第三十五話 アラン、逮捕される
数分前に俺がでっちあげた、有りもしない陰謀論。
それがとんでもない事態を引き起こしたようだ。
……何てことのない、ほんの苦し紛れだったのだ。
それがまさか、こんなことになってしまうとは。と、俺は自分の発言を悔いる。
俺が連行されて、取り調べを受けていた警備員の詰所の様子を見渡せば。周囲では怒号と怒声が飛び交っていた。
「厳戒態勢を敷け!」
「学園のセキュリティレベルを二段階引き上げるんだ! 急げ!」
「草の根を分けてでも探せ! 絶対に捕らえろ!」
周囲にはまさに、一触即発の空気だ。
俺を取り囲んでいた警備員たちも駆り出され。
護衛騎士の外側を固めるようにして、ハルを中心に警戒のフォーメーションを組んでいる。
まるで戦場のような鉄火場であるが。
こんな雰囲気になっているのは俺の不用意な発言が原因だ。
やらかした。これは流石に自覚がある。
何があったか語るには、時間を三十分ほど戻し――
「不埒な不審者め!」
「口を割る気になったか? ほら、飯でも食えよ……」
「第一王子のため、万全のセキュリティ体制を敷いた日に覗きとは。ふてぇ野郎だ」
――今のはナシだ。
三十分前では、まだ逮捕された俺が警備員に尋問されていた場面である。
……ああ、捕まったよ。捕まったさ。
王族を狙ったテロを警戒して、例年の三倍もの警備員がいたのだ。
しかもその中に宮廷魔導士クラスの腕利き魔法使いや、ベテランの騎士まで混じっている。
これで逃げ切れるわけがない。
俺は遠距離からの魔法攻撃と、凄まじい速度で追いすがってくる騎士たち。
それをバックアップしながら包囲網を敷いてくる警備員たちから追撃され。
俺はあっけなくお縄についた。
だが、より大事になったのは捕まった後だ。
何があったか語るには、時間を十五分ほど戻す必要がある――
詰所の扉が勢いよく開き。
全身を白のコーディネートで固めた学生――ハルが室内に飛び込んできた。
「アラン! 無事かい!?」
「は、ハル……! 助けに来てくれたのか!」
捕まってからの間俺がどうしていたのかと言えば、強面な上に武器を携帯している警備員たちから、ひたすら
警備員の人数は、まず俺を囲むようにして、四方に一人ずつ。
それから入り口を固める二人と、更に部屋の外に三人。
総勢九人の男が厳戒態勢を敷くで、俺は取り調べを受けていたのだ。
罪状は、覗きの現行犯逮捕である。
しかも、被害者はワイズマン伯爵家のご令嬢だとかで、輪をかけて大事になっている。
これだけでも相当な事件なのに、よりにもよって第一王子と公爵家のご令嬢。
それに侯爵家や名門伯爵家など。
錚々たる顔ぶれが参加している入学式の場で起きた事件だ。
こんな場で不審な行動を取った俺は、何らかの工作活動をしていると疑われることになった。
要するに学園に潜り込んだスパイとして見られているわけであり。
身も蓋も無く言えば、テロリストの嫌疑がかかっていたわけだ。
激しく追及されているところでの登場だったので、俺はハルの姿を見て心の底から安堵する。
「で、殿下! 何故このような場所に!?」
「ここは殿下がいらっしゃるようなところでは……」
一介の警備員たちは、雲上人である第一王子殿下、エールハルトが突然登場したことで騒然となっている。
これで状況が変わってくれるだろうか。
先ほどまでは最悪の状況だったのだ。
『……私の身分は公爵家の使用人です』
『嘘をつくな!』
『リーゼロッテ・フォン・カトリーヌ・クライン様の従者です。お嬢様の付き人として学園に参りました』
『嘘をつくんじゃない!』
『私は一応、子爵家の当主なんです。嘘じゃないです。嘘じゃないんです……』
『だから嘘をつくなって言ってんだろ!』
このように、何を話してもまともに聞いてはくれなかったのだ。
まあ、それはそうだ。
どこの世界にずぶ濡れで。
はぁはぁと荒い息を吐きながら覗きをする子爵がいるというのか。
俺が警備員の立場なら「ナメている」と判断し、胸倉を掴むまであり得る状況だ。
