うちの空気部、部長

ルーグナー

うちの空気部の部長


空気。

空気を読むってなんだろう。

僕はふと立ち止まって、視点をぼやけさせた。横断歩道に集る人達が急に景色に溶け込んでいく。


ふつう、という言葉を知って、空気を読むという言葉に違和感を覚えなくなってしまった。

それがなんとも言えない虚無感を仰ぐ。


「みのりちゃん、またボーっとしてる」


そうして、彼女は僕の腰を力強く叩いた。パシッといい音が僕の聴覚を支配する。ブレザーの上からでも、ちょっと痛かった。僕は目を見開いて、彼女に顔を向ける。すると、自然と焦点があって、僕の中に彼女がいきなり飛び込んでくる。


「やめてよ、毎回。わたし……僕、こういうノリ苦手なんだってば」


「お、今日は僕の日なんだね。昨日がわたし」


「部長は女の子なんだ、今日」


にひひといたずらっ子の様に、彼女は笑う。彼女は昨日と全く違う服装に身を包んでいた。金髪、ミニスカの制服。金髪はかつらで、ミニスカも長い丈のをまくしあげているだけ。顔立ちが良いからか、彼女は少し目立っていた。


「俺はやっぱ、みのりちゃんの余が好きだな」


「なんで、よりによってそれなのさ」


「え、だって良くない?余って王様みたいじゃない!すごく空気よみ人知らずっぽいわ」


僕は思わず笑い声をあげそうになった。曖昧な、それでいて安堵した笑みを誘う。


部長は僕の余という一人称を気に入った次の日、彼女は彼(男の姿)になり、王子のような格好をしたっけ。

ゴスロリっていうのだろうか、アレは。とにかく部長は最高の変人だ。


「空気部の部長が評価してるんだから自信持って欲しいわ」


「……でも、僕のこれは本当に意味あるのか?」


「みのりちゃん、何が不満なの?楽しいしわよ?一人称を余にしたりね」


「……空気のラスボスが強すぎて何やってんだろってならない?部長」


部長は軽くあー。と言って、けらけら声を上げた。上手く茶化すと思ったら、部長は急に息を止めて、猫っぽい眼差しを向ける。


「無いな」


「ないんかい。部長でもちょっと考えたことあるだろ」


「笑ってるから笑うだっけ君のラスボス。そんな空気に勝つのが目標だったもんね。

今はLv上げだよ!みのりちゃん、今はLv上げだよ」


「カンスト勢に言われると辛いっす」


信号が青になったか、ならないか。

僕らは誰よりも早く、横断歩道を渡り始めた。


1週間という、短い期間が過ぎてしまった。

空気部……空気について考える部。実際はあきずに教室で駄べるだけの部。


今日、わたし(僕)はある事に気づいてしまった。あまりに衝撃的な、まるで立派で壮麗な城が崩れ落ちるくらいの感覚である。


そう、わたしは部長の性別を知らない。

この衝撃は定期的に襲うが、ついに半年目に突入してしまった。私はその年月に引っ張られて、行動に移そうと重たい腰を上げる。軽々と。


「みのり……?何してるんですか。なんで、ゴミ箱の中?」


自動販売機横のゴミ箱ん中で息を潜めていると、いきなり蓋を開けられた。男はわたしを見て、口元をピクピクさせている。眼鏡が光を反射させてキランと輝いた。わたしはそっと口元に人差し指を押し当てる。


「しー……だよ」


「でろよ!!しー、じゃない、ゴミ箱から出てくれ!?ゴミ箱使いたいんですけど」


わたしは男の言葉を半分だけを理解するように心掛ける。それで、結構いっぱいになったゴミ袋を指さした。


「分解すんなよ!ゴミ箱の存在意義変えんなよ!」


「ゴミ箱の存在意義決めんなよ。見てみなよ、ゴミ袋入れてる時より喜んでるように見えない?」


「見えないから。いっしょですから!」


わたしは反抗するように口を尖らせてみせる。男はあきれたため息をついて、いきなりわたしのゴミ箱ん中に足を入れてきた。


「……なんで?」


「俺も気になるんですよ。部長の性別」


「はじらいとか……ないん?」


「お前相手にそんな感情抱かへんわ」


狭くない?……というか何でわたしの目的知ってるんだ。

しかし、そんなことを聞いても、幼なじみだからとじゃないでしょうか。と本人すら解っていない感じで返されるだけだろう。


位置取りを終えた位、わたし達の脳内にハードボイルドな音楽が流れ始める。

それにのっかるように、2人して空想のトレンチコートを整えて、ハットを深く被ってみせた。


「けーぶ、ホシの情報を教えてくれないか」


「部長は気まぐれです。しかし昼休みは必ずこの自動販売機を訪れる。そう……ケチャップの炭酸飲料、ケチャッシュを買うために」


「へー。逮捕って、そうめんっていうんだって」


「聞いてくださいよ!なんでスマホで警察用語調べ始めとんねん」


「形から入るタイプやねん」


軽く冗談合いが続いていると、遠くの方から足音が聞こえてきた。部長だろうか。私はスマホの電源を切って、息を潜めた。


「部長ってさ、部活の時だけ変な格好をしてるんですよね」


「うん。副部長によるとね……あれ?じゃあ、なんで部長の性別謎なの?」


「知らない、より分からないんじゃないでしょうか……」


そう言って、男の子は何を考えてるか分からない表情で指さした。微妙に開けられた蓋、その隙間から覗くと部長がいる。

部長は確かに、制服を着ていた。しかし、下半身はジャージである。


「どっちかにしてよ!?制服か運動服かどっちかにして!?」


「みのり、ステイ!待機!……いった!!」


思わず私は窮屈なゴミ箱の中から飛び出す。スマホを持った右腕を大きく振り上げてしまって、それは男の顔面に直撃してしまった。つまり、スマホで男の顎にアッパーくらわせてしまう。


