第九十七話 爆弾の影響



「なんだろう。ほぼ初対面だから、そんなに嫌う理由もないはずなんだけど……顔を見ていたら、なんだかムカムカするというか」

「む、むかむか?」

「うん。おかしいなぁ、特に恨みは無いはずなのに」



 パトリックは、自分でもどうしてメリルを嫌っているのかが分からないようだ。


 なんだこれは。

 一体何が起きている――と考えて、俺は一瞬で答えに辿り着いた。


 これ、爆弾のせいだ、と。


 あくまで乙女ゲームを基にして生まれた世界であって、全く同じシステムではないと思っているが。

 ダンジョンを攻略すれば「原作」通りにレベルは上がるし、宝箱は出るし、好感度アップアイテムの効果まで実感した後だ。相似が見られる部分は多々ある。


 あんな内輪揉めまで起きたのだから、爆弾の影響で好感度が激減したと考えるのが自然だろう。


 初期好感度は攻略対象によって違うが、パトリックは数値化すれば20からスタートだ。

 決闘騒ぎになったときには負けた方の好感度が大幅に下がる。ということも念頭に置いて計算してみよう。


 まずは初代王の遺産とやらの力で、好感度を無理やり100にして。

 そこから爆弾六個で、一個当たり好感度-5からの。

 決闘で敗北して更に-15……掛けることの六回分だとすれば。


 合計で、最終的な好感度は-20だ。


 ここまで行ったら恋愛対象どころか、友人にもならないレベルだろう。




 ……これは、マズいんじゃないか?




「いやいや待てよ、アラン・レインメーカー。結論を焦るのは俺の悪い癖だ」

「ん? 何か言った?」



 爆弾六個分は確実に影響するとしても、決闘の敗北カウントが一回分なら、好感度は55からのスタートだ。


 ……というのは、流石に無いだろう。

 彼の様子を見て、そんなに好感度が高くないことは分かっている。


 分かってはいるが、マイナスからのスタートというのは嘘であってほしい。



「い、いや、何でもねぇ。パトリック、お前がメリルを嫌うとしたら理由は何だ? 乱闘のことは恨んでないんだよな?」

「そうだねぇ……」



 もう現実逃避に近いが、彼がイラついたポイントについて弁護するか誤魔化すしかない。俺の口利きでヒロインへの好感度に影響があるかは怪しいとしても、やらないよりはマシだ。

 それで少しでも、好感度の減少に歯止めが……かかるといいなぁ。


 分かっている。

 最早お祈り、ただの願望だ。


 どうして俺がメリルのためにパトリックの好感度を稼がねばならんのか。

 そんな気持ちはもちろんあれど、パトリックルートが消滅すれば、選択肢はハルとクリスしか残らないのだからやむを得ない。



 俺の質問に暫し考え込んだパトリックは、指折り理由を数えていったのだが。


 ……嫌う理由、指を折るほどあるんだ。

 と、絶望する俺に対し、何でもないような調子で彼は語り始める。



「まず。彼女と殿下が無断で宝探しに行ったから、義兄さんは誘拐の容疑をかけられるし。ボクらは潔白を証明しようとして、走り回ったわけじゃない?」

「そうなるな」

「彼女が子爵家の人間ならさ。親も連れてきて、家同士で話し合うのが筋かなって」



 侯爵家の次期当主に怪我をさせたのだ。

 例えメリルが一切悪くなかったとしても、家族総出で謝罪に来るべきだというのが、貴族的な常識である。

 筋が通らないとモヤモヤするのは、まあ分かる。


 それに王子二人と伯爵家の息子、国有数の金持ち子爵に、騎士団長の息子も被害に遭っている。

 上流階級の人間がまとめて病院送りになったのだから、本来ならばオネスティ子爵本人が土下座をしても足りないだろう。


 ここに弁護の余地があるのか?