それでもめげずに、嘘じゃないんです。嘘じゃないんです。
と、十五分ほど粘り続けていると。
誰よりも早く式の会場から出てきたハルが迎えに来てくれた。
ハルは俺の前に立ち、俺を庇う様に右手を広げる。
「ここにいるアランは私の友人だ。彼の身元保証が必要なら、私が保証人となろう」
「なりません! 殿下!」
彼の後ろにはいつぞや公爵家まで護衛についてきた騎士たちと、お付きの文官たちの姿もある。
ちょび髭の文官だけはつっけんどんな態度で無言を貫いているが、周囲にいる他の文官たちは必死にハルを引き留めていた。
王子が犯罪者の身元引受人になるなど、外聞が悪い。
至極真っ当な対応だと言えるだろう。
だが、それでもハルは退かなかった。
「彼と私は親友と言ってもいいほど親しい間柄だ。何があったのかは知らないが、彼は罪を犯すような人間ではないと確信している!」
彼はそう宣言して、付き人の意見を退けた。
え……やだ、何このイケメン。
と、俺は不覚にもときめく。
いつの間にか、凛々しくて頼もしくて、国王陛下のようなカリスマ性を持つようになって……。成長したなぁ、ハル。
と、俺が兄貴分として誇らしげにしている横で、今度は警備員たちが抗議に入る。
「し、しかし殿下……覗き魔の身元保証人など、王家の沽券に関わります!」
「覗きが何だと言うのだ! きっと私に敵対する貴族たちから、陥れられたに違いな――の、覗き?」
「そうです! そこの男は覗きの現行犯で逮捕致しました!」
「……現行犯?」
気まずそうな表情で、ハルは俺の方を振り返る。
そして、そのまま両手をそっと俺の肩に置き、優しい声で言った。
「アラン、自首しよう? 大丈夫。月に一度は差し入れを持っていくよ」
「そこは無罪を信じてくれる流れじゃねーの!?」
これは流石に折れるのが早い。
もっと熱く弁護してくれてもいいんだぞ!?
俺はやってきた援軍が突然消えたことに狼狽するが、ハルはきょとんとした顔で続ける。
「いやでも、現行犯なんだよね?」
「そりゃそうだが……こっちにも事情ってもんがだな……」
「だから、その事情を話せって言ってんだよこっちは! 調書が全然進んでないんだよ!」
と、警備員の中で一番荒くれものの顔をした男が叫ぶ。
だが、話せるわけがない。
ヒロインから逃げてきましたなどと。
話せば絶対に問題があるし。
話したところで「何だそりゃ?」と言われるのがオチである。
だから俺は黙秘しつつ、妙案を考え続けていたのだ。
しかし、俺は目の前に座る警備員の隊長らしき男。
非常に強面で、道を歩くだけで衛兵を呼ばれそうな男の顔を見て思う。
王族の前で恫喝とは、ガッツあるなぁこいつ。と。
「王族の前で恫喝とは、ガッツあるなぁこいつ」
「バカにしてんのか!?」
「え、うそ……声に出てた?」
「いい年こいた大の男が、恋愛小説のヒロインみたいなこと言ってんじゃねえ!」
しまった――! ハルと普段通りに話していたせいか、気が緩んだようだ。
今の発言で。
ハルの登場に驚いていた警備員たちのヘイトが、再び俺に集まってしまった。
どうしよう。とりあえず味方を探さないといけない。
そう思い、まずは周囲の人間を見渡すが。
警備員はもちろん全員ダメだ。
ハルもダメ。
既に留置所へ差し入れをする気満々だ。
遠巻きに見ている騎士たちの顔も見るが……彼らはハルの意向に従うだろう。
他の文官たちは俺を見捨てる方向で説得しているし。
ちょび髭の男はツーンとした態度を貫いており、味方になってくれるなどとは到底思えない。
第一王子御一行がダメなら、主人のリーゼロッテが来るまで耐えるしかないだろうか?
だが、ここであのお嬢様が現れたらもっと酷いことになるかもしれない。
今までの経験からして、更なる大惨事が待っている可能性だって非常に高い。
……どうしよう、味方がいない。
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