42.清算

 伯母様の隠しもしない嫌味と溜息に、胃が痛くならなかったわけではないけれど、自分で定めた道だと思うと少し心を強く持つことができた気がする。


「学生を理由にするのなら、いくらでも待たせて期待させておけばいいのよ。その間にできることもあるわ」

「そういうやり方は、私には合わないので……卒業後も少し海外で勉強したいと思っていますし、それでもまだ先方に興味が残っているようなら、また考えます。きっと、冨士君が頑張ってくれると思うので」


 最後に特大の溜息を吐き出してから、カスミ伯母様は脱力して椅子に背を預けた。


「……まあ、あなたのそういうところをあちらに利用されることは、避けられるのかしらね。冨士君に手柄を全部持って行かれることになるけど、いいのね?」

「私は何もしてませんし」

「相手方の気持ちを惹きつけておくというのは立派な才能なのだけど」

「冨士君にも「断ってくれ」と言われましたよ?」


 純粋に首を傾げれば、伯母様は頭痛をこらえるように頭に手を添える。


「そりゃ、なにもかも順調より、未練たっぷりの相手に期待を持たせるようアプローチし続けた方が自分の株も上がるでしょう?」

「……そ、そう、ですか」


 改めて、自分がいかにそういう世界に無関心だったのかと突き付けられる。自分が出来なくても、「ある」ということは知っていなくてはならない。

 「まったく、お母様も紫苑も……」という伯母様の呟きに肩身を狭くしながら報告を終えた。


紫陽しはる様」


 廊下で、安藤に呼び止められる。


「先に相談に乗ってくれてありがとう」

「いえ。それが、私の仕事ですので」

「うん。誕生日までもう少しだけど、それまでよろしくね」

「はい。いつでも。気をつけてお帰り下さい」


 優しい笑顔と振られる手に、伯母様は私へのフォローも言い付けているんだろうなと、少しおかしくなった。

 伯母様も、私が彼女を苦手としていることを知っている。

 安藤に相談すれば、伯母様の耳にも入るだろうと、とも相談してのことだ。ワンクッションあることで伯母様も心構えができるし、安藤への変わらぬ信頼もアピールできるから、と。これからもそういう付き合いが続きそうだ。


 天野さんには深々と頭を下げた。彼は変わらぬ様子で慌てて「やめてください」と言ってくれたのだけど。

 伯母様に言われたから、というわけではなくて、自分のためにずるい発言をすることにも頭を下げたかった。


「お断りするのに、こういうことを言うのはよろしくないと解ってはいるんですけど……私、天野さんを嫌いでお断りするんじゃないので、しがらみのない場所での友人関係を本当はなくしたくないんです。自分の納得いく勉強を終えたら、できることも変わってくると思うので……」

「ほんとに? もちろん! 言ってるだろ? 俺は紫陽さんの味方でいたいって。充分、充分だよ!!」


 まるで、婚約が決まったかのように両手を取られてぶんぶん振られる。


「て、いうか、そのくらいの方が俺には合ってるかも。今はまだ――だから」


 ふっと、今までとは違う大人っぽい顔をして、天野さんは微笑んだ。


「誰があげたとか忘れて、また着けてくださいね。絶対に似合うのを選んだから、しまい込まれたらもったいない」


 視線の行き先にドキリとして、もう消えているはずの痕に冷や汗が出る。


「……もう少し、落ち着いたら」

「うん。是非」


 また屈託なく笑って、天野さんは「まだ堂々と誘えるうちに」と、仮婚約期間打ち上げランチを企画した。冨士君も誘っての「Cachette」でのランチは、大いに冨士君を呆れさせて、でも、変な気負いもなく楽しい時間だった。

 学年が上がり、春は駆け足で過ぎていき、冨士君の言っていたように、天野さんの建築デザインコンペでの入賞の報せを聞いた。お祝いをしようか、という話も出たのだけど、私の誕生日が近いこともあって少し忙しかった。

 星を継ぐための準備と確認と。書類上のことだし、父と安藤がしっかりやってくれているので、サインや書類の受け渡しが主ではあるのだけど。


「これで、ユリ様の遺言は無事全て遂行できましたね。紫陽様、成人おめでとうございます」


 最後のサインを書き終えると、安藤はそう言って感慨深げに笑った。

 もうずいぶん昔に選挙権などは十八歳に引き下げられて、高校卒業と同時に成人を祝う人も多いのだけど、煙草も飲酒も解禁になって、本当の意味で自分の足で立つ二十歳という年齢の区切りは、また感慨深いものがあるようだ。

 軽い握手を交わして、安藤の背中を見送る私も、少し感傷的な気分になった。




 そうやって、まだ学生ながら星を手にした次の日。

 そんな実感も薄く、家で授業を受けていた私に飛燕の叫び声が突き刺さった。


「紫陽様!!」


 同時に端末が鳴る。


 ――やられた!


 ツバメの一言にアドレスが続く。

 そのアドレスをタップするより早く、飛燕が……安藤が、かもしれない。パソコンの画面を切り替えた。

 出てきたのは、「宇宙時代のロミジュリ!悲願の婚約?!」の見出しと――『TerraSSテラス』のラウンジで天野さんが私にキスをしている写真だった。




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