36、今日の記念



 先輩がお風呂に入っている間に、掃除を終えた俺は、次に晩御飯の準備に取りかかることにした。


「良かった。豆腐とひき肉がある」


 買い物に行っている暇はないし、今ある材料で手っ取り早く作れそうな、麻婆豆腐にすることにした。


 サッとひき肉を炒めて、冷蔵庫に残っていたネギを刻んで入れる。豆板醤と鷹の爪で辛味をつけて、豆腐を入れればほぼ完成だ。


 あとは白いご飯があれば十分だろう。


「こんなもんか」


 出来上がった料理を見て、一人うなずく。


 出来は悪くない。


 先輩はまだお風呂に入っていた。シャワーの流れる音がかすかに聞こえてくる。


 特にやることもなくなったので、ソファに座って、スマホをポケットから取り出す。


 ちらっと扉の方を振り返って、誰もいないことを確認して、写真を開く。


 デートの写真を見て、にやける顔をむざむざ見せるわけにはいかない。


 先輩が撮ったので、ほとんどが俺の写真だった。そこはスルーする。


 二人で観覧車で撮った写真を、もう一度見たかった。そこまでスクロールする。


「……あれ?」


 言葉を失う。


 寝ぼけているのか。


 並ぶ写真を見て、頭が真っ白になった。自分の目が信じられない。


「……これ……」


 写真の中に、


 二人で撮ったはずの、写真のどこにも彼女の姿が存在しない。


 確かに、見たのに。


 なぜか俺だけしかいない。

 そこに彼女がいたことは間違い無いのに、初めからいなかったみたいに、観覧車のボロいシートが写り込んでいる。


 ツーショットがどこにもない。いくらなんでも、変だ。


 頭をよぎったのは、前に屋上で聞いた剥不さんの言葉だった。


『三船二葉は、消えやすい体質?』


 冗談……のはず。

 そんなアホみたいな体質の人間なんて、いるはずがない。


 何かの間違いだ。


「……先輩、遅いな」


 シャワーの音はずっと鳴り続けている。しゃあしゃあと言う水が打ち付ける音は、一向に鳴り止まない。


 なんか……長い。掃除をして、料理をして、1時間近くは経っている。流石に長すぎる気がする。


 それで、さらに不安がき立てられる。


 嫌な予感が膨らんでいく。


 写真の中の、二葉先輩は消えている。

 今、二葉先輩はちゃんとそこにいるのだろうか。


「いやいや。そんなバカな」


 口では言ってみたものの、いてもたってもいられず、俺は風呂場に近づいた。シャワーの音はずっと変わらない。


 おそらく、水がずっと流れっぱなしになっている。


「先輩? 二葉先輩……?」


 扉の前に立って、呼びかけても、返事はなかった。

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