第八話 世渡りと追加の爆弾
いやー、こんな簡単に稼げるなんて、人生ちょろいっすわー。
と、目の前に置かれた、金貨がパンっパンに詰まった革袋を見て、俺は人生をなめ腐っていた。
まさか国王様が「東方の武神」と呼ばれるほどの武闘派で、齢40にして最強かつ現役バリバリの騎士だとは知らなかった。
貧弱だった王子様が、脳みそまで筋肉になって帰ってきたことで、いたくお嬢様を気に入ったのだとか。
「気に入るポイントがおかしいけど、好みは人それぞれか」
お嬢様が殿下と仲良くなるどころか、国王陛下まで大歓喜で結婚ウェルカムだなどと、誰が予想できただろう。
王宮では「あんな令嬢は殿下に相応しくない」とか何とか、役人どもが喚いたそうだが――
「気弱なアイツには、むしろそれぐらいが丁度いい」
の一言で黙らせるカリスマ性。普通の王にはできませんよ。
国王陛下、バンザイ!
そんなこんなで、予想もし得ない最高評価をもぎ取り、旦那様も奥様もご満悦。
俺は昼食前に呼び出され、今しがた、給料一年分ものボーナスをポンと払ってもらったのだ。
「ん? おい、アラン。なんだこりゃ?」
「さっきな、この間の顔合わせで頑張ったボーナスをもらったんだよ」
男子寮の食堂で隣に座ってきたアルヴィンが、俺のテーブルに置かれた袋を指して聞く。
「袋いっぱいの銀貨なんて貰えたら、暫くリッチな生活ができるな」
「いや、違うんだよ」
「は? まさかこの中身って銅貨なのか?」
普通はそう考えるだろう。
だが、逆だ。
袋の中には金貨が50枚ほど入っている。
「全部、金貨だ」
「……え、マジ?」
「マジだよ。ほら」
革袋の口を少し開けると、零れんばかりの金貨が顔を覗かせ、窓から差し込む太陽の光に反射して、キラリと光った。
働き始める前。使用人の年収は金貨80枚くらいだが、税が引かれると50枚前後になるという説明があった。
だからこれは、ちょうど年収1年分くらいの賞与だ。
寮の家賃、食費、その他の雑費は公爵家持ちだから、金の貯まり具合はいいのだが、生活する上で何かと金は使う。
この金額を貯めるとしたら3年ほどかかるだろうか。
「すげえ額のボーナスだな」
「命と引き換えに得た金だからな」
まあ、お調子者のアルヴィンでも、目の前に出されたら一瞬言葉に詰まるくらいの金額だ。
「使用人全員に金一封は配るそうだけど、そっちの金額はお察しだろ? 次の休みに飯くらい奢ってやるよ」
「お、本当か? おーいみんな! アランが飯奢ってくれるってよ!」
うぇーいと、食堂中から野太い歓声が上がる。
タダで飲み食いができるとあって、すごい声量だ。
庭を剪定するときだけ働きに来るような、日雇いの使用人もいるので正確な数は把握していないが、この場にいる使用人を全員合わせると三十人くらいになるか。
「結構かかりそうだな。……って、ちょっと待て。え? 全員に奢るのか?」
「世渡りってやつだよ。大金貰ったことなんか、すぐにバレんだからさ」
俺が突然の事態に驚いていると、アルヴィンは俺の耳元に口を寄せて囁く。
「先輩方からカツアゲなんて、されたくないだろ?」
「う、そりゃまあ、確かに」
俺が元締めの親分を始めとした、スラムの連中から習った世渡りのやり方。
通称「世紀末式世渡り術」では、カツアゲしにきたチンピラを
多分そっちの方が異質なのだろう。
「ほどほどにバラまいて、後は適当にぜいたく品でも買っとけよ。それで殆どの金を使い果たしたってことにして……残りの金はこっそり銀行にぶち込むんだ。欲しい物がなけりゃ、換金しやすい物がお勧めだな」
なるほど、余計な角が立たないように治めるという処世術もあるらしい。
「アルヴィン……お前はそんなところばかりしっかりしてるよな」
