星が降る夜に

小紫-こむらさきー

あの人みたいになりたくて

「俺が、お前のこと絶対に幸せにしてみせる」


 先輩が死んでから三年。

 三年も経ったけど、俺はあの人には追いつけない。

 それでも、あの人みたいに在りたくて、そうしたら彼女を幸せに出来る気がした。

 だから、俺は幼馴染みでもある望海のぞみに告白をしていた。


「いいよ」


 頷いてくれた彼女は目を伏せる。

 こんなときあの人ならどうするんだろう。

 桜の香りを乗せた風が、俺たちの間を吹き抜ける。もう暮れかけたオレンジ色をした太陽が彼女の制服を照らしている。

 しばし考えて、それから、彼女の肩へ両手を置く。


 それから、俺たちははじめての口付けを交わした。

 

「ねえ、和馬かずまー。もっとにこーってしてよ。にこーって」


「は?そんななよなよした顔出来るかよ」


「ええ~?和馬はもっとにこーってした方が絶対にいいのにぃ」


 昇降口で待ち合わせて一緒に帰る。

 先輩と望海のぞみがしていたみたいに。

 低い位置で二つに括った髪を揺らしながら彼女は笑うけれど、俺はキリッとした表情を作って望海のぞみの隣を歩く。

 望海のぞみが他の人から見る目がないと言われないように。

 先輩と比べて見劣りすると言われないように。


「じゃあさ、これ付けようよ。ドリル犬だよ。好きだったでしょ?」


「俺はいらないって」


 望海のぞみはそんなことお構いなしに、俺に笑ってとか、お揃いの可愛いぬいぐるみを付けようと言ってくる。

 確かに、ドリル犬は昔から好きだったし、今も好きでこっそりグッズは集めている。

 でも、先輩が好きだったのはかっこいいスポーツ選手だったし、先輩ならこんな軟弱なものは付けないはずだ。

 少し拗ねた望海のぞみが唇を尖らせて無言になる。


「……悪かったって。ほら、アイスでも食べようぜ」


「わーい。じゃあさ、一緒にストロベリーチョコキャラメルスペシャル食べようよ」


 閉口する。先輩は、ストロベリーチョコキャラメルなんてクソ甘いものを食べない。

 でも、望海のぞみの頼み事をこれ以上ことわるのもなんだか可哀想だ。元々俺は甘いものが好きというのを知って、誘ってくれているんだと思う。


「別にいいけど」


 少しずつあの人みたいになればいい。そう思って俺は彼女のお願いを渋々という感じで承諾する。

 ウキウキと俺の腕を取った望海が、スキップをしながら駅の改札に定期券をタッチする。

 ピッと軽快な音を立てて開いた改札を通った望海の後を追って、俺も改札を通過する。


「今日、流星群が見れるんだって!学校でならよく見えるかなー」


「まあ、そうかもな」


 電車に揺られて三駅。俺たちの家がある目台めだい駅はすぐそこだ。

 望海のぞみに腕を引かれたまま駅を出る。

 他校の生徒の視線が突き刺さる中、俺たちは目当ての店へとたどり着いた。

 なんでもないやりとりをして、二人でアイスを平らげて帰路につく。


「じゃあ、また明日」


「今日も、家に来ないの?」


「ん?ああ、今日は母さんから頼まれた用事があるから」


 玄関の前まで彼女を送って自宅へ帰るのが日課だった。

 ここ最近はずっと望海のぞみが「部屋にあがれ」と言ってくるが、なんとなく断ってしまう。

 用事があるなんて嘘だった。

 キスはした。でも、その先に進むのはまだ早い気がして、俺はそれを拒んでいる。

 先輩と望海のぞみがどこまで進んでいたのかはわからない。

 俺だって、彼女とそういう一線を越えてもいいとは思っている。


 先輩なら望海のぞみをリードするはずだ。でも、俺は経験がないからリードできないし、彼女に痛い思いをさせてしまうかもしれない。

 それが怖くて、進むのをためらっている。


 家に帰ってベッドに寝転がる。

 溜息を吐いて、制服のままスマホを取り出してSNSを開いた。


 最近調べるのはそういう話題ばかり。

 どうすればいい。

 やはり適当な相手と致してしまうか?成人をしていればそういう店舗を利用すればいいはずだが、俺は残念ながら未成年なのでその手段は取れない。

 そもそも先輩はそういう軟派なことはしないはずだ。

 思考のデッドロック。

 どうしようもない。


 スマホをしまっても、頭の中は望海のぞみとの一線を越えるべきかどうかしか考えられない。

 ぼーっとしたまま夕食をとり、シャワーを浴びて、また部屋に一人になる。

 課題を終わらせたけど、結局今日も俺の悩みは解決しないまま夜が更けていく。


 ベッドに再び寝転がって、うとうとしているとノックの音で目が覚める。


「のぞちゃん、出て行ったきり戻らないらしいんだけど何かしらない?」


 扉を少しだけ開きながら母さんがそう言った。

 

