第3話
次の日も、彼女は「一緒に帰ろう」と言ってきた。私はそれを当然のことのように受け入れようと努めた。そうすれば彼女のことを少しは理解できるだろうと思ったからだ。
私が帰りの支度をしている間、こだまは席の斜め後ろで待っていた。
紺地に白のラインが入ったセーラー服に身を包み、リュックサックのショルダーベルトを両手で押さえている。小柄で華奢な彼女だが、その存在を確かに感じさせるオーラがあった。
「こだまさんは、部活には入っていないの?」
昨日聞かれたことと同じことを聞いてみた。
私から会話を始めるとは思わなかったのか、彼女は少し驚いた顔でこちらを一瞥してから答えた。
「え、うん。文芸部だよ。でも週一回の金曜日しか部活がないんだ」
週一回。多分かなり少ないほうだろう。
「そうなのね」
自分から聞いておいて、出てくるのはいつものそっけない返事だ。
でもちょっとだけ、変化を加えたくなった。
「文芸部って言うと……本を書いたり……するのかしら」
慣れてないことをしようとしているためか、妙に頭に血がのぼってきている。私はその時ふと『会話は連想ゲームだ!』というフレーズを思い出した。それは確か、この前新書を買いに行った本屋でふと見かけた本の帯に書いてあったのだ。
連想ゲームだと思えばうまくいくかもしれない。
「うん、そう。と言っても文化祭の時にちょっと出すだけだけどね。あとは、本を読んで感想を言い合ったりかな」
「こだまさんは、本が好きなのね」
「まあ小説とか好き、なのかな。みゆきちゃんはどう?」
「小説はあまり読まないわね」
「え、いつも本読んでるよね?授業の前とか」
「あれは新書。フィクションとかはあまり読まないの」
「そうなんだ…。やっぱりみゆきちゃんは難しい本ばかり読むんだねえ」
ため息交じりにいう彼女の様子がおかしくて、思わず頬が緩んでしまった。
「そんなことないわよ。やっぱり科学系の本が多くなるけれど、経済学とか、社会学系の本も読まないことはないし……」
「そういうのを難しい本って言うんじゃないかな……」
などと話してるうちに昇降口についてしまった。なんだかとってもあっけない感じがする。
「じゃあさ、今度小説貸そうか?結構面白いやつなんだけど」
昇降口を出たところで、こだまが遠慮がちに言った。
勢いで思わず頷きそうになるのを、すんでのところで堪えた。私には優先順位があった。
ただでさえ本を読む時間は限られているのだ。
「ごめんなさい。その、ちょっと時間の都合で厳しいわ」
「そうかあ、そうだよねえ」
見るからに萎れた様子だった。成り行きとはいえ彼女の期待を裏切ってしまった気がして、さすがに罪悪感がある。
「では今度、時間に余裕があるときに、お借りしてもいい?」
そういうと彼女のしょんぼりとした背中に元気が戻った。
「う、うん。やった。じゃあね!」
彼女は嬉々として手を振り、西門へ歩いていった。そんなに喜んでくれるとは思わなかったが、一応フォローを入れておいてよかった。もっとも、会話に慣れていない私にとっては「フォローを入れる」余裕なんてなくて、ほとんど気力で絞り出したものだったのだが。
手を振り返し、彼女の後ろ姿を眺めると、一気に疲れが出た。正門へと歩を進めるうちに渡り鳥の群れが楽しそうに空を飛んでいるのが見えた。疲れはしたが嫌な感じではなく、むしろ清々しい。充足感と、五月の爽やかな風が、新しい世界の広がりを感じさせた。
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