07.帰宅
「対策室の横山です。お荷物受け取りに参りました」
慌てて社員証の写真と名前を確認する。所属の一部と下の名前は隠れちゃってたけど、うん。問題ない。
「……お疲れさまです。えっと……」
荷物はツバメが持っていたので、振り返る。
手早く小箱を取り出したツバメは、標準の三倍くらい顰めた表情で横山さんに近づくと、その箱を突き出した。
横山さんは気にする風でもなく、にこにことそれを受け取っている。
「ありがとうございます。助かりました」
それから私が肩からかけていたアンドゥの入ったキャリーバッグにしばらく視線を落としたかと思うと、ツバメにもう一度笑いかけた。
「久しぶりに酒でも飲みたいな」
「行かねぇ。どうせ、そんな暇なくなる」
「嫌な予言をしてくれるね。ともかく、ありがとう」
彼は「急ぐので」と、軽く頭を下げつつ身をひるがえすと、駆け出して行ってしまった。
外に出るまで見送ってから、ツバメを見上げる。
「あの人も仕事仲間?」
「まあな」
お酒を一緒に飲むくらいには親しいのだろうか。
「すごい綺麗な肌でびっくりしちゃった。手タレって言われても信じそう」
「アレは身内がアンチエイジング美容関係なんだよ。若く見えるだろうが、実年齢は俺より上だ。騙されんな」
「アンチエイジング……」
女子としては、魅力的なワード。
「近づくなよ? 当然、そういう女が周りをうろついてんだ。痛い目みるぞ。それに、お嬢さんにはまだ必要ねーだろ」
「アンチエイジングは、若い頃から気をつけないといけないんだよ? って、言っても、接点なんてないもの。近づくも、何も」
「だといいがな。ほら、車、待ってんだろ?」
そうだったと、足を動かす。
車寄せの黒塗りの車から、カスミ伯母様のところで見たことのある人が降りてきた。荷物を預けてしまって、ふと振り返る。
「ツバメはこれからどうするの? 連絡先、聞いてもいい?」
「……あん?」
ポケットの端末に手を伸ばしかけて、ツバメは運転手さんをちらりと見ると、その手をひらりとひるがえした。
「やだね。すぐ帰りたいとこだが、降りてきたのは久しぶりだから、少し楽しんでいくさ。手に入れなきゃならんものもあるし」
「……そう」
じゃあ、ツバメが星に帰るまでは、連絡はとれないのね。
このままあっさりと別れることを少し残念に思って肩を落とす私に、ツバメは鼻で笑って早く行けというように手を振った。
『私を紫陽さんのパソコンやモバイル端末に繋いで下されば、連絡はとれますよ』
ずっと黙っていた安藤の声に目から鱗が落ちる思いがした。
思わず視線を上げた私に、ツバメはにやりと笑う。
私は不自然じゃないように「ありがとう。さようなら」とツバメに頭を下げて車に乗り込んだ。
ドキドキする。
本当にツバメはそういうつもりだったのだろうか。
家に着くまで、そわそわした気持ちを気取られないように、ずっと窓の外の明かりを目で追っていた。
本家でお手伝いさんたちに迎えられ、ひとまず仏壇に挨拶しに行った。
見上げると、お爺ちゃんの写真の横に寄り添うように、お婆ちゃんの写真が増えている。キリリとした笑顔に、ひしと寂しさが忍び寄る気がした。
「お食事はどうしましょう。お疲れでしょうから、お部屋にお持ちしましょうか? それとも、紫苑様と食べられますか?」
「父さんがいるの? じゃあ、父さんと食べようかな」
「はい」といつもと変わらぬ調子で返事をする彼女を笑って見送って、もう一度お爺ちゃんの写真を眺めてみた。
安藤よりもおじさんで、優しそうに微笑む写真。けれど、安藤と似ているかというと微妙だ。兄弟、よりももう少し遠い。似ている従兄弟、くらいだろうか。長い時間接点のない子供たちが気づかないのも無理はない。
「紫陽」
仏間を覗き込むようにして、父さんが立っていた。こうして見ると、父さんは少し安藤に似ているかもしれない。だから、余計、安藤に親近感が沸いたのだろうか。
「お帰り。大変だったな」
「うん。お婆ちゃんには、いつもびっくりさせられる」
「……安藤君も……」
思わず伏せた目は、たまたまそこに置いてあったキャリーバッグへと落ちた。
「……父さんは知ってた? 安藤が、人間じゃないって」
「なんとなく、な。訊いたことはなかったが……夕食を食べたら、少し、ゆっくりするといい――ところで……その荷物は?」
キャリーバッグを指差されて、私はそれを持って立ち上がった。
「えっと、猫。『ネコロン』だっけ? 商品名。ちょっと、しばらく預かることになって……もしかしたら、もらうことになるかも」
父さんは不思議そうに少し首を傾げて、「ふうん」と曖昧な返事をした。
「星から連れてきたのかい?」
「そう。そこの管理してる人のなんだけど……あんまり仲良くなくて。懐かれたら可愛くなっちゃって……」
「『ネコロン』は癒し系のコミュニケーション玩具じゃなかったかい? それで、仲良くないって……」
「欲しかったわけじゃなくて、突然もらったんだって」
「ああ。じゃあ、あんまり構ってなかったのかな。よくできてて、拗ねるらしいね」
「そうなんだ」
「じゃあ、荷物を置いておいで。食堂で待ってる。その、管理人の話をもう少し詳しく聞かせてほしいから」
「はい」
部屋に向かいながら、ツバメの話をどう伝えたらいいのか、私はひどく悩ましい問題に気づくのだった。
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