第二十九話 自爆、再び



「なあ、いるじゃねえかよ。格闘家を目指している令嬢が、お前の背後。すぐそこによォ……」

「い、いや。いるにはいるけど。だから、それは彼女がイレギュラーだって言っているだろ?」



 一瞬論破されかかったクロスは気を取り直そうとしているが、そうはさせない。


 俺はクロスから怒られるであろう特大の爆弾を放り込み、クロスをもっと混乱させる……或いはどさくさに紛れて、有耶無耶にすることを目論んだ。



「イレギュラー? 俺はアンタの部屋から持って帰った「公式ガイドブック」を読んでみたが。どこをどう見ても「悪役令嬢は格闘家じゃない」だなんて、一言も書かれていなかったぞ!」」



 クロスの部屋から出る時に回収してきた公式ガイドブック。

 人物設定の裏話にまで目を通しても、リーゼロッテのことなどほとんど書いてはいなかった。


 ここまで熱心に悪役令嬢の人物紹介を眺めた人は、俺が初めてだろうというくらいに読み込んだのだ。人物像がほとんど何も・・・・・・設定されていない・・・・・・・・というのは、間違いがない部分だと断言できる。



「は!? 無いと思っていたら、お前神様の部屋から物をパクったのか!?」

「パクるとは人聞きの悪い。机の上にこれ見よがしに置いてあったから、お土産だと思って持ち帰ったんだ」




 俺の発言を聞いて、案の定クロスは仰天した。

 飛び上がらんばかりの勢いで驚き、余裕の態度を崩して前傾姿勢である。



「この世界の未来、ほぼ全部が書かれているんだぞ!? そんなヤバいブツを、土産に持たす奴がいるか!」



 ああ、これは俺たちへのお土産だと思ったのだが。

 まさか持って帰ったことを非難されるとは……。

 と、心底心外そうな顔を見せてやる。


 これで許されるとは毛頭思えないが、煽られてくれれば儲けものだ。

 


「というかさ、そのノートってガイドブックの内容を参考に書いたものだから」

「道理でやたらと具体的な内容が書いてあると思ったよ、畜生! 何してくれてんだアラン!?」



 俺が公爵家に来てからというもの、毎日が試験前のようなペースでの勉強を強いられていたのだ。暗記など慣れたものである。

 本を返せと言うなら返すが、既に内容の大半は頭に叩き込んである。


 俺とハルの攻略情報は三年分。

 他の攻略対象は飛ばし飛ばしで、各種エンディングを確認したまでだが。

 それでも主要なイベントには、一通り目を通したと思う。


 ガイドブックを呼んだ感想としては、意外とエンディングの数が多くて驚いた……といったところだろうか。


 各攻略対象ごとにノーマル、グッド、ハッピー、バッド。これらが複数個ある。

 そこに加えて友情エンドや冒険エンドなどもあり、結末は多岐に渡った。


 果てはヒロインが親友(女)と結ばれたり、学園卒業後はただの町娘として生きるエンディングがあったりと、とにかくエンディングの種類が多い。


 覚えるには苦労をしたし。

 ともすれば、うっかりいくつか忘れそうなくらいの数であった。



 まあ、こんなものを見てしまったのだから、大事になるのは想像に難くない。


 ビジネス的な関係で例えるなら俺は下請けなのだから、この情報開示自体は俺たちが不利になるものだ。


 クロスからすれば社外秘の資料を丸ごと全部、下請けの従業員に熟読されたようなものだろう。下手をすれば俺たちごと、問題を揉み消される・・・・・可能性すらある。



「お前たちに乙女ゲームをやらせたってだけで上からせっつかれてたんだぞ? 機密情報が下界に漏洩していたなんて日には……」



 だが、それがどうしたというのか。

 クロスが慌てふためいているところを見ると、効果は抜群だ。



「そんなことはどうでもいい! 今は俺の話を聞け!」

「どうでもよくないわい!」

「そして、私の歌を聞けぇ!」



 俺が煽っていると、器用に歌うリーゼロッテが、唐突に横やりを入れてきた。

 特に打ち合わせたわけではないが、クロスの思考を乱してくれるだけ儲けものである。


 そう、ダメで元々なのだ。

 全ての行動は、成功したら儲けもの。失敗したら次に進むという方針を採る。

 さあ、ガンガンいこう。



「絶妙なタイミングで返答に困るチャチャを入れてくるな! あとリーゼちゃん……歌、あまり上手くない。むしろ音痴!」



 リーゼロッテは普通に歌えば中々の歌唱力なのだが。今は弾力のあるマットの上で、どったんばったんと受け身を取りながら歌唱している。

 曲芸としては中々だが、上手いか下手かと言われたら確かに下手だ。



「受け身を取りながら歌っているんだからこんなものよ! 私は己の歌唱力に誇りを持っているわ!」

「そうだ! リーゼロッテが美声という点は、数少ない「魅力」パラメータの一因だ!」

「アラン! 私に魅力を感じる箇所が少ないと言ったわね! 今日こそブレーンバスターしてやるわ!」



 今日こそ? リーゼロッテはおかしなことを言っている。

 その技名を聞くのは、今日が初めてのはずだ。


 

