第3話 森と魔物
シュヴァイゼルトが思いついた、今後の選択肢は3つ。
1つ――思い至った考えが杞憂であると信じて、この場に留まる。
2つ――何日かかるかわからないが、徒歩で先を目指す。
3つ――眼前に広がる森に入り、魔物を避けつつ水場と食料になりそうな木の実などを探す。
1つ目は最も安全ではあるが、取り返しがつかなくなる可能性も高い。
2つ目は食料が残っているときに取るべきだった選択であり、今となってはリスクしかないと言っても過言ではない。
そうなると、最もリスクは高いが生き延びられる確立も高い選択肢――3つ目を選択するのが最善だと、シュヴァイゼルトは判断。
この場に置き去りにされて、早5日。もう2日は何も食べていない。洞穴内が湿っていたお陰で脱水症状は起こしていないが、それも時間の問題。食料は勿論だが、最優先は水だった。
そうと決まればあとは早かった。毛布を
森の内部は大木や若木など、大小様々な木々が点々とそびえたっていた。頭上を見上げれば葉の隙間から日差しが降り注ぎ、日中はそれほど暗くない。
足元には背の高いものから低いものまで豊富な種類の草花が生い茂り、生命に満ちていた。
「良かった、ひとまず食べられそうなものがいくつかあるみたいだ……」
バイト先で教わった食べられる薬草や木の実が早々に見つかり、ひとまず食料問題は解決した。
普通に食べることは出来ないが、それぞれ特定の処理を行うことで食べられるようになる。ここでもアルバイトが役に立ったと、内心喜んだ。残るは水とある程度安全を確保できる寝床だ。
魔物に見つからないように移動すること半日以上。ようやく森の中を流れる川を発見することが出来たシュヴァイゼルトは、ここを拠点にすることを決意。
「あとは冒険者の人が探索に来てくれることを祈るだけ……。大丈夫、きっと大丈夫! 今は僕に出来ることを頑張るんだ!」
川の近くに生えていた大木、そこにできた樹洞を寝床兼拠点とし、剥がれ落ちた木の皮と枝などを利用して蓋を製作。注視して確認しない限り、蓋をすれば傍目からは樹洞があると気付けないだろう。
「よし、これでしばらくはなんとか……。って、あはは。1人ぼっちだと独り言が増えるって本当なんだなぁ」
自嘲気味に笑うと、気を取り直して今日の夜食の準備を始める。すでに日は落ちて、辺りは真っ暗闇。今日のこれ以上の散策は危険だと判断したのだ。
「
樹洞に入り蓋をすると、ランプを一番弱めの設定にしてから火を灯して明りを確保。早速食材の下ごしらえを始める。
薬草は日中でないと処理できないので明日行うことにして、木の実の殻を1つずつ割っていく。拾ってきたのはマビシの実と呼ばれる木の実で、中の実は程よい歯ごたえがあり食べやすいのだが、そのまま食すと体が麻痺してしまう。しかし、実の中心にある小さな粒を取り除くことで安全に食べられるようになるのだ。
シュヴァイゼルトは木の実を15粒ほど食べると、満腹感は得られないが空腹感はまぎれたようで、目をこすり始めた。慣れない場所を一日彷徨っていたのだ、疲れが出たのだろう。毛布に包まると、壁にもたれ眠りにつく。
翌朝。小鳥のさえずりと共に目覚めたシュヴァイゼルトは、蓋を少しだけずらして外の音に聞き耳を立てる。足音や鳴き声が聞こえないことを確認すると、そっと外に出た。
「んー。熟睡はできなかったけど、久しぶりに結構寝れたかな。あなたのお陰ですね。ありがとうございます」
凝り固まった身体を伸ばすと、大木に語りかけるように微笑む。
川の冷たい水で顔を洗い、葉の隙間から差し込んだ日光の下に、洗った石を置いて昨日摘んだ薬草――ヒクド草を並べていく。日中でないと処理できない理由、それは日光が必要だったから。そのまま食べると毒素を含むヒクド草だが、摘んだあと日光に3時間以上天日干しすることで、毒素は栄養素に変わる。
「これで良しっと……。次は食料探しかな。なんとかマビシの実以外の食べ物……果実なんかもほしいところなんだけど」
細心の注意を払いつつ周囲を散策、日々の食料を集め命をつなぎ続ける日々。
そんな生活を続けて10日が経った頃。シュヴァイゼルトがようやく森の生活に少し慣れてきたかな、なんて思い始めた頃に事件は起きる。
「ゲギャッ!」
「ゲギギャギャッ!」
「ゴ、
身長は120cmほど。緑色の表皮に尖った耳、筋肉質な体。手には太い木――棍棒を持っている。
