第百十五話 暗がりで笑う



「くくく、うふふ。あはっ。どうしてこんな簡単なことに気づかなかったんだろう」



 メリル・フォン・オネスティという少女は、暗がりで一人笑う。

 カーテンを閉め切った自室の中。表は曇天の雨模様だというのに、至極愉快そうに笑っていた。


 王子二人が決闘するという、王国を揺るがす大事件からいくらかの時が経ち。貴族への情報網を持たない彼女の元にも、その顛末が伝わってきた。


 そして彼女の頭には、いつかある男から言われた言葉が蘇る。



「ここをゲームの世界だと思わず、現実として生きていけ……か。そうよね、不敬罪だとか決闘法だとか。私が生きていた世界とは違う法律があるのだものね」



 実際のところ、彼女もダンジョンに潜ってレベルは上げていた。


 それこそアランの入院中にもエミリーと二人で攻略を続けていたし、経験値効率のいい稼ぎ場も知っているのだから、それなりの実力者にはなっていたのだ。


 これは、彼女が望む未来の中でいずれ障害となる、各種のイベントに備えたものだったのだが。



「ふふっ、何でも真面目にやっておくものね」



 監視が付いていることには、彼女も薄々気がついていた。

 しかしアランの元には、「ダンジョンを順調に攻略しているようだ」という報告しか入っていない。

 転生絡みのことは秘書のマリアンネにも伝えられておらず、監視のポイントは「不審な動き」に絞られていたのだ。


 メリルとしても、不用意に話を広めたら世界のリセットが待っているので、アランは部下に詳細を話さないだろうという確信があった。



「私、なーんにも不審な動きはしてないもんね。学生らしく、真面目に課外活動していただけだし」



 問題児ではあるものの、成績は学年で一番。

 第一王子への執着を除けば、模範生が熱心に社会貢献をしているようにしか見えなかっただろう。


 実際にはダンジョンで鍛えると共に、ステータスアップの丸薬や、霊薬の類を収集していただけなのだが。そんなことは見張りから気づかれていない。


 ダンジョン攻略以外の活動も、特筆されるほどのことではないと判断されたため、アランへの報告書には特別なことは何も書いていなかったのだ。



「最後に笑うのは私よ。ふふ、あーっはっはっはっは!」



 メインヒロインには似合わない、とても悪役らしく、それでいて小物臭溢れる笑い声を上げていたのだが。


 たまたま娘の部屋を通りかかった父親のオネスティ子爵は、その笑い声を聞いて頭を抱える。



「頼む……頼む! これ以上何も起きてくれるな!」



 彼としては、もう祈ることしかできない。

 処刑されてもおかしくはない数々の失態を繰り返したというのに、娘は止まらないのだ。


 しかも、いっそ転校や退学をさせた方がいいかと検討していたところに、方々から待った・・・がかかった。


 第一王子からの報復と見られては評判に差し障る。

 そんなことを言われれば、彼にはもう何もできない。


 しかも、何故か第一王子派閥の中核であるアランと行動を共にしているし、その妻となるであろうエミリーとも、親友と言えるほどの間柄になっている。


 娘を溺愛しているというのは公爵家と同じだが、彼は生来気弱なため、そもそも物申す勇気が無いのだ。

 ここまで来れば、もう娘が優等生に生まれ変わったことを祈り、好きにやらせるしかない。


 平穏無事で、何も起きない平和な日々が訪れることを祈る一方で。

 それは望み薄だろうなという諦めの気持ちを抱きつつ、子爵は廊下をトボトボと歩いて行った。
















「くくくく、くははは。あーっはっはっは!」



 同時刻、締め切った研究室の中で、一人の天才魔術師が高笑いの声を部屋中に響かせていた。


 この部屋にランプのような光源は無い。

 しかし怪しい緑色の輝きを見せる結晶体と、それに繋がる各種の装置が異様な光を放っていたので、彼の正面だけは明るく照らされていた。


 クリストフ・フォン・アーゼルシュミットは目の前の装置から溢れ出るエネルギーに白衣をたなびかせながら、世界征服を目論む悪の総帥の如く手を広げる。



「いいぞ、もっとだ。もっと出力を上げよう。全ての敵を、灰燼かいじんすために!」



 敬愛するあるじには、研究費をチョロまかして作り上げた最新兵器を横流ししたが。

 まだ足りない。


 主は己の身も顧みず人々を救う、聖人の如き人物だ。

 幾多の敵から彼を守り抜くにためには、もっと強力で強大な力が要る。

 と、彼は本気で考えていた。



「圧縮だ。圧縮した魔力を解き放つことで、解放された波動の威力は更に増す!」



 もうクールな正統派イケメン攻略対象といった仮面ペルソナは完全に剥がれ落ち、狂気の科学者マッドサイエンティストに堕ちてしまっているようだが。


 怪しい実験に打ち込むクリストフの斜め後ろには、呆れと恐れが半々くらいの顔をしている侯爵家嫡男の姿があった。



「フハハハハハ! いいぞ、もっとだ! この力があれば、魔物の氾濫如き恐るるに足らず! アラン様の敵は、全てこの私の手で殲滅せんめつしてくれる!」

「義兄さんを送って戻ってくれば、やっぱりこうなってたか……」



 大体の事情は、パトリックも知っていた。


 彼はクリストフがアランからの無茶振りをこなすばかりか、裏でエミリーからの、もっと無茶な要求に応えていることを知っている。


 それに、アランが何か別の目的のために動いていることにも勘づいている。


 色々と考えること。やるべきことは多い。

 しかしまずは目の前のことに対処しようと、彼は戻ってくる道すがらに、騎士団へ提供する魔道具は何にしようか考えていた。


 パトリックは攻撃用の魔道具と聞いて、火の中級魔法を繰り出す使い捨ての手投げ弾でも作ろうかと思っていたのだが。


 上司のクリストフは、どうやら大量破壊兵器を作り上げようとしているようだ。



「アラン様の行く手を阻む者は、ことごとく打ち滅ぼして見せよう! さあパトリック、君もデータを取るのを手伝ってくれ! 明日には試作品を完成させるぞ!」

「……了解」



 一応魔道具作りの師でもあるし、発想が狂気に向かっている部分を除けば、大いに参考になる。

 だからパトリックも素直に、出力されてくるデータの記録を始めたのだが。



「本当に、後で何とかしてくれるんだよね……?」



 と呟きながら。

 義理の兄がこの狂気の魔術師きけんぶつをきちんと処理してくれるのか不安な気持ちを抱いていた。



「これが終わったらエミリー……義姉さんのところにも行かなきゃだし、やることは沢山あるし、気になることもあるし……はぁ」

「この出力なら魔道砲の更なる改良が可能だ! 主砲以外にもバリエーションを増やそう。固定式の連射型魔道砲ガトリングガンと、携行用の曲射式魔道砲迫撃砲も作らねば!」



 溜息を吐くパトリックをよそに、クリストフの研究は着々と進行していた。




 アランはまだ知らない。

 産業革命を通り越して、現代の戦争を再現できるレベルの兵器を製造している部下がいることを。


 彼の与り知らぬところで、思わぬ方向から乙女ゲーム崩壊の危機を迎えていた。


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