第六十六話 出入り



 人々が寝静まり、夜も深々といった時刻。

 王都の郊外にある屋敷の前には、二人の男が歩哨に立っていた。



「怠いな……こんなところを守ってて、何になるってんだ」

「そう言うなよ。高い給料もらってんだからさ」

「そりゃそうだけどよ、退屈でたまらねぇよ。どうせ誰も来やしないっての、こんなところ」



 屋敷を囲う塀は高く、頑丈そうで物々しい雰囲気を醸し出していた。ともすれば軍事基地のようにも見える建物だ。

 その上で見張りまで置いて、中庭には番犬を放している。

 高貴な身分の人間が住んでいるか、よほど隠したいもの・・・・・・でもあるのだろう。

 この屋敷を一見すればそんな事情が見て取れるのだが、現在この屋敷に、異変の波が押し寄せつつあった。

 

 最初に気づいたのは、不平を零していた方の男だ。

 遠くから微かに聞こえてくる音。

 最初は気のせいかと思うくらい、ごく小さい違和感だった。

 

 だが、音の発生源が徐々に近づいてきていると気づき、音がする方向に目を凝らした直後。男の顔色が驚愕で染まる。



「うおっ! 何だありゃあ!?」

「何って……うわ! 何事だ!?」



 男たちが驚くのも無理はない。

 こんな夜半だというのに。住宅街から離れた辺鄙な場所だというのに、大量――男の目測では凡そ百人ほど――の人間が押し寄せてきたのだから。

 しかも大多数の者は、山賊と見紛わんばかりに汚い恰好をしているのだ。どう見ても訪ねてきた客人とは思えない服装である。



「て、敵襲! 敵襲だ!」

「援軍を寄越せ! 数が多い……うわっ!?」



 見張りの男たちがそう叫ぶのと、氷漬けになったのは殆ど同時だった。

 先頭を走る銀髪の男が手を翳すと、即座に人を呑み込むほど大きな氷塊が生成され、あっという間に見張り役の二人を包み込んだ。

 魔法が炸裂したのを見届けた男は、背後を振り返って叫ぶ。



「てめぇら! やっちまえ!!」



 それを合図に、襤褸切れを身に纏った男たちが野太い歓声を上げ、思い思いの獲物を片手に、屋敷の中へ殴りこんでいく。


 どうしてこの屋敷は襲撃されることになったのか。

 その原因は、一人の実験体が脱走したことにあるのだが。


 ここで少し時を巻き戻してみよう。










「みんな、よく集まってくれた。顔馴染みも結構いるみたいで嬉しいぜ」



 人相の悪い男ばかりが集まったスラム街の広場で、俺は集合した百人を超える男たちの顔を順番に見回していく。

 誰も彼も下卑た笑いを浮かべ、目には欲望の光を宿している生粋のあぶれ者アウトローたちだ。

 武器を持って集合するように言い含めておいたので、手には鎌やらピッチフォークやらナイフやら。様々な獲物を持って集まっている。

 大変危険な絵面の中で、俺が木箱の上に立って話をしようとすれば、一瞬でヤジが飛んできた。



「おいアラン! この条件は本当なんだろうな!」

「嘘だったら沈めるぞゴラァ!」



 大半は俺も顔を知っている連中なのだが、非常に荒っぽい人間だけを集めた精鋭部隊である。

 彼らは、俺の「私兵募集」という求人に応募してくれたのだ。

 条件の良さから応募が殺到したらしく、人数制限を設けたら暴動で死人が出ると判断し、全員を雇うことにした結果がこれだ。


 スラム街の人間ならば身内は見捨てないが、シマ・・が違う人間ならば話は変わる。

 採用された人物が再起不能になれば、枠が一個空くじゃないか。という短絡的な思考回路を持っている者がほとんどであり、最悪の場合は全滅するまで争うだろう。

 それを避けるためにも全員雇用という形を取ったのだが、まさか二日で百二十人も集まるとは思わなかった。

 親分の人望と人脈の広さを、少々見くびっていたようだ。


 そして、予想外なことがもう一つ。



「何でリーゼロッテまで来るんだよ……」

「こんな面白そ……じゃない。こんな一大事に、私がいなきゃ始まらないじゃないの!」



 動きやすさ重視、メッシュ生地が多めなトレーニングウェアを着用したリーゼロッテが、荒くれものたちの中にいた。むしろ、中心に立っていた。

