10、膝まくら



 再び雷が鳴った。

 さっきよりも大分大きく、近かった。その音に二葉先輩はピクリとも反応しなかった。


「先輩?」


 呼びかけても、顔を上げない。

 雨の落ちる音に混じって、スースーという穏やかな寝息が聞こえてきた。


「……寝てる」


 俺の膝の上で、二葉先輩は眠っていた。怖がり疲れたのだろうか。起こすのは野暮やぼだ。


 雨の音と寝息の音、それから時折落ちる雷の音。アンバランスな三重奏に囲まれて、俺はぼんやりと空を見上げた。


 お腹のあたりがぽうっと温かい。二葉先輩との距離に慣れていくにつれて、どんどん温かさを増していく。


 ずっと、こうしていたい。


「あったかい……」


 二葉先輩と同じ言葉を呟く。


 人の体温ってこんなに温かいんだ。まだ一ヶ月も経っていないのに。ただ屋上で一緒にお昼ご飯を食べていただけなのに。


 この人といると、自分がおかしくなっていくみたいだ。


「好きです、二葉先輩」


 さっき言うはずだった言葉を、今言う。


 モヤモヤしたピンク色の毒の正体が、見えてくる。


 どうも、俺はとっくにこの人にれていたみたいだ。


 この毒は、恋の毒だ。


 そう理解すると、だんだんと眠気がやってくる。凍えた冬に、温かいココアを飲んだ時のような、じんわりとした温かさが身体に広がってくる。


 雨の音を聞いていた。

 ポツポツと弾ける水滴の音は、不規則に耳の奥に響く。ポチャンと、火照った身体を冷やしていく。


 ……いつの間にか、眠りに落ちていた。誰かがすぐそこにいることが、こんなにも心地良い。


 眠りはかなり深かった。


「寝ぼすけ」


 その声でパッと目を覚ますと、もう雨も雷もやんでいた。


「人のひざの上でグースカグースカ……」


 目の前には二葉先輩がいた。


 慌てて身体を起こすと、正座をした先輩はぷうっと頬を膨らませていた。


「ずっと起きないから、心配したよ」


「……えっ、あれっ?」


「もうとっくに雨は上がったし」


 顔をのぞかせた太陽が、水たまりに光を反射させている。


「俺……寝てたんですか?」


「うん。気持ちよさそうに、ずっと。もう五時限目の終わりだよ」


 先輩がそう言った途端に、チャイムが鳴った。


「ほら六時限目。早く行きなよ。授業でしょ」


「せ、先輩は?」


「私は良いの。ほら、早く!」


 慌てた様子で二葉先輩は俺の背中を押して、扉の方まで送り出した。


「な、なんだかすいませんでした」


「良いの。むしろ私の方こそありがとう」


「え」


「そばにいてくれて……ありがとう。おかげであんまり、怖くなかった」


 先輩は照れ臭そうに、はにかみながら言った。


「また……明日」


「……はい、また明日」


 扉がゆっくりと閉まっていく。


 先輩は手を振りながら、見送ってくれた。後ろには、相変わらずほこりっぽい階段が広がっていた。


 そこで、ようやく気がついた。


「俺、もしかしてずっと先輩に、膝枕されていた……?」

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