「人間関係は何より大事だよ、どんな職場でもな」
確かにあの場では他の男性使用人一同も命を張っていたし、俺一人だけがいい思いをしたら後が怖い。
「仕方ない。多少の散財は我慢するか」
ということで、俺は椅子の上に右足を載せつつ、革袋を掲げて声を張り上げた。
「よーし、じゃあパーっと使っちまうか!」
「っしゃあ!」
「よっ、いいぞーアラン」
「久々の男子会だ。豪遊しようぜ!」
豪遊。どうせあぶく銭だし、それもいいかもしれない。
物心ついたときから極貧生活を強いられていたのだから、一回くらい派手に使ってもバチは当たらないだろう。
「せっかくだから街に行こう!」
「じゃあ俺くじ作るわ。外れた奴は居残りな」
「晩飯にするなら、どこかで遊んでから行くか?」
「それいいな」
さあどこで遊ぼうか、とワイワイ話し始めたタイミングで、食堂の入口からひょっこりと、執事服を着た男性が現れた。
「ん? お前たち何を騒いで……ああ、探したぞアラン」
先輩執事のケリーさんが、足早に俺の方へ駆け寄ってきた。
普段は奥様付きになっているため、お嬢様付きの俺とは接点があまりないのだが、何の用だろうか。
「旦那様と奥様がお呼びだ」
「え?」
何だろう? ついさっき褒美をいただいたばかりなのに、数十分も経たないうちにまた呼び出しとは。
◇
大金を手に入れて、浮かれ気分の俺が甘かった。
何の心構えもせずに、ノコノコと赴いた俺を待っていたのは。
「今週末にリーゼを連れて陛下へ目通りをする。君は従者として一緒に来てくれ」
という特大の爆弾だった。
「殿下と面識ができたのでしょう? 陛下はアランのことも気にかけてくださっているそうよ」
「友人になってくれたお礼も兼ねて、是非話がしたいと仰っていたね」
親として息子の友人になったのが、どんな奴か気になるって?
いやいや、嘘だろ。
嘘だと言ってくれ。
たった一日。お嬢様のオマケで話をしただけで、国王陛下が面会したがるほど友達がいなかったのか、殿下……!
不憫すぎて、不覚にも泣けてきた。
次はもっと殿下にも優しくしてあげたい。俺の命に別条がない範囲で。
「あ、しかし私のマナー研修は、基礎までしか進んでおりません」
「そこは大丈夫よ。陛下は大らかな方だから」
「そうだね、少し講習をしてもらえば問題はないだろう」
さっきまでカツアゲがどうこう話し合っていた男が、王城に行って大丈夫なのか?
と、俺が不安に思っていれば、旦那様はにっこりと微笑みながら言う。
「病み上がりのエドワードには荷が重いから、手配は先輩たちに頼むんだ。……当日は他の貴族たちの前で陛下に謁見するけど、当家の評判に関わることだからよろしく頼むよ」
金髪オールバックの公爵は、爽やかな笑顔のまま追加の爆弾を放り込んできた。
「な!? 旦那様、それは……!」
だが俺が抗議の声を挙げることなど予測済みだったのだろう。
公爵夫妻は満面の微笑みで――非常にいい笑顔で――揃って右手を上げながら、爽やかに告げた。
「じゃあ頼んだよ、アラン!」
「お願いね、アラン!」
この二人からゴリ押しされては、断れるわけがない。
上司の命令に逆らえるはずもなく、俺は諦めて首を縦に振った。
毎度の如く、部屋を出てから数秒後。己がとんでもない状況に放り込まれたと知った俺は、一人で戦慄していた。
「……えっと、俺、貴族が
皆の前で陛下とおしゃべり?
うっそだろオイ。
何だよそれ。
「殿下の襲来ですら、ただの前座でしかなかったというのか……!?」
むしろ苦難のレベルが上がっているところを見て、俺の胃が、少し痛み始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます