A BEAUTIFUL DAY
起きて歯磨きをしながら、東側の窓をふと見ると、オレンジ色よりも赤い、紫に近いような赤い空が見えた。ガラス細工のような、どことなくたよりない冬至間近の太陽の光が私の部屋の床を薄明るく照らしていた。
「美しい日。」
私は心の中でつぶやいた。晴れて温かなこの小春日和に、布団のシーツをすべて洗った。私のインフルエンザウィルスをすべて洗い流すために。
インフルエンザ発症後5日目ともなると、熱が下がってしばらくたち、ついぞ家事やらができるように体が動いてくる。しかし、自分の体の中のウィルスたちには、新たな宿主を探すために体から抜け出す最後の力がまだ残っているとのことなので、会社に出勤してはならないのである。
本当はまだ体を休めていたほうがよいのかもしれない。まだ体の中に残っているしぶといウィルスと共存している自分がせっせと体を動かしている様子を、私はまるで地獄から這い上がってきた悪魔のようで、退廃的な存在のように感じた。
そんな勢いで、少し悪魔崇拝の香りがするロックバンドの曲を聴きながら、せっせと家事を終わらせた。熱があったころの自分とは比べ物にならないほど復活した自分を嬉しく思った。食欲がわき、おいしい昼食を求めて出かけた。
自分の体をいたわるように、息が上がらないペースで歩く。道沿いに所狭しと並ぶ住宅の白い壁が光を受けて、とてもまぶしい。太陽はすっかり天に上っていた。私は目をくらませながらよろよろと歩いた。さっきまで勢いづいていた、自分の中の悪魔が小さくなって、弱くなっていくようだった。住宅地の陰から、白くて小さなアパートを見上げた。
まるで、地中海地方の夏を絵にしたような景色だった。アパートの住人たちがセンス良く植えたベランダの緑や花々が、明るい光を浴びて気持ちよさそうにしていた。それぞれの窓が、光のコントラストで真っ黒に見える。光の陰影がなんともいえない趣を醸し出している。アパートの上にはなんの濁りのない青空があって、風も無くて、おだやかである。
何気ないものが、美しく映る日である。しかし、「美しい」という言葉が、何も表現できていないような気がした。「美しい」という言葉が、美しさを大きくくくりすぎているのである。美しさをもっと細かく分類できる単語が欲しいと思った。
「 A Beautiful Day - 」
思春期の頃よく聴いたU2の曲が流れた。Beautifulという英単語のほうが、この景色を正確に表していると思った。「美しい日」では、何も趣が感じられない。この趣を表現できない日本語、いや、自分のボキャブラリーが貧弱だと思った。空気を読むことを強いられ、共感力を持ってを他人の感覚と自分の感覚を画一化させ、個人的な感覚を無碍にしてきた代償であると思った。私は残念な気持ちになって、また住宅地の合間に照らす太陽の元、下を向いた。
そういえば、彼は元気だろうか。会社を4日も休んだ私のことを少しは気にかけてくれているだろうか。温かな太陽のぬくもりを体で感じながら、彼のことを思い出すと、まるで彼が抱きしめて温めてくれているような安心感があった。彼に会うことが待ち遠しくなった。私のことを抱きしめて、おかえりと言って欲しい。
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