 治安の悪さ、誘拐の危険度はマックスであり、どう考えても公爵家のお嬢様が足を踏み入れていい土地ではない。

 当然のこと、既に誘拐を試みた荒くれ者が数名出てきたのだが……いずれも、今は地面に転がっている。



「ヒュウ! やるじゃねえか嬢ちゃん!」

「いよっ! あんたが大将!」

「えへへ、いやぁ……えへへ」



 普通のご令嬢とは違い、格闘戦ではベテラン騎士と同レベルのお嬢様なのだ。

 にじり寄ってきた男たちを鎧袖一触に蹴散らし、屍の上で喝采を浴びていた。


 図らずも、スラム街で興行ができたリーゼロッテはご満悦だ。

 飛んできたおひねりは銅貨が数枚程度だが、人生で初めて、格闘技で得た報酬には違いない。

 彼女は汚い銅貨を大事そうにポケットへしまい、拳を高らかに掲げて宣言する。



「さあ、次にこう・・なりたいのは誰かしら! 誰が相手でも、私は一向に……ん? なぁに? アラン」

「一旦引っ込め。話が進まない」

「アランが引っ込め!」

「野郎なんざお呼びじゃねぇんだよ!」

「リーゼロッテちゃーん!」



 荒事が大好きな貧民街の人間から、既にアイドルの如き扱いを受けているリーゼロッテはさておき。

 俺は今日集まってもらった事情を、全員に説明しておく。



「まずは、悲しい報せだ。この王都には、人体実験を繰り返す……頭のおかしい極悪人がいるらしい」

「な、なんだってー」

「そいつは悲しいねぇ」



 適当な相槌を打つ野郎どもに目線を配っていき、俺は芝居がかった口調で続ける。



「つい先週も、このスラム街の仲間が連れ去られそうになった。こんなこと、許せねぇよなぁ?」

「あったりめぇだ、バァカ!」

「さっさと話に入れや」



 気が短く、俺が二言喋っただけで臨界を超えそうになっている奴が何人かいるので、俺は本題に入る。



「そんな危ない奴らは、ブタ箱にぶち込まなきゃいけねぇ。てめぇら、募集要項は読んだな!」

「字が読めねぇ!」

「俺もだ!」

「ヨーコーって何だコラ! 馬鹿にしてんのか!?」



 恐るべき知力の低さである。

 俺の私兵第一期生、精鋭となり、ゆくゆくは親衛隊に育て上げようという組織なのだが、立ち上げはもの凄く不安なものだった。


 そもそも、字が読めないけど、何となくやってきたという者も結構な数がいるようだ。

 所謂その場のノリというやつだろうか。持っているものが何も無いのだから、フットワークはすこぶる軽い連中だ。



「害虫駆除だ! しっかりと証拠を押さえて、衛兵に突き出す!」

「けっ、いい子ちゃんが」

「つまんな。帰ろ」



 二割ほどの人間が帰り支度を始めていたが、そちらは見ずに俺は続ける。



「調査に付き合ってくれた奴には、金貨三枚の日当を出すぞ」

「本当だろうな!」

「嘘だったら吊るすぞアラン!」



 残っていた奴らは俺に真偽を確認し、字が読めない上に飽きっぽい奴ら……帰ろうとしていたグループも、一斉に振り向いた。



「そういうことは先に言えよな!」

「悪人は許しちゃおけねぇ、俺は正義感が強いんだ!」



 まさに現金・・なもので、金が貰えると分かった瞬間、大多数の人間が目の色を変えた。

 ここには交渉もへったくれもない。金で釣るだけだ。


 平均年収が金貨十枚にも満たない……王都の平均年収を大きく下げているスラム街の住民が相手なら、一日で金貨三枚という報酬を用意すればまず釣れる。

 その上、今回の仕事は非常に彼ら好みだ。まず以って脱落者は出ないだろう。



「目的は研究資料と奴らの身柄ガラだ。邪魔する奴はぶちのめせ!」

「おお!」

「暴れるだけで金が貰えんのか!?」



 一部意図を勘違いしている者たちもいるようだが、士気が高いのはいいことなのでそのまま続ける。



「屋敷を燃やすな! なるべく殺すな! ルールはこの二つだけだ!」

「分かりやすいぜ!」

「最高じゃねぇか!」



 そうだ。これくらいにしておかないと、きっと全部忘れてしまうだろう。……これすらも忘れてしまうかもしれないが、それならそれで仕方がない。

