53.信頼
あちこち開けてみたけど、シンプルなTシャツと半ズボンが数枚ある以外、着替えはなかった。フリーサイズらしいそれは、私にはちょっと大きい。パジャマ代わりには問題なくても、外を歩くのは憚られた。
着ていたものを洗濯機に放り込んでしまって、お風呂に浸かりながら外に出るのを諦める。乾燥が終わる頃には暗くなり始めるだろう。
横山さんのところにあったようなパソコン一式もなく、モニターはあるけど放送は受信していなかった。徹底的に外界と遮断されているのが解る。
暗くなり始めると、自動的に明かりがついた。ふんわりと黄色がかった明かりは、天井全体から発しているようだ。外の景色が見えなくなって、小さな庭に面した窓に近づいてみる。
カーテンはないのだけど、庭先に落ちるはずの影がない。明かりさえも、漏らさないらしい。
ふと、鍵を置いて行った冨士君の気遣いが解った気がした。
自分から閉じこもるのならいいけれど、これでは監禁されているも同じだ。
やることも出来ることも無くて、長い夜はそれでも過ぎて行った。
☆
冨士君は昼頃に迎えに来た。
呼び鈴に素直に反応してロックを解除した私に、彼は深めの溜息をつく。なんだかちょっと腑に落ちないのだけど? 迎えに行くと言ったのは冨士君だし、冨士君が来たら開けるよね?
特に何を言われるわけでもなかったから、私も黙っていたけど。
昨日とは違うバイクで、今日は私の分のヘルメットも用意してあった。大きめの道に出て、最初のパーキングで車に乗り換える。後部座席が取り払われていて、バイクも載せてしまえる車だ。
端末の電源を入れてみようかと少し迷った私に、冨士君はちらと視線をよこした。
「連絡は入れたから、やめといたほうがいい。まだ落ち着かないぞ」
それも、わかる。
「……入れてくれたんだ。ありがとう」
「……そういうの、好きなのか?」
何気なく指先で触れた金魚のキーホルダーのことだろう。普段使いには花柄や蝶のデザインのものが多いから、少し浮いているのかもしれない。
「嫌いじゃないよ。もらいものなの」
飛燕がつけてくれたけど、結局使い方がわからないままだ。帰ったらちゃんと聞かなくちゃ。
「ふうん」
と、あまり関心があるようでもない返事をして、冨士君は黙る。
「うちまで送ってくれるの? それとも、途中で?」
「待ち合わせしてるから、そこまで」
「そっか」
ちょっと気が抜けて、背もたれに体重を預けてしまうと、少し眠い気がした。さすがにぐっすりとは眠れていない。
「……何度も言うようだが、身内だからって油断するなよ? このまま山奥に連れ込まれたらどうするつもりなんだ」
「え? だって、そんなことするつもりなら、昨日の時点でもう詰んでるし、ちゃんと街に向かってるじゃない。私、一応地図は読めるし、冨士君は身内だから信用してるってわけじゃないもの」
「
「それは……桐人さんたちと違って、めったに会わなかったもの。避けられてるのかと思ってた」
「まあ、そうだな」
そうなんだと納得する。
「桐人さんたちとだって、そうだったんじゃないのか?」
「伯母様は、お婆ちゃんのところに来るときには桐人さんたちを連れてたもの。話はしなくても、顔は見てた」
「ああ……なるほどね」
少し呆れたような物言いは、やっぱりライバルとして見ているからなんだろうか。
「まあ、いいか。じゃあ、甘ちゃんらしく最後まで信頼しておいてくれるとありがたいね」
「冨士君は、そういう言い方やめた方がいいと思う」
ムッとして言い返せば、冨士君は鼻で笑ってもう口を開かなかった。
車は
だから、きっと天野さんも。
………………
がくんと軽い衝撃にハッと目を覚ます。少し寝落ちてしまったようだ。
車は止まっていて、冨士君が降りて行くところだった。どこだろうと見渡してみる。
見知った場所ではなく、綺麗に区画された造成地のようで、建物はぽつぽつとあるだけだった。
ドアを開けてくれて、冨士君が促す。
「ここ、どこ?」
「寝てたのか?」
「……ちょっとだけ」
あれだけ言ったのに、と目で語っているような気がして肩をすくめる。冨士君は何も言わず目の前の建物に足を進めた。
一見は小さなホテルかビルのような、五階建ての四角い建物だった。看板も何もなく、ベージュの外壁に装飾もない。
エレベーターに乗り込むと、冨士君は五階の表示に手をかざした。
着いた先では左右に伸びる廊下の先にドアが一つずつ。今のところ人の気配はないのだけど、それだけ防音がしっかりしているということだろうか。
ドア周辺に呼び鈴や認証機器は見当たらず、冨士君は端末でどこかに連絡した。ややしばらく待つ。ロック解除の音がして、ドアノブについているランプが緑に変わった。冨士君が開けてくれて、先に促される。細く短い廊下はマンションのようだけど、上がり
こんな場所で? と微妙な不安が頭をもたげた。
すぐに目の前が開け、外国のリビングルームのような場所に出た。ソファに座っていた人が驚いて立ち上がる。
「紫陽さん?!」
天野さんの姿に、硬直してしまう。すぐ横からどこかで聞いた声がした。
「ご苦労様」
ねぎらいの言葉は、私にではない。銀縁眼鏡に愉悦の笑みを浮かべた男の視線を追って、私はゆっくりと冨士君を振り返った。
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