追放ノ道化師〈クラウン〉~神から授かった職業が最弱認定されて追放された少年は、冒険者として成長していく中で本来の職業である道化師へと覚醒する~

黒雫

1章 冒険者生活の始まり

プロローグ

 優しく肌を撫でる爽やかな風に、ひらひらと舞う桃色の花びら。穏やかな日差しが心地良い、雲ひとつない晴れやかな日の正午。

 インテリス国に属する都市の一つ、セレイルに住む少年・少女たちは、都市の東に建てられた大きな神殿の広間に集まっていた。


 女神アルプレナを唯一神として崇めた国教――アルプレナ教。

 女神を称えるために建てられた神殿は、細部にまでこだわって造られた白を基調とする豪華な石造りの建物。神殿の入り口に設置された噴水の中央には、女神をイメージして造られた美しい彫像が立っている。

 噴水の周りには純白の花弁が美しい、神に捧ぐ花――アルバが咲き誇っていた。

 きらびやかな装飾が施された広間には、アルバの爽やかな香りが立ち込め、集まる少年・少女たちの緊張を優しく解きほぐす。


 毎年四ノ月の四ノ日は、その日までに15歳を迎えている者が成人と認められる日。同時に、神より『職業クラス』を授けてもらえる日でもある。

 未来を左右しかねない重要な儀式であり、両親も揃って参列する一大イベント。

 

 『職業クラス』は戦闘系から生産系まで幅広い種類があり、E~SSSまでのランクに分かれている。

 神が授ける『職業クラス』がもたらす恩恵は凄まじいもので、その分野において絶対的な差を生み出してしまうほど。

 料理という分野であれば、『料理人コック』の『職業クラス』を持つ者には、どう足掻いても『料理人コック』を持たない者は敵わないのだ。

 近づくことは可能だが、本人の努力だけでは超えられない壁が存在する。


 両親も不安と期待に胸を膨らませる中、一人ずつ壇上に上がり、台座に置かれた水晶玉に手をかざしていく。

 この水晶玉は本人の資質に応じた強さの輝きを放つと、授かった『職業クラス』の詳細とランクが浮かび上がってくるという魔導具。


 子供たちが次々に水晶玉に手をかざしていき、周囲から様々な反応があがる中、水晶玉が今日一番の輝きを放った瞬間歓声が沸き起こる。

 セレイルにおける二大貴族の一翼を担う、ウィンディード子爵家の長男であるアミルト・ウィンディードが『剣王ソードキング(Sランク)』を授かったのだ。

 大いに喜ぶウィンディード家とは対照的に、余裕そうだった表情が僅かに歪み、周囲に悟られぬよう努めながらも焦りを募らせる人影。

 同じく二大貴族の一翼を担う、シャンバール子爵家の家長ーーザギム・シャンバール。

 ライバルとも呼ぶべきウィンディード家が素晴らしい『職業クラス』を授かったため、自分の家がそれ以下では名声に傷がつくと危惧しだしたのだ。


 順番は巡り、いよいよシャンバール子爵家の長男であるシュヴァイゼルト・シャンバールの番がやってくる。

 ザギムが固唾を呑んで見守る中、緊張の面持ちで水晶玉に手をかざしたシュバイゼルトは、赤く輝いた水晶に驚いて後ずさった。


 本来無色に光を放つ水晶が輝いたことで辺りは騒然となり、慌てふためくシュヴァイゼルトのことなど目もくれず、真っ先に水晶玉の元へ駆けつけた神官は入念に確かめる。

 異常は特に見当たらず、神官はほっと胸を撫で下ろす。だが、そこに示されたランクに気付くと目を見開き驚きを顕にした。


 -『奇術師マジシャン(Ex)』


 現在、確認されているランクはE~SSSまでだが、希に本人の資質に応じてランクの後に『+』や『-』といった、上下補正が入ることは確認されていた。だが、x(バツ)というのは確認されたことがない。

 『奇術師マジシャン』という、見たことも聞いたことも無い『職業クラス』だったこともあり、その内容を想像することすらできなかった。


 騒ぎを聞きつけてやってきた神官長は、状況を報告されるとシュヴァイゼルトへと声をかける。


「状況は概ね理解しました。正直、貴方の『職業クラス』をどう判断すべきか私は迷っています。そこで、貴方の『技能スキル』を見せて頂けないでしょうか?」


「は、はい……」


 恐る恐る自分のステータスを確認したシュヴァイゼルトは、表示された内容に傾げた。


「あの……。『職業クラス』の名前以外、何も表示されていないのですが……」


「『技能スキル』が1つもないと?」


「は、はい……」


「そうですか……。わかりました。神はいつでも貴方を見守っています。どうか挫けず、強く生きて行くんですよ」

 

 神官長は優しくそう告げると、後ろに立っていた神官たちと二言、三言話をしたあとに部屋から立ち去った。

 ざわつく一同へ『静粛に』と声をかけて注目を集めた神官は、今回の未確認事項の説明を始める。

 1つ、Exのxは〇(マル)とX(バツ)のX(バツ)であると考えられること。

 2つ、誰もが1つは有する技能スキルが1つも発現していないこと。

 以上のことから、シュヴァイゼルトの『奇術師マジシャン』という職業クラスは、史上初であるEランクの中でも最底辺、Eのx(バツ)というランクだと認定したことを宣言。


 神官がそう告げると、静まり返っていた広間は途端に観衆の笑い声に包まれ、Eランクの職業クラスを授かり肩を落としていた者ですら、嘲笑しだしたのだ。


 その後は、異変も起きず無事に儀式は終了。閉会式が終わるとザギムは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、早々に神殿を立ち去った。

 その背を見送ることしかできないシュヴァイゼルトは家に帰るのが憂鬱だったが、その杞憂とは裏腹に帰りついた後も何か言われることはなく、普段通りの一日を過ごしてベッドで眠りについた。

 翌日、事態は思わぬ方向に急転直下し、この儀式を境にシュヴァイゼルトの運命の歯車は、大きく回り出すとも知らずに―――。

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