第30話 どっかで見た顔


 俯くユリーアを見下すように見たあと、ニヤリと笑った少年。

 175cmほどの身長に、ツンツンと逆立つ金髪。高そうな軽鎧で身を包み、腰には金色に輝く鞘に納められた片手剣を下げている。

 背後には大柄な男一人と見目麗しい女性を四人連れていた。男は無表情のまま立っているだけだったが、女性たちは目を伏せていて何かに耐えているかのような表情をしている。

 フルフルと身体を震わせるユリーアを見て満足したのか、少年はイゼルたちへと視線を向けた。


「だからよ? こんなやつのとこで査定すんのはやめたほうがいいぜ? 何されるかわかったもんじゃねー」


 肩をすくめて、高笑いを上げる少年。

 イゼルはあっさり無視すると、ユリーアの前に袋を置いた。


「ユリーアさん、査定をお願いできますか?」


「てめぇ、話聞いてたのかよ! そいつはなぁ――」


「ごちゃごちゃとうるさいです。貴方がこの受付を利用しないのは勝手ですが、僕たちにまで強要しないでください」


 面倒そうに言い放ったイゼルに、怒りでプルプルと震える少年。


「雑魚が粋がってんじゃねーぞ! 俺たちのおこぼれを狙いに来たハイエナのくせによ!!」


 相手にする気がないイゼルは、横で吠える少年を無視して視線をそらすと、ユリーアに向き直る。

 その姿にカッとなった少年がイゼルの胸倉をつかんで自分のほうに向けた。


「おい、俺様を無視してんじゃねぇぞ! 平民ごときが調子に乗りやがって、そんなに死にてぇなら今すぐ殺してやろうか?!」


「いい加減にしろ」


 胸倉をつかんでいた腕をレーティアが掴むと、力を籠める。

 痛みで手を離した少年は、レーティアをキッと睨みつけた。


「あぁ?! ……へぇ、良い女じゃねぇか。そんなやつといるにはもったいねぇ。あんた、等級は?」


 レーティアを見て驚いた少年は、ジロジロと全身を見ながら下卑た笑みを浮かべる。

 無言で冒険者プレートを取り出したレーティアに少年は一瞬眉を顰めるが、プレートの色を見て目を見開いた。


銀級シルバー?! なんでこんな街に……。いや、それよりもだ。ますます気に入ったぜ、俺のパーティーに加えてやるよ。俺はリコル・ブランケッツ、直に子爵の家を継ぐSランク所持者ホルダーだ。光栄に思えよ?」


 断られるとは微塵も思っていないリコルは、レーティアへと手を伸ばす。


「なんで私が喜んでパーティーに加入すると思ってるんだ?」


 寄ってきた手をパチンと弾くと、気持ち悪いものを見るような視線を向けるレーティア。


「な?! 貴族で、しかも将来が約束されたSランクホルダーの俺さまが誘ってやってるんだぞ?!」


「だからなんなんだ? どちらもまったく興味がない」


 シッシッと手を振るレーティア。

 怒りで顔を真っ赤にしたリコルは、イゼルを睨む。


「こんなゴミみたいなやつのほうが良いってのか?! てめぇ、どうせ銀級シルバーに寄生してるだけの雑魚なんだろ?! プレートを見せてみろよ!」


 ちらりとイゼルがレーティアを見ると、見せてやればいいと笑う。

 ため息をついたあと、面倒そうにプレートを見せるイゼル。


「はぁ、これで良いですか?」


「ア、鉄級アイアンだと……?! 銀級シルバーに寄生して、実力に見合わない等級を手にいれて恥ずかしくねぇのかよ!」


「何を言ってるんだ? これは彼が実力で手にした等級だ。お前みたいな口だけのやつとは違うんだよ」


 リコルの言葉にイラッとしたレーティアが、語気を強めて言い放つ。

 その横でリリスも、冷たい視線をリコルに向けていた。


「チッ、まぁ良い。お前ら、今日からダンジョンに潜り始めたんだろ? どこまで行ったんだ?」


「五階層まで攻略して、六階層を記録してから帰ってきましたよ?」


「はぁ?! ありえねぇだろ! 一日で五階層も……って、ああ。そりゃ銀級シルバーがいれば余裕だよなぁ? 寄生さまさまだなぁ?」


 イゼルの言葉にカッとなったリコルだったが、思い出したようにレーティアを見ると、肩を竦めてあざ笑った。


「何を勘違いしてるのか知らんが、私は一度も手を出していない。階層ボスこそ後ろのやつも運動がてら参加していたが、ほとんどは修行も兼ねてこの二人で攻略させたからな」


「……一階層のボスに至っては、イゼルが一人で討伐した」


 そう言って、イゼルとリリスの肩に手を置くレーティア。

 リリスは自慢げにイゼルを見ながら呟き、後ろで退屈そうにしていたジレグートはフンっと鼻をならした。


「ありえねぇ、ありえねぇ、ありえねぇ! 俺たちですら、一週間かけてようやく七階層にたどり着いたんだぞ!? それをほとんど二人でだと?! だいたい、今の一階層のボスは小魔鬼王ゴブリンキングだった! 本来ならセリエンスダンジョンの迷宮主 ダンジョンマスターだぞ?! 鉄級アイアンが一人で倒せるわけねぇだろ! ホラ吹いてんじゃねぇ!!」