散策中に見つけた果実が実る木、そこへいつものように果実を取りに行った際に遭遇してしまったのだ。数は三匹と少ないが、立派な魔物。武器をもたないシュヴァイゼルト1人でどうにかできる相手ではなかった。
一目散に逃げ出すが、獲物に気付いた
体格差のお陰か、全力で走ったときの速度はシュヴァイゼルトのほうが早く、なんとか距離を取れたところで木の陰に隠れることに成功。
しかし
「何ができる、どうしたら逃げ切れる……。何か出来ることは――
シュヴァイゼルトの
何度か試してみても結局スキルが発動することはなく、今の今まで存在を忘れるほど気にも留めていなかったのだが、この場においてほかに頼れるものもなかった。
「ステータス!」
ステータスに、現在シュヴァイゼルトが獲得している
―
指定した姿へと変わる。
―
対象を入れ替える。
改めて見ても意味がわからないと頭を抱えたくなる気持ちを抑え、
スキルが発現してすぐ、樹洞の中で様々なものを思い浮かべて指定してみたが、結局一度も発動しなかった
だが、ここで
そう思い、一分の望みをかけて姿を遠目に見える
シュヴァイゼルトが魔力を消費した感覚を覚えるのと同時に、スススと身体が縮み始め身体中を何かに包まれるような奇妙な感覚に襲われる。恐る恐る視線を身体に移してみれば、そこには緑色の皮膚――まるで
「これは……。全身を確認できないから不安は拭えないけど、きっと……!」
ここに留まっていても事は進まない。
自分の
ドッドッドッと周囲にも聞こえるんじゃないかと思うほどに鼓動が大きくなり、緊張で視界が歪むがグッと堪えて耐える。
「ギギッ?」
覗きこむように
見よう見まねで
特に怪しまれることなくその場を離れることに成功し、拠点、もしくは川を目指して森の中を移動していく。川さえ見つかれば再び拠点に戻ることも、新たな拠点を作ることもできる。幸いなことに、荷物は全て
しかし運命とは残酷なもので、シュヴァイゼルトにとって更に予期せぬ
100メートルほど離れていた上に進行方向も逆だったため、本来ならば遭遇することは無かった。だが運悪く
「プギィィィイイイイ!!!」
「こんなところでやられてたまるかっ……!!」
シュヴァイゼルトの決死の逃走劇が始まった。
日中にも関わらず、葉に遮られた日の光は僅かにしか届かないため、じめじめとしていて薄暗い。
そんな深い森の中を必死に走る小さな影と、少し後方をつかず離れず追いかける大きな影。
小さな影は上手く木々を利用してまこうとするも、大きな影は本能で居場所がわかるのか、一時的に姿を見失っても迷うことなくすぐに小さな影を発見してみせ、再び追いかける。それを何度も繰り返すうちに、小さな影の体力が先に尽きてしまう。
ハァハァと荒い息遣いと共に、じりじりと獲物に迫る魔物――
足がもつれて転び、尻餅をついたままなんとか背後へと後ずさるが、すぐに背中が木に当たり下がれなくなる獲物――シュヴァイゼルト。
「ブヒィイイイイイイ!!!」
ついに追い詰めたぞ、そう言わんばかりにさらに鼻息を荒くする
「ど、どうしてこんなことに……!!」
必死に逃げたが追いつめられてしまったシュヴァイゼルトは、
殺されることを覚悟していただけに意外ではあったが、殺されたほうがマシだったと思うのは直ぐ後の事だった。
「ブヒッブヒヒッ!!」
必死に抵抗を試みるが、体躯が倍近くある
「え?! なんで足を…?! ってまさか……」
オークは興奮しすぎて、目の前のゴブリンが言葉を発していることにすら気づいていない様子。
血走った目、荒い鼻息、足の間に当たるナニか。点と点が繋がり、あることに思い至るシュヴァイゼルト。
特に気にも留めていなかったので気がつかなかったが、改めて身体――下半身に意識を集中することで気付いてしまう。本来あるはずのものがついていない事に。
合点がいったのは良いが、信じたくなかった事実に動揺を隠せない。食べられるのも嫌だが、慰み者にされるのも嫌なのだ。ましてや
なんとか拒もうと無我夢中で抵抗していると、オークの荒い鼻息が聞こえないことに気づく。
恐る恐る見上げて顔を見れば、目を見開いたまま絶命していた。
訳が分からず唖然としていると、オークが突然ぐらりと傾き、そのまま横倒しにドーンと大きな音を立てて地面に崩れ落ちる。
その背後に立っていたのは、見目麗しい女性だった。
この出会いが、シュヴァイゼルトの運命を大きく転換させていく―――。
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