118、ずっと待っていた
待っていた、二葉は消える前にそう言った。
彼女は何を待っていたのだろう。残された足元のノートを拾う。デカデカと赤い文字が、表紙に描いてある。
「絶対盗み見禁止……」
彼女が大事に保管していた運命タロットノートは、この3ヶ月で少し色落ちしていた。
ページを開く。
悪いと思いつつも、そうしない訳にはいかなかった。彼女が何に気が付いたのか、知りたいと思った。
貼り付けた写真で、ノートはやや重い。
写真の下に、小さなメモ書きが書かれている。彼女が感じていた気持ちが、丁寧な字でつづられている。
「なんだ……ほとんど食べ物ことばっかじゃないか」
今日食べた焼肉が美味しかったとか、あそこのクレープは甘くて最高だったとか、写真に添えられた文章は、大半がご飯のことで占められていた。
後はほとんど俺の写真だった。
いつの間に撮ったのか、寝顔の写真もある。
遊園地の写真も、家で撮った写真も。ホテルで撮った写真も。
この辺りは読むのも恥ずかしい。急ぎ足でページをめくり、読み進めていく。
どれも幸福な言葉ばかりだった。
写真の空白に目をやると、笑顔の彼女が浮かび上がるようだった。
秘密にするようなことは何もなかった。ただ素直な感情だけが、描かれている。素直すぎて恥ずかしいという気持ちは分かる。引き出しの奥にしまっておく、日記と同じだ。
最後まで読み終わり、確信する。
ここに手がかりはない。
冊子を閉じると、裏表紙のサインが目に入った。
「あれ?」
何かが引っかかる。
頭の奥を、チクリと刺激されたような感覚。
「何かが……」
おかしい。
どうしておかしいと思ったのか。
描かれていることも、単なる日記。彼女の消失に関わる、核心にいたる部分は何もない。
でも二葉は「分かった」と言った。
ずっと待っていたんだ、と言った。
再びノートを開こうとする。乾いた北風が吹いて、ページがパラパラと音を立てる。
ノートの中の時間が、巻き戻っていく。パタンと表紙まで戻っていく。
「そうか」
おかしいのは、中身じゃない。
このノートがここにあること自体が、説明がつかない。
【三船二葉が手に持っているものは、消失後に移動している】
何度か見せてもらった剥不さんの仮説。
トランプの時、カードはその場ではなく、山札の中に入っていた。
彼女が抱いていたコタツ布団は、家の中に戻っていた。
だったとしたら、ノートも移動していないといけない。さっきまで、彼女が握っていたのだから。あるとしたら、彼女の家か俺の家だ。
じゃあ、なんでこのノートは足元に残されていたんだ。
「まだ、消失現象は終わっていない……」
その可能性はある。
二葉の痕跡は、完全に消えた訳ではない。そして、彼女が消えた後も残り続けるこのノートは、何かの手がかりになる。
「確かめないと」
天に伸びるアンテナに目をやる。剥不さんなら、もっと真実に近づけるかもしれない。
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