングが広かった。椅子の数も多かったしな。で、極めつけは食器だ。きっちり四人分あった。村長と奥さんの分か? 違うね、ふたりの年ごろから考えて両親がいるはず。だが、その姿は無かった」
「あの時そんなことを見ていたんですか……!?」
暗やみから”EA-001 ハンドライト”を持ったフルーレが口に手を当てて驚きながらそう口にする。カイルはライトに目を向けながら笑みを浮かべて言う。
「じゃなきゃ生き残れないんだぜフルーレちゃん。で、俺はチカの両親が人質に取られているんじゃないかと疑ったわけさ」
「くそ……!」
「さて、帝国兵を狙ったんだ。何者か吐いてもらう」
「殺すなら殺せ!」
倒れた男が叫ぶと、カイルがため息を吐いて銃を頭に押し付けた。その態勢のまま男へ告げる。
「……『遺跡』か?」
直後、ビクッと身体を震わせる。ビンゴかと確信し、カイルはロープで男を縛り上げながらオートスへ尋ねていた。
「なに、拘束はするが殺しはしない。だろ、隊長?」
「……そうだな。とりあえず転がしておけ。仲間がいるかもしれんから、交代で見張りをして朝本格的に尋問だ。まあ、最初は俺が見張りをするから、すぐに口を割るかもしれんが、な?」
ニヤリとサディスティックな笑みを浮かべたオートスに顔を顰めて、カイルは銃を収めながら言った。
「……やり過ぎるなよ? 殺したら俺もちっと考えないといけないからな」
「口の利き方に気を付けろと言ったはずだぞ? まあ、副隊長に先にそう言われては考慮せねばならんか」
「(ったく、ストレス発散が必要なのはどっちなんだってんだ)」
カイルはこれ以上できることはないかと、侵入者に同情しつつごろりとソファに寝転がった。
そして翌朝、いよいよ『遺跡』へ入る準備が整った。
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