第50話 セリーヌっていう名前。

 




 あたしは両手を広げると、セリーヌを包み込むようにゆっくりと抱きしめた。


 この子の心、なんとかしてあげたい。そんな風に思って。


 確かにこの子はあたしの過去だ。


 過去のアリシアが宿った姿には違いない、けど。


 でも、それでも。


 この子はやっぱり一人の、まだ十歳の少女なのだ。


 今この子が感じている感情はこの子の物。他の誰でもない、この子のものなのだから。



 このままこの子が居なくなったらあたしの世界が困る、とか、最初はそんな打算だった。


 でも。


 違うよね。


 このセリーヌに生きて欲しい。


 人生をちゃんと全うしてほしい。


 そんな気持ちであたしはこの子の心を抱いた。


 少しでも癒しになればいいな。そんな……。





 あたしの身体から溢れたマナは金色の粒子となって降り注ぐ。


 その金色のマナは死んでしまっていたセリーヌの身体の隅々にまで入り込み、肉体の損傷を回復させた。


 心臓の鼓動が聴こえる。


 再び全身を巡るようになった血流がほおをピンクに染めるのがわかる。


 脳組織のダメージも、身体のあちこちの傷とともに癒して。セリーヌの身体が呼吸をはじめたところであたしは再度セリーヌの心と向き合った。


「このままあたし死ぬのかな。死んだ後ってどうなるのかな……」


 そう、彼女がポツリとこぼす。


 もう。まだそんなネガティブなことを。


「何を言ってるんですか! あたしは貴女を助けるためにここに来たんです。死なせませんよ。っていうかもう生き返らせちゃいました!」


「えー?」


 ちょっとびっくしているセリーヌ。


 あたしは息を吹き返した身体が彼女にも見えるよう、彼女の視線を促して。


「ほんとに生き返っちゃった?」


「こんなふうに生き返らせる事ができるのは一回だけ、です。あんまり自然の摂理に反した事をするとこの世界そのものが崩壊しちゃうかもしれませんし。だから……。お願いだから死んじゃってもいいやとか、思わないでください。お願いですよ……」


 あう。あたしはそう懇願して。



 生きる事に意味を見出せなくなっていたのだろう彼女の心に、刺さってくれるといいな。そう願った。






 ラギー!


 遠くからそんな声が聞こえてきた。


 どうやらセリーヌの兄、ジークフリード・ラス・レイズが救援に来たよう。


 横倒しに倒れた馬車の上でギシギシと音がしたかと思ったら、扉が強引に開けられ。


 明かりがさして逆光の中ではあったけれどそこに。




「ラギ! 大丈夫か!」


 と、心配そうな顔をしているジークの顔が見えた。




 そういえば。



 あたしの記憶にあった彼女の名前はラギ・レイズ・マギレイス。


 兄の名前はラス・レイズ。


 マギレイスは偉大なるレイスを持った大賢者、って意味の称号だとして。


 セリーヌとかジークフリードとかのファーストネームは今回この世界を観察し直さなかったらわからなかった。


 でもまさか、ね。


 この時代のラギがラギレスであるあたしと同じセリーヌだったなんて。


 って、もしかしてお父様知っててあたしにセリーヌって名前つけたの?


 だとしたら……。


 ふふ。


 あんまり愛着の無かったセリーヌっていう名前。


 今回のことで、ちょっと好きになれたかも。


 ありがとう、おとうさま。

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