23.行方

 午後からだというパーティに、私は朝から父さんにアンドゥを預けて、引越しを終わらせようと動いていた。大きなものはもう部屋に入っていたのでそう苦労はない。持ち出そうか微妙なものは、しばらく元の部屋に置いておいても問題ないと桐人さんに許可を得ていた。

 一応、とツバメが手伝ってくれたので作業はスムーズに終わったし、夜になって連絡が来なくても、盛り上がって遅くなるのだとしか思ってなかった。


 疑問に感じ始めたのは、次の朝になっても、父さんからもアンドゥからも連絡がなかったこと。

 父さんにメールを送っても返事がないし、電話してみれば電源が切られている。

 不安になって、『ネコロン』の設定アプリから『現在地検索』をかけてみたけれど……「反応がありません」と赤い文字が並ぶだけだった。

 一も二もなくツバメに電話をかける。コールは長かったけれど、鳴るだけ安心できた。


『……なん、だよ……』


 寝ぼけた声は寝起きなのだろう。悪いと思いつつ我慢できない。


「アンドゥが、帰ってこないの!」

『……はぁ?』

「昨日、父さんとパーティーに行って、父さんにも連絡がつかないし、現在地検索にも反応が無くて……!」

『ぱーてぃ……』


 まだ寝ぼけた声は、突然がさがさと雑音に遮られた。短いため息が聞こえて、口調がはっきりしてくる。


『待て。一服させろ。どこに行ったって?』

「えっと……建築家の中川さんの新築祝いのパーティだって」


 電子ライターの低くうなる音と、キーボードを叩く音が聞こえてくる。


『親父さんにも連絡つかないのか?』

「うん……単に端末の充電が切れちゃってるだけかもしれないけど、繋がらない」

『もう出勤してるか? 会社に聞いてみろ』

「あ。そうか」


 いったん通話を切って、父さんの所属に電話してみる。いつも直接連絡するから、なんだか緊張した。

 詳しくは教えてもらえなかったけど、今日からヨーロッパ方面へ行く予定が入っているようで、出社はしないと。会社の方からも連絡をもらえるよう伝えてくれるというので、誰もいない部屋で頭を下げた。

 父さんから出張の予定は聞いていなかったけど、昨夜帰ってくるつもりだったのなら、そうおかしくもない。それでも、なんだかスッキリしない気分で、もう一度ツバメに電話をかけた。

 今度は数コールで繋がる。


『いたか?』

「今日からヨーロッパだって……連絡ついたらこっちにもかけてもらえるよう頼んだけど」

『専用機で動かれると、ちょっと追えねえな……『Kazan』は今厳戒態勢だし……端末とパソコンは繋げるか?』

「え? うん……何するの?」

『ちょっと覗かせろ。アプリに昨日の位置情報が残ってるかもしれねぇ』

「え? ……えと、持って行こうか?」


 ネットを介すると面倒だろうと思ったのだが、ツバメは冷たく拒否する。


『くんな。気が散る』

「あ……ごめん、なさい。通話は、してても大丈夫?」

『……あんたが、謝ることでも……繋いであれば、問題ねーよ』


 雰囲気で、頭を掻いているツバメが見えた気がした。

 しばらく黙ってキーボードの鳴る音を聞く。邪魔しちゃいけないと思うと、話しかけるタイミングを失った。


『……中川邸までは行ってるな。二十二時前後にふっつりと切れてる。親父さんは姿の見えなくなった猫をギリギリまで探してたのかもしれねえ』

「父さんが電源を切って持って行った可能性は?」

『あの程度で俺を殴ろうとした親父さんが、お嬢さんを心配させてまで持って行く理由が無ぇし、あれは電源が切れてもしばらく発信機が機能するはずだから、昨夜の今で反応が全くないのは、どちらにしてもおかしい』


 ツバメの言葉に息を呑む。


『ちょっと……パーティーメンバーに怪しいヤツがいるにはいるから、そっちつついてみる。悪ぃ。通話切っていいか』

「あ……うん……」

『昼になっても誰からも連絡なかったら、鳴らしてくれ。集中しちまうと時間感覚なくなる』

「わかった……」


 ツバメはとても頼もしいのだけど、自分が何もできないのがもどかしくて悔しい。

 しばらく家の中を落ち着かなくウロウロして、ちっとも時間が進まないのが嫌になって近所のコンビニに行くことにした。食欲は湧いてこないけど、ツバメにコーヒーでも、と理由をつける。

 信号をひとつ渡った先のコンビニで、おにぎりをいくつかと、コーヒーやお茶をチョイスする。無人のレジで電子決済を済ませると、入り口前に車が一台停まったのが見えた。降りてきた人と、ちょうど入り口ですれ違う。


「あれ?」


 二、三歩進んでから、その人は振り返った。


紫陽しはるさん? 紫陽さんじゃないです?」

「え?」


 戻ってきて、私の顔を覗き込むと、銀縁眼鏡のその人はにっこり笑った。


「あ。荷物、受け取りに来た……」

「横山です。偶然ですね。ちょうど、お宅に伺おうと思ってたんですよ」

「え? うちに?」


 って、本家のことだろうか。ここに引っ越す話は公にはしていなかったし。


「ええ。お父様から頼まれまして……」

「父に?」


 首を傾げる私に、横山さんはリモコンで後部座席のスライドドアを開けた。


「昨夜のパーティで、あなたの『ネコロン』が一時行方不明になりまして。ずいぶん探したんですけど、お父様は仕事があるようだったし、後を引き受けたんですよ」

「横山さんもパーティに行ってらしたんですか?」

「ええ。それで、一応見つけたのでお持ちしたんですけど、確認してくれますか? 私はその間に買い物してきます」


 彼は体を捩るようにして車の中を指差した。

 後部座席には確かに小さめのキャリーバッグが乗っていた。こちらから見ると一番奥。運転席の後ろの座席だったので、ちょっと気後れする。横山さんを振り返ってみたけれど、彼はもう背中を向けていた。

 アンドゥのことは心配だったし、開いたドアに近づいて手を伸ばす。もうちょっとが届かなくて、後部座席に手をついた。ぐいとその手に体重をかけたところで、くすりと忍んだ笑いが聞こえた。同時に、どんと背中を突き飛ばされる。前のめりだった私の身体は、一度シートにはずんで前の座席との間に転げ落ちた。

 振り返って事態を把握する前に、ドアの閉まるピ・ピ・ピという電子音が無情にも聞こえて、私は青ざめながら身体を起こそうともがくのだった。




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