第八十六話 アラン様!



「はい、封印解除っと」

「何だか最近、地下に潜ってばかりですね」

「細かいことは気にするなよ、マリアンネ嬢。……この先に罠は無いんだろうな?」

「ございません。その封印で最後です」

「オーケー。じゃあ、俺が様子を見てくる」



 捕まえた老執事の案内で、一行はクリストフが監禁されているという、地下の隠し部屋を見つけた。

 動物の頭蓋骨や、怪しげな色をした液体。邪教の徒が祭るような像などの物騒な品々をかき分けて、最奥にある座敷牢に辿り着いたところである。


 まずは様子を見てくると言い、奥の牢屋を覗き込んだラルフは――数秒黙って前を見てから、すぐにきびすを返した。



「見ない方がいい。俺たちが知っているクリスは……死んだ」

「な、なんだって!?」

「俺が運んでおくから、皆は先に出ていてくれ」

「何を暢気に言っているのさ! そんなクリスさん! 嘘だ!」



 魔道具作りのライバルであり、良き師でもあったクリスが死んだと聞き。

 パトリックは弾かれたように牢へ駆け寄った――のだが。

 彼もまた数秒言葉を失った後、無表情になって帰ってきた。



「ボクらが知っているクリスさんは死んだよ。さあ、ここはラルフさんに任せて、犯罪の証拠でも漁りに行こうか」

「え、えっと……一体何が?」

「殿下とリーゼロッテ様は見ない方がいいかな」



 心配がちに尋ねるエールハルトの横を通り過ぎて、パトリックはすたすたと来た道を引き返していく。

 マリアンネとしても兄の様子が変だとは思ったが、クリスがどうなっているのかは、部下として確認しなければいけない。

 

 意を決して歩みを進め、牢の中を覗き込んでみれば――




「ああ! アラン様! アラン様! アラン様アラン様アラン様アラン様アラン様アラン様アラン様! 我に力を! あぁっはっはっはっは! アラン様。アラン様ぁぁあああ!!」




 ――白目を剥いて五体投地を繰り返し、一心不乱にアランの名前を叫んでいる上司の姿があった。


 そっと目を逸らしたマリアンネは、怖いもの見たさに近寄ってくるリーゼロッテの肩を掴んで押し戻すと。

 ウォルター男爵家の老執事に向けて、蛆虫でも見るかのような冷たい目線を送る。



「これは一体どういうことでしょうか」

「え、あ、いや。これは、ですな」

「返答によっては同じ目・・・に遭っていただこうかと思うのですが」

「違います、違うんです! 我々もこんなことになるとは思ってもみなかった! 決してわざとでは!」



 アランと共に窮地に陥った自分を助けに来てくれたクリストフだ。彼女にとっては上司である前に恩人と言える。

 それがこう・・なってしまったのだから、不穏な雰囲気を醸し出すのも無理はないことだろう。


 さて、先ほど散々に痛めつけられた後、最低限の回復魔法を受けた老執事ではあるが。

 貴族の間には、殴って回復魔法で治してまた殴るなど。悲惨な拷問方法があることを知っているだけあって、口の滑りが非常に滑らかだった。



「旦那様が信じる神を崇めるように、改宗の儀式を行ったのですが……その、別な神の。アラン神・・・・への信仰が深く、せめぎ合った結果です!」

「アラン神……?」

「普通は、正気を失うようなことにはなりません。私も何度か改宗の儀式を見たことはございますが……抵抗されたのは初めてのことでして。これは当方としても予想外と言いますか、その。これは事故なのですよ」



