第百十四話 ご覧くださいアラン様!
「アラン様、本当によろしいのですか?」
「構わねぇ。いざという時の備えだけ頼みたい」
「義兄さんのところが一番大変そうだけどね……」
親分を
王宮からも正式に、魔物の大規模発生が伝えられた。
騎士団が迎撃に出て、被害の大きい王国東側から順に各地の魔物を殲滅。
ついでに火事場泥棒やら反乱やらを鎮圧して、治安の引き締めを図るそうだ。
「原作」通りに陛下も出陣するというので、最強の戦力はやはりアテにできないと確信した。
それで俺が何をしているのかと言えば、今後の対応を相談しに、クリスの研究室を訪ねたところだった。
都合よくパトリックも居たので、必要となりそうな攻撃アイテムも追加で発注していく予定なのだが。
「しかし、私としては御身の安全が第一だと……!」
「魔物が王都に来るかも分からないし、遠征先の方が苦しい戦いになるだろ。俺のことは心配すんな」
二人には
情勢が不安定なので、どうあっても俺の護衛につきたいそうだ。
先ほどからずっとこの調子なのだが。
横で聞いていたパトリックも、少し暗い顔で言う。
「今は少しでも戦力が欲しいんじゃない?」
「まあ、それはそうだが」
多少時期のズレはあるが、現状を見れば「原作」の流れ通りに王都まで攻め込まれると思う。
確かに本音を言えば、少しでも多くの戦力が欲しいのだが、二人をアテにすることはできない。
何故かと言えば、言うまでもなく「王都襲撃」ではヒロインと共に戦った攻略対象の好感度が大きく上昇する。
もしもメリルがクリスかパトリックを選択した時に、俺と一緒にスラム街の防衛戦に参加していたらどうなるか。
もちろんストーリーが破綻する。
最近のメリルを見ていればハルを選ぶことは想像に難くないが、それでも安全策を採るべきだ。二人が戦うのは後方支援の陣地。これは譲れない。
しかし詳しい事情を説明することもできないので、俺は適当な理由を付けて誤魔化すことにした。
「ハルの初陣なんだ。ここでトチったら後への影響が大き過ぎるから、万全にしておきたい」
「義兄さんはいつでも、一言目にはリーゼロッテ様。二言目には殿下だもんね」
普段の俺を知っているパトリックには、これで納得してもらえたらしい。
「アラン様のお考えは理解しました。ですが――」
「クリス。お前には一つ、任務を授ける」
「任務、ですか」
しかしクリスは珍しく折れないので、ここは策を
「俺は子分たちを守らなきゃいけねぇ。でも、ハルの方も心配なんだ。だから
信頼できる、という部分を強調して言えば、クリスの態度が少し軟化した。
だが彼は甘美な誘惑を打ち払うかのように葛藤し、なおも食い下がろうとする。
「いえ、しかし、しかし私は!」
「聞け! クリス! 俺が全幅の信頼を置けるのは、お前とエミリーだけなんだ!」
「私と、エミリー様……だけ?」
お前だけが頼りだ、というのは詐欺師の常套句なのだが。
一流の詐欺師は、騙した相手にすら感謝されると言う。
クリスが俺から頼りにされることで快感を得られるということは知っているので、悪いが利用させてもらうことにした。
「もちろんエミリーを戦場に出すわけにはいかねぇ。だからクリスが。クリス
「う……」
「他でもないお前が支援に回ってくれるなら、俺も安心して戦える」
俺からの信頼という甘い誘惑と、俺の身を守らなければならないという使命感。
……苦悩の具合としては、邪神に抵抗している時といい勝負のように見えるが。
たっぷり三分ほど唸ってから、クリスはがっくりと肩を落とした。
「ご命令。しかと承りました。ですが、せめてアラン様には最高の兵器を遺していきたいと思います」
「お、おう。まあそれは助かる」
だが説得が効き過ぎたのか、クリスの目が据わってしまった。
本来ならヤンデレはサージェスの担当なのだが。
ともあれ。思考が少し脱線してしまったが、話はまとまった。
そしてクリスが部屋の奥から何やら引っ張り出そうとしている間に、パトリックが耳打ちしてくる。
「義兄さん、その言い方は、後で絶対面倒なことになるよ」
「仕方がねぇだろ。後のことは後で考える」
「まったく……どうなっても知らないからね」
パトリックは呆れた顔をしているが、彼にも色々と動いてもらう必要があるのだ。
「パトリックもクリスと一緒に後方支援だ。騎士団には武器弾薬の補給と……陣地を固めておいて、ハルやラルフが逃げ帰って来るようなら保護してほしい」
「心配性だね。殿下もラルフさんも、それなりに強いのに」
ラルフはともかく、ハルはどこまで鍛えても、幼少の頃の貧弱ぶりが頭にチラつく。
彼を心配しているのは本心からなのだが……まあ「原作」と違い、どこで戦うかはある程度自由になるだろう。
人型戦略兵器の陛下から離れないようにすれば、安全度は格段に上がるはずだ。
よし、後で絶対に離れないように言い含めておこう。
