23、一緒に写真を撮った



「鐘白がしばれって言ったからやりました」


 鷺ノ宮の告白に、二葉先輩の表情が凍りつく。


 どうやら鷺ノ宮は俺をかばうことよりも、自分の保身ほしんに走ったようだった。小一時間前まで友達ヅラしていたのに。


「ちょっと待て、鷺ノ宮。そもそも、本当に縛る奴が悪いだろ」


「えー、せっかく縛ってやったのに」


「その言い方が誤解を……」


「……ナルミくん」


 混乱した先輩が、自分の身体に触って後ずさりしていた。


「二葉先輩、落ち着いてください」


「まさか、こんな人だったなんて……」


 全てが悪い方向に向かっていく。

 

「ひょ、ひょっとして、私に告白したのも縛るため?」


「違います。違います!」


「でも……剥不ちゃんは縛られたって……」


 二葉先輩がキュッと自分の唇を噛む。目も少し潤んでいる。


「は、初めての彼氏なのに……」


 まずい。このままだと全部台無しになる。

 早く誤解を解かないといけない。


 何とかしないと。


「よいしょ」


 視界の隅で剥不はがれずさんが動いた。

 ぼきぼきっと関節を外すと、軟体動物のようにぬるりと鎖から抜け出た。


「脱出」


 剥不さんは何事もなかったように、立ち上がった。


「え」


 それを見て、二葉先輩はパッと泣き止んだ。


「な、何で?」


「縄抜けは得意」


「ど、どうして巻かれたままだったの?」


「何となく」


「えぇ……」


 真の変態が正体を表した。

 二葉先輩は、それ以上何も言わなかった。


「あのですね、二葉さん」


 唖然あぜんとする彼女に、ようやく鷺ノ宮が、ちゃんと説明をしてくれる。


「二葉さんに告白するから、鐘白に時間稼ぎしてくれって頼まれただけなんです」


「……あー……」


「それで俺が鎖を使って」


「そこは理解に苦しむけど……」


「日常茶飯事なんです」


「何それ……最初っからそう言ってよ。ばかぁ」


 先輩は頬を膨らませて、俺の腕をギュッとつねった。痛い。


「……変な勘違いしちゃった」


「俺も……時間を返して欲しいです。何なんだこの人たち……」


「さて、本題」


 ゴホンと咳払いをして、剥不さんが再び口を開いた。


「聞きたいこと」


「そ、そうだったね。なぁに?」


「この写真」


 剥不さんは白衣のポケットから、スマホを取り出した。ケースも何もつけていないボロボロのスマホは、画面にヒビが入っていた。


 剥不さんは一枚の写真を表示させた。


「実験用の機材を記録したもの」


 その写真は、この屋上を写していた。


「この写真がどうかしたんですか?」


「画面左端。給水塔の方」


 剥不さんが指差した場所に、目をやる。


「……これ、俺っすよ」


「ナルミくんだねぇ」


 そこには何とまぁマヌケ面で、焼きそばパンを頬張る俺がいた。逆に言えば、それ以外には何も無い。


「あれ?」


 写真を見ていた二葉先輩が、首を傾げた。


「この写真、おかしいね」


「そうですか……?」


「だって、私がいないもん」


「あ、本当だ」


「私の定位置は、ナルミくんの右隣だもんね。映っていないのはおかしいよ」


「そう」


 剥不さんがうなずいた。


「三船二葉の姿が、ない」


「どうしてだろう? トイレ行ってたのかな?」


「この時は、行ってない。記憶している」


「じゃあ……」


「例えば、仮説」


 剥不さんは、大真面目な口調で言った。


「三船二葉は、写真に映らない」


 その言葉に、二葉先輩は少し沈黙したあと、「オカルトだねぇ」と肩をすくめた。


「そんなこと言われたってさ」


「つまり、三船二葉は、そういう体質の人間? 突然消えたりとかする?」


「そんなことある訳ないじゃん。カメラが壊れてるんだよ、きっと」


 剥不さんの言葉に首を横に振ると、先輩は俺に手を差し出した。


「ナルミくん。ちょっとスマホ貸して」


 スマホを渡すと、彼女はカメラを起動させた。


「よいしょ」


 座る位置をずらすと、二葉先輩は顔を近づけてきた。


「先輩……?」


 頬と頬が触れる。

 頭が真っ白になる。


「な、ナルミくん」


 申し訳なさそうに、彼女は俺の耳元で囁いた。


「さ、さっきはごめんね。疑ったりして」


「あ……はい」


「はい。チーズ」


 自撮りモードにしたスマホの、シャッターが切られる。


 撮った写真を見た先輩は、それを剥不さんに手渡した。


「ほらね。ちゃんと映ってるよ」


 スマホを見た剥不さんが、眉をひそめる。


「ね」


「本当だ」


 鷺ノ宮と剥不さんが目を合わせる。


「……剥不部長」


「ん」


「勘違いですよ」


「……残念」


 しおらしくなった剥不さんは、コクリとうなずいた。


「しかし」


 鷺ノ宮が、改めて写真を見て頬をゆるませた。


「良い写真だなぁ」


 鷺ノ宮が楽しそうにクスクスと笑った。


 ……余計なお世話だ。

 鷺ノ宮からスマホを受け取る。


 画面を見て、途端に恥ずかしくなった。


 俺も二葉先輩も、写真の中でぎこちない笑みを浮かべている。そして見ていられないくらい、顔が赤くなっていた。


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