48、寝るときも一緒ってこと?

 寝不足の身体を起こす。


 そろそろ起きないと、休日だからと言って流石に寝すぎだ。隣で寝ていたはずの鷺ノ宮は、いつの間にかいなかった。


 先に起きたのだろうか。


 そう思い、リビングに出た時、信じられないものが目に飛び込んできた。


「……え?」


 部屋を取り囲むいくつものカメラ。

 観葉植物の脇、玄関へと繋がる廊下、キッチンの冷蔵庫の上、果てには天井のライトの横からレンズがのぞいている。


「これは一体……」


 まるでスタジオか何かだ。

 いつの間に我が家は、オープンセットと化したのだろうか。


「おはよー、ナルくん」


 パジャマ姿の二葉先輩が、部屋から出てくる。やはり彼女も寝不足そうで、寝癖がピョンピョンと跳ねている。


剥不はがれずちゃん見なかった?」


「いないんですか?」


「いないー。ていうか何これ? まさかカメラじゃないよねぇ?」


「カメラです」


 考えられることは一つしかない。

 ガサガサという物音が風呂場の方から聞こえてくる。不思議そうな顔をした二葉先輩と一緒に見に行く。


 風呂場には、脚立きゃたつを支える鷺ノ宮と、その上でカメラを取り付ける剥不さんがいた。


「ちょっと、何やってるんですか」


「おや、起きたか」


「おや、じゃないですよ。どういうことか説明してもらいます」


「すまん、鐘白」


 鷺ノ宮が申し訳なさそうに口を開く。


「俺は止めたんだが」


「お前に剥不さんを止める力がないのは、十分に分かった。剥不さん聞いてます?」


「待て待て。もうちょっとで終わる」


「終わっちゃ困るんですよ。ここは俺の家であって、ドラマのセットじゃないんですよ」


「知っている。あくまで三船二葉の観察のため」


 脚立から降りた剥不さんは、フゥと汗を拭った。


「あとは、トイレと寝室」


「……えぇ、トイレにもカメラ?」


 二葉先輩が慌てて言った。


「し、寝室も? ていうか脱衣所も?」


「消失時間を測りたい。いつ消失するか分からない以上、設置箇所は多い方が有効」


「ま、丸見えだぁ……」


 くらりと先輩が頭を抱える。


「めまいがしてきた」


「……つまり、二葉先輩がいつ消えるかを観察するために、カメラを設置したと」


「私もずっとこの家にいるわけにはいかない。三船二葉は写真にも動画に残らないゆえ、24時間体制で監視する。鷺ノ宮助手が玄関。私がプライベートスペース」


「工事の差し止めを求めます」


 そんな家では暮らしていけない。俺たちは重犯罪者か。


「人権というものがあります」


「でも、観察したい」


「……俺がいますから。先輩が消失したら、時間を測れば良いんですよね。じゃあ、カメラがなくたってできます」


「うぅむ」


「即刻、外してください。じゃなきゃカメラを破壊することも……やむを得ないです」


 交戦の構えを見せると、剥不さんはようやく諦めてくれたようだった。


「了承。でも、三船二葉の観察は詳細に続けてもらいたい。24時間、欠かさず」


「それが条件なら、分かりました」


「契約成立」


 そう言うと、剥不さんはしぶしぶ撤去作業に取り掛かった。


 次から次へと現れるカメラは、ポスターの裏に隠されたものなど、巧妙に隠蔽いんペいされているものもあった。後で自分でもちゃんと探したほうが良さそうだ。


 ホッと胸をなで下ろしていると、


「ね、ナルくん」


 先輩が俺の服のそでをギュッと掴んだ。


「じゃあナルくんが、私の観察するってこと?」


「そうなっちゃいましたね。この家にいる以上、消えたら気がつきますよ」


「そ、それってさ」


 彼女は小さな声でささやいた。


「……ね、寝るときも、一緒にいるってこと?」


 彼女は上目遣いで俺を見て、ギュッと手に力を入れた。


 身体の内から得体の知れない感情が、ふつふつとき上がってくる。


「当然」


 大量のカメラを抱えた剥不さんが、コクリとうなずいた。


 二葉先輩は恥ずかしそうに顔をふせた。


 

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