「毎回技の予告が違うじゃねえか。この間は脳天唐竹割りで、その前はネリョチャギだったか? その他にも地獄車だとかタイガードライバーだとか」

「だって! だって、かけたい技が、多すぎるのだもの……」



 そう言ってリーゼロッテは身をくねらせ、恥じらう乙女のように頬を染めた。



「……いや、リーゼちゃんはどうしてそこで頬を染める?」



 なお、表情こそ乙女だが受け身は継続中だ。

 まあそれはさておき。



「よし、ガイドブックの件は流れたか!」

「許されたわ! やったわね、アラン!」

「許してない。ツッコミが追いついていないだけだ! ぐぬぬ……バカな。数多の世界を回り、星の数ほど困ったちゃんの相手をしてきたこの俺でさえ、ツッコミが追いつかないだと……!」



 怒られている身で、ふざけ倒して本当にすまないとは思っている。

 だが、何はともあれ。

 とりあえずこちらのペースには持ち込めた。


 ついでに、もう話題は流れてしまったが、体力のパラメータを上げるために筋トレは必要という言質も取れた。


 明確に「認める」とは言っていなかったが、「筋は通る」と認めたのだから、その話題に戻さなければこっちのものである。


 言質らしきものは取れたのだから、もう絶対に蒸し返させない。


 俺は伊達や酔狂ではなく、話題を変えるために全力でふざけているのだ。


 更に言えば、今問題とされているのはガイドブックの情報が流出した件であり、「原作」で悪役令嬢が普段何をしているのか一切不明という点は否定されていない。


 こちらがダメージを食らいそうな暴露をせざるを得なかったが。

 その分、核心的な部分では要求がどんどん通っていることになる。



 クロスがキレた瞬間に全てはご破算になるが、お笑い番組・・・・・のノリで攻めれば、怒りを露わにするところまでは到達しにくいはずだ。


 物語の神であるクロスは、ボケにはツッコミという物語・・のお約束を、律儀に守ってくれているようであり、今のところはコントロールが効いている。


 俺に「常識インストール」をしたままだったのは失敗だったな。

 と、俺に要らない知識を与えて墓穴を掘った神様に対し、内心でほくそ笑む。


 今のところは順調だがしかし。

 匙加減を誤れば全てご破算だ。


 ここから先は、より一層慎重に煽らなくてはいけないだろう。


 まあ、ともあれ。

 今のところ、いくつか想定していた流れの一つに沿って話は進んでいることになる。






 昨日の晩、俺は思ったのだ。


 この世界の全て。

 裏事情から裏設定までの本当に全部が書かれている公式ガイドブックアカシックレコードが機密文書なのは間違いないし、こんなものを読んだ以上、速攻で記憶を消されても仕方がない……。


 それでも、俺の命に代えても、リーゼロッテとエールハルトのために打開策を残すんじゃい。と。


 徹夜で謎のテンションになっていた俺だが。

 今朝目が覚めて、その覚悟は必要なかったことに気がつく。



 今の俺は、一部とはいえ乙女ゲームをクリア済みなのだ。

 それにリーゼロッテは元々、ガイドブックに書いてある内容の大半を知っていただろう。

 今更俺がこの世界の顛末を知ったところで、何が問題だと言うのか。


 最悪の場合でも、これで世界丸ごとリセットとはならないはずだ。


 記憶がリセットされるのは俺だけで済むし。

 もっと言えば、ガイドブックに対する記憶だけで済むかもしれない。


 元々俺たちは世界を巻き込んでのリセットか、記憶の消去か。その二択を迫られる立場であり、今もクロスの腹積もり一つで全てを失う可能性があるのだ。


 であれば、ガイドブックの知識を利用して、多少そのリスクが高まるくらい何だと言うのだ。



 そもそも公式ガイドブックを読んだことが原因で、今ここで俺の記憶が消されたとして。

 今からする提案内容プランさえクロスに認めさせてしまえば、後はリーゼロッテがそれを実行するだけでもいい。


 例え俺の記憶が消えようとも、この状況自体はそれで切り抜けられることになる。結果としてはこちらの勝ちだ。



 分かったか? 今回も、こっちは最初から自爆狙いなんだよ!

 そう思いながら、俺は焦るクロスの顔を正面から見据えた。



 同じ人間から、三日と開けずに二度目の自爆特攻を食らうなどと……例え神様でも想像できまい。


 残念だが。俺はこの命ある限り、何度でも自爆するぞ。

 これはスラム街ではお馴染みの交渉術なんだ。



 さあ、神様。世紀末ってやつを見せてやるよ!






 ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 「世紀末」とは何か。


 辞書的には、「時代が終わり、王朝や政権が交代する時。移行時に多くの混乱と犠牲が出ることから。前の時代で築き上げてきた物が倒壊し、人々が阿鼻叫喚するような状態」という意味である。


 平たく言えば「世も末」又は「地獄のような状態」を指す。

 この言葉には退廃的(道徳や健全な気風が崩れること)という意味も含んでいる。


 つまり世紀末式交渉術とは、「平和な世の中では絶対にあり得ない、非常に不健全で過激な内容を含む交渉」を行うためのマニュアルである。


 例えば貧民街に用があるとき、例えば紛争地域に用があるとき。身近なところで言えば街の路地裏を通るとき。一歩足を踏み入れれば、そこは末法の世。


 このような治安の悪い地域に赴くとき、この交渉術を体得していた者は皆命を拾うという。


 民明書房「世界の路地裏の歩き方」より抜粋(大嘘)

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