57、かくしごと


 授業が終わった放課後、俺はまっすぐに屋上へと向かっていた。扉を開けると、いつになく真面目な顔をした鷺ノ宮と剥不はがれずさんがいた。


 二葉先輩はいない。

 おそらくもう、家に帰っている時間だ。


 剥不さんがノートパソコンを操作する手を止めて、顔をあげた。


「データ、見た」


「……どうでした」


「君の、想像通り」


 剥不さんは画面をくるりと回転させて、俺に向けた。


 曲線を描いた二本のグラフ。

 赤と青の線は、それぞれ真反対の方向に進んでいた。


「この赤いグラフが、恒星Nによって引き起こされる、電磁波の強さを現したもの」


「じゃあ、この青い方は」


「君が、提出してくれた、三船二葉の消失データ」


 月日が経つごとに、赤いグラフの値は少なくなり、青いグラフの値は大きくなっている。


「これが示すことは……」


 剥不さんはジッと俺の顔を見た。


「三船二葉の消失時間は、恒星Nの電磁波の大小と連動している」


 彼女は淡々とした口調で言った。


「そして、電磁波の影響が小さくなるに連れて、三船二葉の消失時間は増えている。グラフどおりに行くと、電磁波の値がゼロになった時……」


 剥不さんは、珍しく言葉を止めた。


 改めて、口を開いた彼女は、いつもより自信なさげな口調だった。


「三船二葉が、完全に消失する………………

……可能性がある」


 いやいやバカ言っているんじゃないですよ。


 そんな言葉を言おうとした。でも口から出てきたのは、自分でも驚くほど震えた声だった。


「どうして」


 どうしてこんなことになっているんだ?


「言っていることが良く分からないです。だって電磁波の影響は、この前がピークだって」


「私にも、分からない。けれど、電磁波の影響が小さくなるにつれて、消失時間が長くなっていることは確か」


「そのグラフ、本当なんですか」


「間違えない。このアンテナだけは特注だから、データは信用できる」


 剥不さんは、グラフの終わりの部分を指差した。


「電磁波の影響が消えるのは、年末から年明けにかけて」


「年明け……」


 そこまでの日数を数えてみる。

 あまりに短かった。


「信じられないです」


「現に、消失は起こっている。ふと消えて、もう戻らない瞬間がいつか訪れるかもしれない。以前、説明したところのパターン2の曖昧な存在ファジープレゼンス


「戻らない……?」


「1つの可能性として」


「言ってることが……良く……」


「……確かにちょっと突拍子も無さすぎます、剥不部長」


 鷺ノ宮がなだめるような口調で口を挟んだ。


「これはただの推測ですし。人が消失するなんて、やっぱりおかしいですって。結論付けるには早すぎるというか……」


「違うんだ。悪い、鷺ノ宮」


「……鐘白」


 鷺ノ宮の言葉を頭から振り落とす。

 同情してくれるのは嬉しいけれど、欲しい言葉はそれじゃない。


「……ただ、教えてほしいだけなんだ。本当に、剥不さんは突拍子とっぴょうしもない妄想を言っているのか、違うのか」


「それは……」


「ちゃんと教えて欲しい」


 鷺ノ宮と目が合う。

 彼は自分の唇をみ締めると、あきらめたように言った。


「悪い。下手なこと言って。俺も少なからず合っていると思う。剥不部長は、ずっとこの消失現象を追ってきた。この人は天才だし、つまらない嘘はつかない」


「……分かった。ありがとう」


「ごめんな」


「謝ることじゃないよ」


 誰かが悪いわけではない。


 むしろ、俺は彼らに出会えたことを感謝するべきだ。俺だけだったら、ただ慌てることしかできなかっただろうから。


「剥不さん、頼みがあります」


「む」


「俺と一緒に、二葉先輩の消失を止める方法を探してくれませんか」


 剥不さんは下を向いて、言った。


「なんとか、やってみる。がんばる」


 ゆっくりとうなずいた剥不さんは、今度は、俺に問いかけた。


「君はどうする?」


「俺は……」


「三船二葉に、この事を伝える?」


 そう問われて、考える。


 二葉先輩はどんな反応をするだろうか。

 彼女は自分の消失が長くなっていることに、おそらく気が付いていない。


「……言わない方が良いと思います」


 せめて、原因が分かってからにしよう。

 無駄に不安にさせるのは嫌だし。知らないうちに解決してしまった方が、良いに決まっている。


「それも、一つの選択」 


 剥不さんは、それ以上何も言わなかった。

 不意に吹いた木枯こがらしは、肌に触れると痛いくらいに、乾いていた。

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