第百二十九話 いつも通り最大の危機



「さあ、説明してもらおうかぁ。アァラァン」

「せ、説明と言われてもなぁ……」



 準備は着々と進み、決闘の予定日まであと一週間。

 決戦も間近というタイミングで、いつも通りに最大の危機が訪れた。


 このネゴシエーション交渉に失敗すれば今までの準備どころか。これまでの六年間・・・が全て吹き飛ぶ特大の爆弾だ。



「どうして決闘イベントがこんなことになってるのかな。神様、とっても不思議なんだけど」



 くたびれたスーツを着用して、物凄く疲れた顔をしているサラリーマン風の男。

 物語の神であるクロスが久々にやって来て、俺の対面で紅茶をすすっていた。


 彼が訪問した用件は言わずもがな、リーゼロッテVSメリルの決闘についてだ。



「不思議と言っても。……原作通りだろ?」

「どこが原作通りなんだよ。原作の決闘と、共通点を探す方が難しいわ」



 いつの間に引っ張り出したのか。彼は俺が作成した決闘の計画書を片手に、おかしいポイントを一つ一つ指摘し始めた。



「どうして決闘が王族主導なわけ?」

「成り行きで」

「なんでレオリア――国王が開催の宣言とかするわけ?」

「成り行きで」



 そんなもの、もう成り行きとしか言えない。


 決闘を興行にしたいと言ったのはリーゼロッテだが、その後は陛下が強引にねじ込んできたのだ。

 拒否権などあるわけがないので、そこはもう避けられない事故だった。



「……なんだって、観客が五千人もいるわけ?」

「必要だったから」

「…………グッズ販売店とか、出店でみせとか、要る?」

「必要だよ」



 興行というからには、その二点も外せない。


 会場を押さえる上で、商会にも何らかのメリット――売上や宣伝――が必要だったので、そこも成り行きと言える。


 肩を落としてわなわなと震え始めたクロスは、カップを持つ手も震わせているのだが。一口紅茶を飲んだあと、そもそもの話をする。



「普通には、できなかったのか?」

「普通のお嬢様じゃないもんで」

「そもそもの話だよなぁ……」



 ついでに言うと、俺も普通の執事ではない。


 というか大分前の話で、それこそ学園に入学する前のことだが。クロスの上司である裁判長には許可を取ってある。

 ヒロイン妨害のため、どんな手・・・・を使っても構わない。という玉虫色の回答をだ。


 それがあるから大人しくしていたクロスでも、看過できない事情があるのか。

 などと思っていれば。彼は疑わし気な目つきで、俺と目を合わせてきた。



「……で?」

「……で? とは?」

「今回はどんな言い訳が出てくるのかな、と」



 まあその点はバッチリだ。こんなこともあろうかと理論武装は完璧にしてある。

 今出てきた点をおさらいしながら、俺は自己弁護を始めた。



「原作で、決闘の細かい設定なんてないだろ?」

「ああ、そうね」

「周りにギャラリーがいる中で戦うだろ?」

「それもそうね」



 背景からすると練兵場のような場所ではあったが。周りの学生や攻略対象が見ている中での戦いだったはずだ。


 悪役令嬢が決闘を仕掛けて、ヒロインが受けて立ち。互いの要求を言ってバトル開始という流れであり、細かい描写は出てこない。



「だからまず、ギャラリーのは自由だ」

「……そうきたか」



 事実は「決闘を見ている野次馬がいた」ということのみ。数が五人だろうと五千人だろうと、数に言及していないのだから原作通りだ。


 悔しかったら「五人の・・・見物人が見ている中で、決闘が開始された」くらいの地の文をつけてみろという話である。



「決闘の背景が設定されてないんだからさ。第一王子ルートでは状況を見かねた陛下が、決闘を取り仕切ったかもしれないだろ?」

「……その理論、まだ使うのか」



 原作で明確に否定されなければ、何をやっても原作通り理論である。


 現実的に考えれば、公爵家の姫君と子爵家の令嬢が戦うには身分差があり過ぎる。陛下でなくてもいいが、それなりの権力を持った立会人が必要になるだろう。

 規模や構造が多少おかしいと言っても、十分にグレーゾーンの範囲内なはずだ。



「あとはそうだな……。二人が決闘している場所の近くに、たまたま屋台が出ていただけだ。そう、偶然に」

「随分と都合のいい偶然だな」

「物語ってのは都合のいい偶然の連続だろうよ」



 何も起きずに、三年間真面目に学校へ通いました。では何のドラマも生まれない。

 適度な波乱と適度なご都合があって、初めて物語が成立するのだ。


 俺はそこにアレンジを加えてプロデュースをしただけなのだから、少し話を盛った・・・程度のことでしかない。



「……そんなんで、上を説得できると思うのかよ」

「やってもらうしかないよな。もう二年目の後半に入るし、今さら世界のリセットもないだろ」

「…………ああ、どうして俺は初手ですぐにリセットしなかったんだ」



 クロスはクリスに憑りついた、例の邪神の逮捕をメインに動いていたそうなので。

 いずれにせよ彼には、リセットという手段は取れなかったと思うのだが。


 まあ、なるようになった結果だ。



「乙女ゲームの神になんて言えば……。いや、いっそこうなったら、クリアを見届けてから全部、事後報告に……。この際残業は仕方ない……報告書を改ざんして……」



 止めるのだったら、メリルが決闘を申し込んだタイミングしかなかっただろう。

 神様の世界も大変そうだが、既に賽は投げられた。


 頭を抱えて下を向いた神様には、是非頑張ってもらいたい。



「あ、そうそう。原作はターン制バトルだからな。決闘の種目はプロレスにしておいたぞ。交互に攻撃しての殴り合いだ」

「気を使ってんだか煽ってんだか、分かったもんじゃないな」



 こちらも、たまたまヒロインが装備なしでクリアする縛りプレイをしていて。

 たまたま悪役令嬢が何の装備も付けていなかった、という理屈で押せるはずだ。


 ――いや、もう理屈など関係ない。ここまで来たら勢いで押すしかないのだ。



「ああ、うん。分かったよ。もう自由にやりなよ……」

「オーケー、任せてくれ」



 どうやら彼もダメ元だったようで。俺の完璧な計画を聞いたあと、すぐに天界とやらへ引き上げて行った。


 流石にこれが最後の関門だろう。

 当日の手配は完了したし、タイムスケジュールも完璧に組んだ。各々の役割分担も終わり、もう当日を待つばかりだ。



「アラーン! ……あれ? クロスさん、もう帰っちゃったの?」

「おう、たった今な。……って、何しに来たんだ?」



 挨拶だけしてどこかに引っ込んだ後。クロスが帰った瞬間にタイミングよく現れたリーゼロッテは、その手に二枚の紙きれを持っていた。


 それは試合の――もとい、決闘を見物するためのチケットなのだが。

 彼女はふふんと鼻を鳴らして、何故か誇らしげに言う。



「クロスさんたちを招待してあげようと思ってね。関係者席ってやつよ!」



 入手困難なプラチナチケットを知り合いに配るというのは、一流の格闘家っぽい。


 ということで。


 ここ数日のリーゼロッテはご機嫌で、嬉々として知り合いにチケットを配っているのだが。その勢いが衰えないので、ふと気になった。



「……S席のチケット、販売開始からすぐに完売したのって、もしかして」

「私が買ったのは三十枚だけよ?」



 VIP用のS席は全部で百だ。三十枚でも買い過ぎだと思うし、一枚につき金貨2枚――180万円分も買うのは、無駄遣いもいいところだと思う。


 そもそもの話。



「それはいいとしてだ。……配る相手が、三十人もいるのか?」

「……いいのよ、十枚くらいは観賞用に取っておくつもりだから」



 学校で友達作りに失敗したお嬢様は、俺からさっと顔を背けた。


 一年から二年の半ばに至るまで、ずっとハルと二人でデート三昧だったからな。

 渡す相手がいないというのはまた、切ない結果ではあるが。

 それで最前列がガラガラというのも切ないので、何か手を考えなければいけないだろう。



「まあ、この決闘が終わったらさ。交友関係を広げる方にも少し頑張れよ」

「……うん」



 何はともあれ、先週販売を開始したチケットは既に完売する勢いで売れている。


 ある意味全ての決定権を持つ神様からの許可も取れたので、あとは成り行き次第かと思いつつ。俺は会場の設営を視察しに行くことにした。


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