 邪教への信仰を植え付ける儀式をしたところ、その儀式をレジストするくらいには、アランへの信仰心・・・があったらしい。

 だが。半端に抵抗できているのが、逆に不幸だった。崇拝の対象と度合いがい交ぜになった結果、今のクリストフは相当悲惨なことになっている。


 老執事がこのように弁解した後。

 一拍の間を置いて、まずはリーゼロッテが噴出した。

 次いで、エールハルトも堪え切れずに手で口を覆い、俯きがちに笑い出してしまう。



「アッ、アラン神……ぷっ、くく。あはははは!」

「リーゼ、笑っては……ふふっ、あ、いや、そうか。アランは神になった、か。……ははっ!」



 気まずそうに目を背けるラルフと、無表情なままのウィンチェスター兄妹、そして笑いを堪える第一王子と、爆笑を隠しもしない公爵家令嬢。


 非常に混沌とした状況の中で、ここまで付いてきたアランの私兵。スキンヘッドの大男は平然とした態度で尋ねる。



「あっしらで運んでおきやしょうか?」

「……そうですね、そうしてください」

「了解でさぁ。てめぇら! 仕事だ!」



 男たちは魔剣で牢屋をガリガリと削り、強引に牢をこじ開けた。

 そして、申し出た男がクリスをひょいと担ぎ上げたのだが。



「ぬ、おお! この程度で! 私の忠義は、折れはしない! 貫いて見せます! アラン様ァ!」

「これは、叩けば直る・・でしょうか」

「やめとけよマリアンネ嬢。アランに会わせりゃ治る・・だろ。それでダメなら神官を呼んできて解呪ディスペルすればいいし」



 男に担がれて尚、クリストフは五体投地を継続しようと頑張っているのだが。

 その姿は、漁師の肩に担がれた、活きのいい魚を彷彿とさせるものであった。


 居合わせた面々は、もう何も言うまいという意味を込めたアイコンタクトを取ってから、地上に向けて歩き始める。



「……何はともあれ、現行犯ですね。アラン様を吊るし上げていたウォルター男爵……あの目障りな男を、これで排除できるでしょう」

「そうだね、マリアンネ。サージェス殿下誘拐の容疑も、ついでだからなすりつけてしまおうか」



 非常に暗い顔をしてぶつぶつと呟くウィンチェスター兄妹のボヤきをBGMに、一行は地下室を後にした。








 そして地上ではアランの私兵たちの手によって、証拠品押収という名の略奪行為が行われていた。

 今回は第一王子の手前、研究所襲撃の時ほど派手にはやっていないが。

 それでもポケットに入るだけ、目いっぱいに金目の物を漁ったようだ。


 正義の燃える騎士見習いラルフは、咎めるかと思いきや完全にこれをスルー。

 もうどうにでもなれ、と言わんばかりのやけっぱちな態度で、マリアンネと共に必要そうな押収資料を纏める作業に入っていた。



「北部貴族……ピルスナー準男爵の弱み」

「こちらへ」

「何かの帳簿」

「それはこちらへ」

「綿花の栽培計画書」

「保留で」



 私兵たちも一応、証拠と思しきものを一纏めにしていたので、後は分類するだけの作業だ。

 漁れば漁るほど怪し気な資料が出てくるのだから、並べていけばどれかは当たる・・・だろう。そう考えながら、屋敷の前に押収資料を並べている。



 一通りの荷造りも終わり、後は帰るだけという段階で。

 ふと、ラルフの視線が空へ向かった。



「この感覚は……」

「どうしたんだい、ラルフ」

「実家からの伝書鳩だ」



 一大事でしか使われない伝書鳩が、二週連続で飛んできたことを訝しむラルフではあったが。

 ともあれやって来た鳩を掌に載せて、首元の手紙入れから一枚の紙を取り出す。


 そして、読み始めてから二秒後。

 彼は大きく目を見開き、驚きの声を上げた。



「はぁ!? えっ、待てよ。いやいやいや。アイツ、何やってんだ!?」

「……緊急事態かしら?」

「そうみたいだね。まあラルフ、少し落ち着きなよ」

「これが落ち着いていられるか! 見てみろよコレ!」



 本来は機密文書なのだが、ここにいる面子には見せるべきだろう。

 そう判断したラルフは、見せつけるようにして手紙を広げた後、焦りを含んだ声色で叫んだ。



「アランが……脱獄しやがった!」



 その手紙は、アラン・レインメーカーの脱獄と逃亡。

 そして、アイゼンクラッド王国全域での指名手配を知らせるものであった。



 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

 クリストフ、無事(?)救出。

 次回、アラン視点に戻ります。

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