 パトリックから聞いた研究内容は、禁術やらタブーやらのオンパレードだ。捕まったらどうせ死罪なのだから、必要な犠牲だったコラテラルダメージと割り切るしかないのだ。


 久しぶりの地元の空気に、俺も感情が昂っているのを感じた。思考が少し危ない方向に寄っている自覚はある。

 だが、これから鉄火場になるのだから、このテンションは維持するべきだろう。

 そう判断した俺は、声を張り上げて叫ぶ。



「奴らの根城にあるブツを、根こそぎかっぱらうぞ!」

「おいアラン! 研究と関係が無いもんはどうすんだ!」

「そんなものゴミだ、捨てておけ! だけど、そうだな……綺麗好きな諸君なら、ゴミが転がっていることには我慢できないだろう。ゴミ拾いは許可する!」

「よっしゃあ!」

「ゴミは回収だァ!」



 事実上の略奪上等宣言である。

 金が貰える上に略奪ができるし、オマケに大義名分らしきものまであるのだ。

 これでテンションが上がらないチンピラはいない。


 つまるところ、俺はパトリックが売られていた研究施設に集団で強盗・・・・・を仕掛けて、「人海戦術で組織を根こそぎ壊滅させる」という作戦を立てたのだ。


 ……乙女ゲームの攻略対象が集団強盗なんてやっていいのか?

 いいんだ。メリルはこの場にいない。物語的には描写されない範囲だから、これは無かったこと・・・・・・になる。

 それに「原作」のアランは裏社会の帝王なのだから、ヒロインが見ていないところでの犯罪は、むしろ推奨されることだろう。



「あ、そうだ。かっぱらったブツだが。モノによっては俺が買い取るし、闇市に流すよりも高く買ってやる。……くれぐれも喧嘩はするなよ」



 言っても無駄かもしれないが、一応釘は刺しておく。

 お宝の分配で揉めて味方が全滅するなど、冗談ではないのだが。冗談ではなく、本当にやりかねないから注意が必要だ。



「さて、俺たちは善良な市民だが、衛兵と違い調査の権限は持っていない。だから、たまたま出・・・・・入りした・・・・屋敷の中で、偶然・・違法の証拠を見つけることになる!」



 名目上はそういうことだ。

 荒らすだけ荒らしたら、証拠品とセットで夜明けの詰所前に放り投げる予定であるし。いざとなれば衛兵のお偉いさんにワイロを渡して、黙らせるつもりでいる。



「さあ、野郎ども! 出入り・・・の時間だ!」

「ヒャッハー! やったらぁ!」

「一番乗りしてやるぜ!」



 さて、言うべきことは言ったし、野郎どもの士気も上がった。

 後は出陣の号令をかけるだけだ。

 俺は昂る気持ちのまま一歩前に踏み出し、さあ号令をかけよう……と思ったのだが。



「よーし、みんな! 私に続きなさい!」

「「「「「うぉぉおおおおおお!!!」」」」」



 テンションが上がっているのは、リーゼロッテも同じだった。

 俺が叫ぶよりも早く、威勢のいい声で号令を下したお嬢様に。男たちは、天を衝かんばかりの勢いで気炎を上げて応えた。


 彼女は施設までの道も知らないくせに、むくつけき男たちの先頭に立ち。いずこへともなく駆け出して行ったのだが……どこに向かっているのだろう。

 俺は【身体強化】の全力ダッシュで先頭を奪い返し、多少遠回りにはなったが、目的地に誘導を始めた。



 パトリックを狙う暗殺者にイチイチ対処するなど面倒だ。組織ごと壊滅させてやるから覚悟しろ。首を洗って待ってろや!


 と、血の気の多い考えを浮かべながら、俺たちは夜の王都を駆けていった。




 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 チンピラを引き連れて強盗に向かう系主人公爆誕。

 いいんです。裏社会の帝王が手下を連れて出入りするだけですから。原作準拠なんです(白目)


 tips

 出入り:やくざものが組の総力を挙げて、別な組に殴り込みをかけること。

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