86、知らないキスマーク


 剥不はがれずさんが帰っていったあとすぐ、二葉先輩は目を覚ました。


「うーん」


 大きく伸びをすると、二葉先輩はむくりと起き上がった。服は外に出た時の格好のままだった。


「あ、ナルくん」


 目の辺りをコシコシとこすると、先輩は嬉しそうに微笑んだ。


「おはよー」


「……おはようございます」


「今、何時?」


「もう夜の7時です」


「……あれ、わたし何してたんだっけ?」


 寝起きの先輩は、あまり覚えていないようだった。


 彼女は悩んだように首をひねった。


「確か、お肉を買いに行ったような気がする」


「買いましたよ」


 肉のパックを出すと、二葉先輩は嬉しそうに手を叩いた。


「わ、正夢だった」


「焼き芋食べたことは覚えてます?」


「あ、ちょっと思い出しきた」


「剥不さんから薬をもらったことは……?」


「そうだそうだ。それでめちゃくちゃお腹空いたんだ」


「……そこからは」


「うーん」


 二葉先輩は、腕を組んで、首をかしげた。


「あんまり思い出せない」


「……ま。あんまり思い出さなくて良いこともあります。さ、すき焼きにしましょ

う。まだ、お腹は空いていますか?」


「うん、空いてる!」


 ニッコリと笑った先輩は立ち上がろうとした。だが、俺の首元に目を止めると、彼女はギョッと目を見開いた。


「それ、どうしたの」


「え」


「首の……キスマーク……」


 自分が付けた噛み跡に顔を近づけて、彼女はわなわなと口を震わせていた。


「あれ。ナルくん、今まで、何してたの」


「二葉先輩を探しに行っていたんですよ」


「え。でも……首に」


 ハッと息をのんだ。


「私の知らない……キスマーク」


 途端に、二葉先輩はブワッと涙目になった。


「もしかして……ナルくん……浮気……した……?」


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