第29話 空中浮遊〈エアリアル・マジック〉
駆けながら鞘から剣を引き抜いたイゼルは、自身を取り囲むように展開する
剣と剣同士がぶつかり、ギィンと大きな金属音が部屋の中に響いた。
「ギィイイイイイ!!」
ゴブリンコマンダーは力任せにイゼルの剣を上に弾くと、口を大きく開く。鋭い牙が光り、イゼルの首元目掛けて飛びかかった。
イゼルは素早く一歩下がると、目の前に迫るゴブリンコマンダーの胸部へ蹴りを見舞う。そのすぐ後ろから迫っていたもう一体にぶつかって止まったゴブリンコマンダーを、二体まとめて串刺しにした。
すぐに剣を引き抜くと、一歩後退。イゼルの目の前を、剣が通り過ぎる。身体を反転させながら剣を振り抜き、首を斬り落とすと崩れ落ちる身体を足場に飛び上がった。
瞬く間に三体倒されて怯えの色を見せたゴブリンコマンダーたち。
「フッ!」
イゼルは大きく息を吐きだしながら、腰からナイフを引き抜き投擲。
隣り合わせにいた二匹の、右側の個体の首元にナイフが突き刺さり苦しそうな声を上げて倒れこむ。
目の前であっさりと仲間が殺される瞬間を見た最後のゴブリンコマンダーは、すぐさま
だが、ゴブリンキングはつまらなそうにため息をつくと、逃げてきたゴブリンコマンダーの頭目掛けて右腕を振るう。避ける間もなく当たった頭は、パァンと音を立てて弾け飛んだ。
「どうして仲間を……!」
「ギィ……? ギャッギャッギャ!!」
イゼルがキッと睨むと、愉快そうに笑うゴブリンキング。
倒さなければならない相手だったとは言え、平然と仲間に手をかけたことに不快感を示すイゼル。
ゴブリンキングはイゼルの反応を見てさらに醜く顔をゆがめると、笑いながら手を叩いた。
フーと深く息を吐きだし、気持ちを落ち着けると剣先をゴブリンキングに向けて構えるイゼル。ゴブリンキングも立ち上がると、玉座に立てかけてあった巨大なこん棒を肩に担ぐ。
座っているときはわからなかったが、ゴブリンキングはもはやゴブリンと呼ぶには大きすぎた。
2mはある体躯に、筋肉の発達した強靭な身体。身長が170cmないくらいのイゼルを見下ろすと、ゴブリンキングはニヤリと笑う。
「いきます」
「ギィィアアアアア!!」
両者がほぼ同時に相手に向かって駆け出し、リーチの長いゴブリンキングが先にこん棒を振り下ろす。
イゼルは身体を半身にしてスレスレでかわすと、腹部目掛けて一閃。ゴブリンキングは慌てて身体をひねってかわそうとするが、よけきれずに腹側部を深く斬り裂いた。
「ギャアアアアアアアアアアアアッ!!」
大きな叫び声をあげながら、無理やりこん棒を振るってイゼルを引きはがすゴブリンキング。
大きく後ろへ飛びずさったイゼルは、飛びながら手に持っていた剣をゴブリンキング目掛けてぶん投げる。
ブンブンと周りながら首目掛けて飛んでくる剣を、身体を横に大きくそらして避けたゴブリンキングは、武器を一つ失ったイゼルをニヤリと笑う。
「『
イゼルは
ゴブリンキングは一瞬警戒するも、自分の身に何も起こっていないことを瞬時に確認すると、一直線に自分に向かって駆けてくるイゼル目掛けてこん棒を振り下ろそうと、頭上へと大きく振りかぶる。
勝利を確信しきって醜悪な笑みを浮かべたゴブリンキング。だが、ドンッと背中から押されたような衝撃を受ける。
「ギ……?」
ゴブリンキングはゆっくりと視線を落とすと、視界に映るのは自身の胸から生える、銀色の剣。
状況が理解できないままぼやけていく視界の中、床を蹴り上げ飛び上がったイゼルと目があう。ゆっくりと迫る黒い剣。ゴブリンキングは防御することすらできないまま、首をはね落とされて粒子となって消えていった。
「ふぅ……」
魔剣を鞘に納め、床に転がった剣を拾い上げると息を吐きだすイゼル。
「すごいじゃないか、イゼルっ!!」
「……圧倒的だった」
「おいおい、さっきのはなんだ?! 剣が勝手に動いてるように見えたぞ?!」
駆け寄ってきたレーティアたちが、それぞれ言葉を贈る。
「ありがとうございます! 僕は……ちゃんと強くなれてますか?」
握りしめた剣を見ながら、問いかけるイゼル。
「ああ、びっくりするほど強くなっていた。あいつが言っていた言葉は、本当だったな」
イゼルが影でこっそりと修練を積んでいることも知っているレーティアは、優しい声音でイゼルを褒めた。
「……うん。今ならレーティアと良い勝負ができるかも?」
「な?! ま、まだまだ負けてやる気はないぞっ!!」
リリスの言葉にムッとしたレーティアが、リリスを捕まえてギャーギャーと騒ぐ。
その姿を見て、フフッと笑うイゼル。
「おい、オレっちを無視すんじゃねぇ! イゼル、さっきのをちゃんと説明しろ!」
イゼルの肩をつかんで、前に後ろに揺らしながら問い詰めるジレグート。
「え、えっと……。僕のスキルの1つです。対象を遠隔操作できるんですが、いくつか条件があって……」
「とりあえず、一度奥へ進むぞ。ここに長居するわけにもいかん」
レーティアの言葉に不満げながらも引き下がったジレグートは、イゼルを離すとダッシュで魔核を回収。背中をグイグイと押して、先へと進んだ。
部屋の奥にあった扉をくぐり、通路を抜けると地下へと続く階段が現れ、降りながら口を開くジレグート。
「で? 続きを聞かせてくれ、気になってしょうがねぇ」
「あ、はい! 『
「ほー……。便利な分、制限も多いのか。って言っても、恐ろしいほど破格な能力だな……」
あきれ顔を向けるジレグートに、イゼルは苦笑いしかできなかった。
二階層へと降りたイゼルたちは順調に攻略を進め、一時間ほどで階層ボスの部屋へ到着。二階層のボスは
三階層も難なく突破し、ボスだった
四階層に降りると、今までと違い
コボルトは体躯など
手には1mほどの槍を持ち、付かず離れずの距離で槍を構えていた。
見た目がゴブリンと似ているせいで侮る初心者冒険者も多く、返り討ちに合う者も少なくない。
「ふむ。やはり、今までよりも強い魔物が出現するようになっているのか……?」
「かもしれねぇな。確かここの四階層は、
イゼルとリリスがコボルトたちを相手取る中、レーティアが疑問を口にすると、ジレグートが答える。
エリートゴブリンはゴブリンの変異種であり、通常のゴブリンに比べて知能が高く、狡猾なゴブリンだった。待ち伏せや毒など悪知恵を働かせる厄介な魔物だが、戦闘力という点に置いてはコボルトのほうが高い。
だが、イゼルが前衛を、リリスが後衛を務める二人に隙は無く、コボルト三体の群れもわずか数分で討伐してみせた。
「四階層も問題なさそうだな。今日は五階層――上層区を攻略しきって、帰還することにしよう」
それから四人はダンジョンの攻略を進め、四階層の階層ボスは│
五階層に降りるとエリートゴブリンとコボルトが徘徊していたが、こちらもイゼルとリリスの敵ではなかった。
階層ボスは
一度でも足を踏み入れた階層へは入り口にある
一か所だけポツンと空いている窓口へ行くと、ユリーアが笑顔で迎えてくれる。
「おかえりなさいっ! 初めてのダンジョンはいかがでしたか?」
「ただいまです、ユリーアさん。思ってたよりも進めたので、上々だったと思います!」
イゼルが笑顔で答えると、嬉しそうに顔を綻ばせるユリーア。
だが、何かに気づいたユリーアは表情を曇らせて俯いてしまう。
「おやぁ? お前たち、新参者か? その受付嬢は仕事もろくにできないくせに、俺たち冒険者を馬鹿にする無能だぜ? だから、こいつのとこは誰も並んでないだろ??」
背後からあざ笑うような声で話かけてきたのは、逆立った金色の髪が特徴的な、目つきの悪い少年だった―――。
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