部長は長いまつ毛を何度も瞬きさせ、たじろいだ。


「なになに、みのりちゃん居たの?俺、びっくり」


「めんそーれ!!」


「それ言うならそうめんじゃ……ぐは!」


私は訂正してきた男に、たまたま……たまたま、膝蹴りを決めた……決めてしまった。




「なんだー。いきなりゴミ箱から出てきてめんそーれって言うから、びっくりしちゃったわ」


「いきなり、そーめん……逮捕って言われた方がビックリしないですか」


男はケチャッシュをわざとらしい音を立てて飲み始めた。水筒のコップに注がれた赤い液体をズーズー!って飲むから、なんか吸血鬼っぽい。


空気部の活動場所は廊下の階段辺りになった。幼なじみ含め3人の臨時開催になる。


「それで?2人はどうしてあんなとこ居たの」


「……それは、部長の性別を知りたかったから」


私がそう言ったら、部長は頭にはてなの文字を何百個も浮かべた。


「えー?何で俺の性別知りたいの?」


「全身映った生徒手帳だったら確認できたのに……!」


男はぐっと悔しそうに拳を握る。

わたしは部長のおなか辺りをみながら、弱々しく呟いた。


「わたし、部長と出会って半年近くなのに……未だ性別すら知らないんだ。それ、なんか嫌だと思った」


「みのりちゃんったら〜……やだ、かわいいー!気にしちゃったの?」


にまにました表情を私に向ける。


言ってて虚しくなった。別にいいや、いつか部長から教えてくれるかなぁと思っていた。だが、半年経つのに教えてくれない。……信頼されてないんだろうか。


「じゃ、みのりちゃんはどっちがいいの?」


「どっちって……」


「俺が男か女か、どっちでいて欲しいの?」


わたしの視野が急に狭くなる。部長の挑発的な眼差しがわたしに向けられた。


「ねー、どっち?みのりちゃん!」


ぐいぐい近づいてくる部長に対し、早く答えを出そうとする。考えたら考えただけ思考が停止して、顔に熱がたまっていくばかりだった。


「わー、ピュアだねぇ。みのりちゃんったら純粋。うん、幼なじみ君は何となく知ってるけど……」


「女、もちろん女です。異性……ゴアッッ!!?」


既に悟りの境地にいた男に、部長は笑顔で腹パンを決めた。手加減を知らない部長のパンチ、綺麗な技である。しかし、男はそれを受け止め、不敵に笑って見せた。男は諦めずに口を開いた瞬間、口に焼きそばパンを埋め込まれてしまった。


「ふぇっかくなら、びふぉとお近付きになりたいでふ……うまっ」


「うふふ、その焼きそばパン美味しいでしょ?俺のお気に入りなの」


部長は空気をつくるために柔和な表情を浮かべる。ああ、そういうことだったのか。わたしはすんなりと胸の中に感情を押し込んだ。


入学。

新入生、新学年の生徒達はリセットされた席に座る。その席に第1号で座れるのはわたしだけ、みんなだけ。1人目になるのだ、その机の1人目がわたし。すなわち、特別な机である。


誰も気にしないかもしれないが、これは一期一会と呼べるべきものであると思っている。 だから、最初に座るのを堪能してやろうと、誰よりも早く教室のドアを開けたのだ。


そして、飛び込んできたのは部長である。

部長はわたしの席に座っていた。


「おはよう、調子はどうかしら。この席に座る者としての資格があるか試させてもらうよ」


「えっ……誰っすか?」


わたしの強い思いを簡単に無視した部長。

それから毎日、わたしより先に部長は席に座っていた。

流れるままにわたしは部長の空気部に入部させられた。

今でも何してるかよく分からないというのが本音だ。分かるのは部長が部員達に慕われてるということだろう。


「本当は一番空気気にしてるの俺なんだろうね。一方的に大好きな友達に限って、自分を隠しちゃうの」


めちゃんこ嬉しい。わたしの口元が緩んでいるのに男が首を傾げてみせた。


「いきなりニヤニヤしてどうしたんですか」


「部長はわたし達のこと大好きみたいだ」


部長は顔を唐紅に染めて、直ぐに手で顔を隠した。


「そ、そそ、そんなにわかりやすい?」


「部長、ケチャッシュ飲みすぎたんじゃないでしょうか。めっちゃ真っ赤になりましたよ、病院いきます……ええ!?なんでや!?」


部長は有無を言わさず、空気読まない幼なじみを引きづり回し始める。足を引きづる形になった男、上靴からキュィィと音がたつ。


「俺、何もしてへんやん!むしろ心配してたやん!?つま先、地味に痛いんやけど!」


わたしの爆笑が廊下に響き渡った。



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