85、二葉ちゃんビーストモード


 よりによって、こんな時に二葉先輩を見失なってしまった。お腹が空いているから、何にでも噛み付く野良犬みたいな状態なのに。


「は、剥不はがれずさん。どうしましょう? 探さなきゃ……」


「ちょうど良いかもしれない」


「何もちょうど良くないですよ。これ、二葉先輩が違うところに出てくることだってありますよね……?」


「そろそろ暗くなってくる」


「やばいやばいやばい」


 10分近く待っていても、二葉先輩が現れることはなかった。


「確かに、これは、別の場所に出現している可能性」


 剥不さんがアゴに手を当てながら、うーんと考え込んだ。


「二葉……先輩」


 消失時間が少し長い。

 ひょっとすると、二葉先輩が出現しているかもしれない。


 そうなると、街中にお腹を空かせた二葉先輩がいることになる。


「まさか、誰かに噛み付いていたりしませんよね?」


「ひょっとすると」


「おおう……」


 さらに10分待っても、二葉先輩は現れなかった。


 これは、本格的にまずいかもしれない。


「……俺、ちょっと探しに行ってきます」


「どこに?」


「どこでも。ジッとしていられません」


「むやみに探しても仕方がない。ちょうど、確認したいことがあった」


 剥不さんはそう言って、キョロキョロと辺りを見回した。


「さっきの布団は?」


「あれ……家のコタツのやつです」


「あれも、どこかに行ってしまった」


 確かにコタツ布団も姿が見当たらない。


「でも二葉先輩が、手に持っていたものは移動するんですよね。別に不思議なことじゃないですよ」


「それがずっと気になっていた。何かのルールのように思えるけれど、規則性がない」


「コタツ布団なんて、どうでも良いです。問題は……」


「問題は、三船二葉が触れた物体が、消失現象に巻き込まれていると言うこと」


 剥不さんは俺の言葉を、さえぎっていて言った。


「もしかしたら、今ごろ家に戻っているかもしれない」


「家?」


「コタツだから」


「どう言うことですか?」


「トランプが山札に戻ったのと同じ。あるべき場所に戻ると言うこと」


 時折、剥不さんは俺の理解とは程遠いことを話す。鷺ノ宮は「剥不さんはイカれてるから」と言っていたが、その真意は聞いても分からない。


 剥不さんはゆっくりと立ち上がった。


「君の家へ行こう」


「離れて大丈夫なんですか」


「大丈夫。万が一現れても、変態の一人や二人、噛み倒すことができる」


「えぇ……」


 二葉先輩が噛まれたあとは、まだちょっとヒリヒリと痛んでいた。


「それって俺も危なかったんじゃ……」


「問題ない」


「結構、痛いんですが」


「三船二葉は、君のことが好きだから。猫が本気で飼い主を噛まないのと一緒」


「……なんか恥ずかしくなってきました」


「とても良いこと」


 剥不さんと俺は、家までの道を帰っていった。道中、お腹を空かせた女子高生が現れたと言う騒ぎは起きていなかった。


 家の鍵を開ける。


「邪魔する」


 リビングへと入っていくと、コタツ布団が転がっていた。それにくるまって芋虫みたいになって、二葉先輩はスヤスヤと気持ち良さそうに眠っていた。


「うーん、むにゃむにゃ」


「……あぁ良かった」


「河原で消失して、家で出現したと言うこと」


 剥不さんがその頬をツンと叩くと、先輩は「お腹が空いたよう」と寝言をらした。


「そして疲れて、眠っている」


「何がなんだか分からなくなってきました」


「私は、少し、分かってきた」



「今度、分かりやすく説明してください」


「努力する」


 剥不さんは、二葉先輩の寝顔を2、3度つねった後、


「じゃ、私はこれで」


 と満足したように帰っていった。

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