そんなことを思いながら、俺はウィンチェスター家への魔道具発注書をパトリックに手渡す。
「とりあえず、在庫をあるだけ出してくれ。それから騎士団の方に配備する魔道具も足りないだろうから、いくらか融通したい」
「騎士団にまで配るならちょっと数は足りないけど……まあ、あり合わせでよければすぐに作るよ」
「そんな、晩飯みたいなノリで作れるものなのか? 魔道具って」
この二人が作るものならハズレはないだろう。
それに重要なのは道具の製作にかけた時間と情熱ではなく、不発にならない信頼性と、使った時の効果量だけだ。
「在庫と言えば、クリスさんの秘密兵器って開発リストで見たことがないんだけど。義兄さんは何か聞いてる?」
「俺も最近は書類仕事ばかりだったからな。現場のことはクリスに任せきりだから、何も聞いていない」
「ふーん。どんなのが出てくるんだろうね」
クリスの秘密兵器がどんなものかは分からないが、勿体付けるくらいなのだから、きっと凄まじい魔道具が出てくることだろう。
などと考えていれば、轟音と共に、隣の部屋に行ったクリスが戻ってきた。
運搬用の魔道具――フォークリフトのような形をしたもの――を操縦しながら、ヘルメットを被ったクリスは、自信満々に秘密兵器をお披露目する。
「ご覧くださいアラン様! こんなこともあろうかと秘密裡に開発しておりました。これが最新式の魔道砲です! 起動すれば、半径五百メートルを跡形も無く――」
「却下」
クリスは絶望したかのような顔をしているが、当たり前だ。
市街戦でこんなものを使えば、スラム街の掘っ立て小屋など根こそぎ吹き飛ばされてしまう。直撃しなくとも、余波だけでアウトだろう。
いくら俺でも、
しかしクリスは、もう頑として折れなかった。
どんな言い方をしても、護身用にお持ちくださいと言って譲らなかったのだ。
ということで。
守るべき場所を丸ごと吹き飛ばす代償に、人命だけは守れるだろうという最終兵器を。俺は渋々持ち帰ることになった。
魔法研究棟に設置された、資材搬入用の昇降機。簡易エレベーターには大きさの関係で、大砲を載せられなかった。
だから俺とパトリックは、大砲を持ち上げて階段を降りていくハメになったわけだ。
研究棟の入口まで出れば、そこからは運搬用の魔道具を使える。
そこまでの辛抱だ。
重さは数百キロあるので、普通に考えれば二人で持てるわけはないのだが。
二人で身体強化を全開にすれば、意外と何とかなっている。
「どうして、部品を持ち込んで、中で作っちゃったかな……。出す時のことを考えてなかったでしょ、これ」
「まあそう言うな。アイツも必死だったんだよ多分」
魔法研究棟にまでは護衛を連れてきていなかった。
だからパトリックのボヤきを聞きながら、二人で両端を持って、魔道砲とやらを運んでいるわけだが。
「にしても、今まで装備品だの攻撃アイテムだのと色々作ってもらったが。とうとう兵器まで開発しちまったか」
「義兄さんが怪我をする度に発明品が過激になるんだもの……勘弁してよもう」
何となく光景は想像できたし、そこには付き合わされるパトリックの姿も見えるようだ。
「あー……すまん。できればこれで最後にしたいところだな、うん」
「……最後、ねぇ」
パトリックは非常に疑わしそうな顔をしているが。俺だってしなくて済むなら、自爆なんてしたくない。
いつも何故か大ピンチなので、やむを得ず特攻しているのだ。
「俺だって好きで命を張ってるんじゃない。そんな疑わしそうな顔で見るな」
「はいはい、と」
どうにか魔法研究棟の入口にまで辿り着けたので、後はこれを公爵家に持ち帰るだけだ。
と、そこで俺は、まだ問題があったことに気が付く。
「あ」
「どうしたの?」
「いや、使用人がこんなものを公爵邸に運び込んで大丈夫かなって。いきなり渡されたから、持ち帰る許可なんて取ってねぇよ」
戦略兵器を、勝手に雇い主の家に運び込もうと言うのだ。
字面にすると意味が分からないが、そういう状況なのだから仕方がない。
フォークリフトに大砲を載せて帰宅することになるが。こんな物がいきなり現れたらエドワードさんが腰を抜かすか、ショックで病院に担ぎ込まれるかもしれない。
「もう事後承諾しかないよね。盗難防止機能が付いているみたいだから、スラム街の方に保管した日には……スラムの一部が更地になると思う」
「明日と言わず、置いた十分後には更地になってそうだな。仕方ねぇ、公爵夫妻への言い訳を考えるか」
俺が言い訳を考えている間に、パトリックは魔道具を起動していたのだが。
「……やっぱりおかしい」
「あん? 何か言ったか?」
「いいや、何でも」
轟音にかき消されて、彼の呟きは俺の耳にまでは届かなかった。
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