9、あったかいなぁ


 言ってしまった。


「えっ」


 二葉先輩は目をまん丸くした。


「え? つ、付き合ってる人?」


「あー……」


 言ってしまった。

 どうしよう。

 思ったことをそのまま口に出してしまった。今から取り消そうにも、もう無理だった。


「えっ……っと」


 彼女が目を伏せる。


「……いないよ、ずっと」


「そうです……か」


「当たり前だよ。私ぼっちって言ったじゃん」


 そりゃそうだ。

 少しだけ安心する。


「な、なんでそんなこと聞くの?」


 口に溜まったつばを飲み込む。


 言ってしまえ。

 もうそこまで、出かかっている。ピンク色の毒が、頭をムシャムシャとむしばんでいる。


「あの、実は」


「じ、実は?」


「先輩……俺」


「えっと。こ、これ、ちょっと……」


 動揺した二葉先輩は、ブルーシートの上に焼きそばパンを落としてしまっていた。手のやり場がないのか、腕がブラブラしている。


 俺を見るその目が、何度もまばたきをしている。


「俺は……」


 もう少し、早く言うべきだった。


 つむぎだそうとした一言は、近くに落ちた雷の音にかき消された。


「ひゃあっ!」


 ドオンという爆音に、二葉先輩が叫び声をあげる。近くに落ちた雷は、視界を白く染めるほどだった。


 気がつくと、二葉先輩の身体は俺のすぐ近くにあった。


「先輩……?」


「か、雷」


 先輩は俺にひしっと抱きつきながら言った。


「怖いの」


 再び、辺りが真っ白に光る。数秒遅れて、ガシャンと雷鳴がとどろく。


「うひぁあ!」


「な、中に入りますか?」


「やだ、動くのも怖い」


「じゃあ……」


「ここにいて、お願い」


 子犬のようにプルプルと、二葉先輩は震えていた。まさか校舎の上に落ちることは無いと思うが、近づいてくる雷は確かに激しさを増していった。


「ひゃっ……!」


 雷が鳴るたびに先輩は肩を震わせた。


「先輩、あの」


 何も言えない。


 こんなにくっつかれてしまっては、出る言葉も出ない。


 呼吸をすると、甘い香りがする。

 背中には二葉先輩の手があって、強く力を入れているのが分かる。

 雷が鳴るたびに、俺の服と二葉先輩の服がれる。


 身体の膨らみが、触れる。


 雷は鳴り止まなかった。


「ご、ごめんね。でも昔からダメなんだ」


「……誰にだって怖いものはありますから」


「ナルミくんがそばにいて良かった」


 はぁと二葉先輩が息を吐く。その吐息が俺のお腹のあたりをくすぐる。じんわりと広がっていく。


 ジッと抱きつかれている内に、昼休みは終わりを告げた。二葉先輩が顔をあげて、小さな声でささやいた。 


「……チャイム鳴ったよ」


「雷が鳴りやむまでは、いますよ」


「でも授業あるでしょ」


「二葉先輩はいつもサボってるじゃ無いですか。俺も一回くらいなら大丈夫です」


「……ありがとう」


 二葉先輩は目を細めて笑った。


「ナルミくん、優しいね」


「よく言われます」


「それは嘘だね、ぼっちのくせに」


「それも良く言われます」


「ふふ」


 彼女は俺の胸の中で、微笑んだ。


「……あったかい」


 独り言のように小さな声で、二葉先輩は言った。


「ナルミくんはあったかいなぁ」

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