 と、自分でも疑問に思ってしまったが、ここで失敗すればハルへの脅威が残るのだから全力だ。



「ほ、ほら。今回の件には王宮の事情だって関わってくるんだよ。メリルの家が謝罪に来たのに、一緒にいたサージェスが謝りに来なかったら変な話になるだろうが」

「それはまあ……確かに。殿下への批判は凄いことになるだろうね」



 ただでさえ第一王子派と第二王子派での派閥争いが激しい。

 メリルが単品で見舞いに来たのは、余計な波風を立てないための配慮だ。という話をすれば、俺よりも政治に詳しいパトリックはすぐに納得してくれた。



「だろ? サージェスの性格からして、素直に謝りに来るとは思えないだろ? そっちへの配慮だ」

「なるほどね、そこは分かったよ。ボクがとやかく言える問題でもなさそうだ」



 一応納得できる部分があったのか、顎に手を当てて考え込む素振りを見せた。

 が、すぐに次のお怒りポイントが飛んできた。



「でもさ義兄さん。ボクらが入院してもう二ヵ月だし、ボクに至ってはもう退院なんだけど」

「うんうん、分かるよ。謝りに来るのが遅いってんだろ?」

「普通すぐ来るよね? 爵位のことを言いたくはないけど、目下なんだし」



 貴族社会はややこしいから、普通の会社に例えてみよう。

 パトリックとメリルの関係性を考えた時、大手企業の部長と平社員くらいの身分差がある。


 つまりは部長が病院送りになる原因になった、大事件を起こした平社員が。二か月も経ってから見舞いに来たという状態だ。

 普通そんなことをすれば、激しい叱責が待っていることだろう。


 すぐ謝りに来いよという意見はご尤も過ぎて何も言えないのだが。

 しかし俺は、苦しいと分かっていても弁護をしなければならない。



「それはだな……ほら、俺たちって身分が高くて、偉い人じゃん? 見舞い客も結構来たじゃん?」

「うん、まあ、確かに。すり寄り目的の有象無象が毎日来たね」



 俺の耳がどうかしているのか、パトリックがどうかしてしまったのか。

 今、癒し系子犬キャラの口から「有象無象」などという強めのワードが飛び出した気がするのだが。


 もういい、そんなことは置いておこう。

 何も聞かなかったことにして、俺は続ける。



「そんなところに押しかけたら迷惑だから当分来るなって……俺が言ったんだ」

「義兄さんが?」

「そうだ。今謝りに来るのは。それはメリルが許してほしいという自己満足を満たせるだけだ。だから時間を置いてから来い……と」



 俺が弁護をしている理由は、「ヒロインが攻略対象から嫌われているのはマズい」という――普通に生きていたら、まず絶対に考えつかないものだ。

 完全に嘘なのだが、パトリックからすればわざわざ俺が嘘を吐くメリットも見当たらないだろう。



「ふーん、そっか。まあ被害者から時間を置くように言われて、見舞いを強行するのも違うよね……」

「そうだろ? いや、悪かった。お前らにも事前に伝えておけば良かったな」



 俺が泥を被る形になるのは、もう仕方がない。

 今はこれ以外に言い逃れが思いつかなかったのだ。


 パトリックもあっさりと信じてくれたようで、何とかメリル株の下落にストップをかけられていると思う。



「まあ、エミリー義姉さんからも仲良くするように脅――言われているから、普通に接しはするけどさ。常識が無い人ってちょっとどうかと思うんだ」

「常識、無いかなぁ?」

「普通は初対面の人に抱き着かないでしょ。ただでさえ謝りに来てるのに」



 そりゃそうだ。

 冗談の延長だとは言え、子爵家のご令嬢が侯爵家のご令息に抱き着くなど、場所が場所なら大問題だろう。


 メリルは入学式の時にハルへ抱き着いて、方々からいいだけ怒られたのをもう忘れたのだろうか。

 「原作」通りの効果を持つアイテムを発見できたからか、彼女の思考がゲーム寄りになっている気がする。


 この点についても何とか言い訳をと思ったのだが。

 その前に、気になる名前が出てきた。



「エミリーがなんだって? どう関わってくるのよ」

「いやぁ……それはボクの口からは、ちょっと」

「そうか。まあ、エミリーが内緒って言うならそのままでいいか」



 エミリーがメリルを庇うために先手を打ったというところだろうか?

 俺よりも確実に頭がいい、彼女のやることだ。ここは下手に手を出すよりも、信じて任せた方が上手くいくだろう。


 などと考えている横では、パトリックが何事かを呟いていた。



「義兄さんはもう少し、エミリー……義姉さんの発言に疑問を持った方がいいと思うんだけどな……」

「ん? なんか言ったか?」

「いや、何も。まあ義兄さんたちのパーティメンバーだっていうのも聞いてるから、無下には扱わないよ」



 逆に言えば、俺たちが関わらないなら無下に扱うという意味に聞こえる。



「本当に頼むぞ、おい」

「分かってるよ。……あ、もうそろそろ行かなきゃ。結局仕事の話ができなかったね」

「脱線し過ぎたな。悪い」

「いいよ。ボクも何だか変な感じだったから、話して整理できたのはありがたいし」



 そう言って微笑むパトリックを玄関まで送り。

 そのまま去って行く馬車を見送ったのだが。



 馬車が見えなくなった瞬間、俺はその場に崩れ落ちて頭を抱えた。



 頼む、もうこの際贅沢は言わないから。

 好感度0くらいにまでは戻ってくれないか。


 ……いや、マイナスという表記自体は俺が考えたのだから、実際には今が0の状態なのかもしれないが。


 彼が入学するまで、あと三ヵ月と少し。

 何とかメリルをヨイショして、好感度を10くらいにまでは戻してから入学させなければ。

 と、また無駄にやることが増えたわけだ。


 前途多難な未来を予想したせいか、俺の胃がキリキリと悲鳴を上げていた。


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