「は?」


 俺が勢いよく上半身を起こしたのを見て、母さんは部屋の明かりを付けながら話をしてくれた。

 どうやら望海のぞみは買物に行くと夕方に出て行ってからまだ家に帰っていないらしい。

 俺たちは半ば家族公認の仲なので、彼女の両親が俺の親へ「連絡が来ていないか」と電話をしてきたらしい。

 スマホを慌てて確認するが、望海のぞみからの連絡は19時を最後に来ていない。


「探してくる」


 パーカーを羽織り、スウェットのまま家を出る。

 心当たりはどこだ。もう終電はない。遠くまで行ってないといいが……。

 望海のぞみへ電話をするが、呼び出し音だけが虚しく響いている。

 事故に遭っていないでくれ……そう思いながらT字路で立ち止まる。


 先輩ならどうするか考えろ……。

 息を整えながら、がむしゃらになっても仕方ないと自分に言い聞かせて空を見上げた。

  夜空に、星がきらりと尾を引いて流れた。


――今日、流星群が見れるんだって!学校でならよく見えるかな


「あ」


 不意に、彼女が言っていたことを思い出す。

 スマホを開いて調べてみる。流星群のピークは0時から1時間。


「あのバカ」


 家に引き返して、自転車に乗る。

 久しぶりに漕ぐ自転車はガタガタするけれど、走るよりも速い。

 汗を夜風が冷やしていく。

 流れ星が流れて夜空に幾筋もの線を描いて消えていく。


 校門の前に自転車を投げるように置いて、横のフェンスを乗り越える。

 センサーが鳴らないか内心ヒヤヒヤしていたが、大丈夫だった。

 

 予想が外れていたらどうしようと考えて、少し泣きそうになりながら走る。

 望海のぞみ校内ここにいるのなら、二人で先輩から教わった場所を使ったはずだ。

 別棟を目指して走ると、理科準備室の窓が半分開いていた。

 ホッとしながら、俺は窓枠に手を掛けて校内へ侵入する。

 もう一度、彼女のスマホを鳴らすけれど相変わらず呼び出し音が鳴り続けるだけだった。


 階段を駆け上がり、屋上を目指す。

 時計に目を向ける。

 時間は0時10分前。流星群のピークには間に合うはずだ。


 屋上の扉のまえに辿り着くと、南京錠がついている扉はかすがいごとドライバーで外されていた。

 勢いよく扉を開く。


 夜空が目の前に広がっているみたいだった。

 その中心に、彼女はいた。


 白い薄手のパーカーを着ている望海のぞみは、驚いたように身体を竦ませてから振り向いた。

 元々大きな目をまんまるに見開いてた彼女の表情が、俺を見るなり徐々に泣きそうな顔になる。

 顔をくしゃっとさせながら、こちらに駆け寄ってきた望海のぞみは、そのまま俺の首に両手を回しながら抱きついてきた。


「来てくれないかと思った」


「電話に出ろよ」


「だって……そうしたら和馬かずまは怒るだろうし、ママとパパに連れ戻されちゃうでしょ?」


 なんていっていいかわからずに、俺は空を見上げた。

 星が次々に流れてきて、綺麗な線を描いて消えていく。


「願い事したかったから……どうしても流星群を見たくて。なるべくたくさん流れ星を見れるところ、探してたの」


「そんなにたくさん願い事があるのか?」


 たくさん流れ星が見られるところにいたいなんて、望海のぞみらしいなって少しホッとしながら俺は彼女の頭を撫でた。


「一つだけ」


 俺が軽口のつもりで言った言葉に、彼女は真面目な顔をして応えた。

 予想をしていなかった答えに固まっていると、望海は俺から離れて屋上の真ん中へと歩いて向かう。


和馬かずま裕臣ひろおみ先輩を忘れてくれますようにって」


「は?」


 いきなり先輩の名前を出されて驚いてしまう。

 それに「先輩みたいになってくれますように」という願いではなく、忘れてくれますようにってのはなんなんだ。 

 

和馬かずま裕臣ひろおみ先輩に元から憧れていたのは知ってたよ」


 空を見上げたまま望海は言葉を続ける。


裕臣ひろおみ先輩が死んじゃってから……和馬かずまは、あんなに好きだったドリル犬のグッズも捨てちゃって……甘いものもあんまり食べなくなったし、笑わなくなったでしょ?先輩になろうとしてみたいで心配だった」


 心配だったのはこっちの方だ。先輩が死んでから、望海のぞみは泣いてばかりいた。

 だから、望海のぞみに喜んで欲しくて、俺は彼女が一番好きだった人みたいになろうとしていたのに。


「あの人みたいになるために私と付き合ったの?」


「ちがう」


 振り返った彼女の頬には、一筋の涙が流れていた。

 そのまま駆け寄って彼女を抱きしめる。

 目頭が痛い。鼻がツンとする。

 俺まで泣くわけにはいかない。だって先輩はこんなとき泣いたりしないから。


「俺は……望海のぞみを幸せにしたくて」


「今の私は、和馬かずまが好きなんだよ?可愛いものと甘いものが好きで、泣き虫で、でも笑うと可愛い和馬あなたのことが、好き」


 真剣な表情だった。

 目を真っ赤に腫らして、小さな鼻の頭を赤くしながら彼女は俺の服を両手で掴んで途切れ途切れにそう言った。


「だから……無理しないで欲しいの。いくら言っても和馬かずまは聞いてくれないから、流れ星に頼めばって……子供みたいだけど、それしかないって思ったの」


 溜息が出る。

 望海のぞみに呆れたんじゃなくて、自分自身に呆れて出た溜息だ。


「ごめん」


 流れてきた涙を袖で拭って、彼女の目をキチンと見る。


「私は、全然泣かない強い人が好きなんじゃないよ」


 望海のぞみの顔が近くなる。吐息が当たって少しだけどぎまぎして目を逸らすと、彼女は笑いながら俺の頬に両手を添えた。


「泣いたとしても、失敗しても、強がって全然へっちゃらさっていう和馬かずまが、私は好きなんだよ」


 流星群が雨のように降り注ぐ空の下、俺たちは泣きながら唇を重ねた。


「願い事、俺もするよ。一つだけ、どうしても叶えたいことがあるから」


 唇を離して、俺は彼女と額をくっつけながらそう言っていた。

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