 フー、フーと肩で息をしながらまくしたてるリコル。


「別に信じてもらう必要はないから、なんでもいいですよ。で、もう良いですか?」


 呆れ顔をしたイゼルに、怒りの形相を浮かべたリコルだったが、じっとイゼルの顔を見つめたあとニヤリと笑った。


「てめぇ、どっかで見た顔だと思ったがようやく思い出したぜ。あまりにも存在感が薄すぎて、記憶に残らないから仕方ねぇか。無能すぎて家族に棄てられた、最底辺のシュヴァイゼルトだろ? 名前がちげーから気づかなかったわ」


 本名を呼ばれた瞬間、イゼルが顔を曇らせる。


「史上初、Eランクのさらに下……Eのばつ職業クラスを授かったシュヴァイゼルト様が、恥ずかし気もなく銀級シルバーを雇ってまで冒険者気取りとは、恐れ入りましたわ。最底辺がゴブリンキングをソロ討伐とか言っちゃうお仲間もそうだけど、ずいぶんハッタリが上手だねぇ? いやまぁ、それくらいしねーと恥ずかしくて生きていけねーか!」


 ギルド全体に聞こえるよう大きな声で語ったリコルは、ハッハッハと高笑いを上げる。


「で、言いたいことはそれだけですか? 僕たちは君ほど暇じゃないので、そろそろお引き取り願いたいのですが」


 心底興味がないと言いたげに、ふぅとため息をつくイゼル。

 期待していた反応と違ったリコルは、さらに激昂した。


「無能がナメてんじゃねぇぞ! EランクごときがSランク様にたてついて良いと思ってんのか! だいたいよぉ、てめぇは"元"貴族だ。今は貴族じゃねぇんだ、貴族である俺さまに偉そうな態度とったらどうなるかわかってんのか?!」


 凄むリコルに、大きなため息をつくイゼル。


「君は今、貴族でなく一冒険者でしょう? 君が冒険者を引退しない限り、その威光は使えないと教わりませんでしたか?」


「だからなんだってんだ! 俺さまが貴族であることに代わりねぇのは確かだ! ……あぁ、そうそう。良いことを教えてやろうか?」


 勝ち誇ったように、下卑た笑みを浮かべるリコル。


「それを言ったら帰ってくださいね?」


「余裕じゃねぇか。てめぇも良く知ってるメアクレール嬢はな、俺の妻になるんだ。たっぷり可愛がってやるから、感謝しろよな? "元"弟くん?」


 リコルの言葉の意味をすぐに理解できなかったイゼル。

 何度か頭の中で言われたことを反芻し、ようやく理解すると笑みを零した。


「そうなんですか? 義姉さんをお嫁さんに出来たら祝福しますよ。ま、無理でしょうけど」


「あぁ?! ザギム様からすでに許可も頂いてんだ! 無理なわけねぇだろ!!」


「たとえ天と地がひっくり返っても、義姉さんが君を受け入れることはないと思いますよ。あの人、理想がめちゃくちゃ高いですからね……」


 遠い目で天井を見つめるイゼル。

 ことごとく挑発が不発に終わったリコルは、顔を真っ赤にすると怒りの形相でイゼルを睨んだあと、ドカドカと音を立てながらギルドを出ていった。


「あ、あの……。リコルさんとお知り合いだったんですか?」


 恐る恐る尋ねるユリーアに、イゼルが笑いかける。


「知り合いというほどでもないですよ。それより、査定をお願いできますか?」


「あ、はいっ!」


 それから査定を終えたイゼルたちは、ギルドを後にすると宿へと戻った。

 イゼルとジレグートが泊っている部屋へと集まると、途端に室内に大きな笑い声が響く。


「いやぁ、傑作だったな。まさかあそこまで想定通りの反応をしてくるとは」


「笑いごとじゃないですよ! 興味がないように振る舞うの、すごい大変だったんですからね?!」


 腹を抱えて思い出し笑いをするレーティアに、イゼルが涙目で抗議する。

 というのも、今日起きたリコルとのやり取りは全て、レーティア、リリス、ジレグート、シクルの四人が立てた作戦に沿ったものだった。


 ユリーアをターゲットにしている以上、彼女の窓口を利用していればいずれ絡んでくるはず。シクルの話からプライドが相当高いと予想した四人は、挑発に乗って反応してしまえば向こうが喜ぶだけ。適当にあしらった方が効果的だと結論付け、最も年齢が低いイゼルを中心に挑発してくるだろうと推測。

 イゼルに何を言われても興味がないフリをするよう言いつけ、見事作戦通りに撃退することに成功したのだ。


「これで、あいつはオレっちたちのことを目の敵にしてくるだろうな。上手く嬢ちゃんからオレっちたちにターゲットが移ってくれると良いが……」


「……あの様子を見る限り、問題ないと思う。むしろ、イゼルが危ないかも」


 リコルがイゼルを知っているとは思ってもいなかったので、心配そうに見つめるリリス。


「大丈夫だと思います。義父ちち――ザギムに報告はされるかもしれませんが、僕はもうあの家とは関係ありませんから。おそらくリコルを義姉さんと結婚させようとしているのも、Sランクの職業クラスを授かった者だからだと思いますし。彼が冒険者をしているのも、等級を上げて名声を手に入れるためでしょうから、不用意なことはしないと思いますよ」


 イゼルが微笑みかけると、少し安心した様子を見せるリリス。


「なんにせよ、これ以上ユリーアが謂れのない悪評を広められることがないよう、次の作戦も無事達成しよう。『やつより早く迷宮主ダンジョンマスターを討伐して、鼻っ柱をへし折ろう大作戦!』だ!」


 自信満々に言い放ったレーティア。

 一方の三人は、なんとも言えないネーミングセンスに苦笑いを浮かべていた―――。

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