第57話 アオハル入道雲


 ラインでそのお誘いがあったのは三日前のこと。


 ボクたちLTSGの4人とクラスの男子4人でグループデートしようとめぐみちゃんから提案があった。他の二人は即答で、残ったボクはそれに釣られるように参加を決めた……、というかほぼ義務みたいだったけど。

 行き先は隣の市にある大規模テーマパーク。遊園地からプール、温泉にアウトレットモールまでなんでもござれで、この地方じゃ知らない人はいないって場所。


 集合する場所はパーク行きのバスが出るその隣市の駅でって事ではあったけど、電車に乗る前から愛ちゃんと佳奈かなちゃんの二人とは合流済み。残る史香ふみかちゃんは途中の停車駅でこの電車に乗ってくるらしい。


「それでさー、男子は誰が来るのー?」


「んー、まとめ役の立木ついき君に人選は任せたんだけどね、誰が来るのかは聞いてないんだよね。

 あ、大橋おおはし君を呼ばないようにとはお願いしといたから」


 さすがに彼が来たら扱いに困るよねーと愛ちゃんと佳奈ちゃんが声を出して笑う。ボクはそれを多少引きつった笑みで見守るしかなかった。


 二つ目の駅で史香ちゃんが合流してきた。

 パークなんて久しぶりです、新しいアトラクションが楽しみですよ、なんて言っていて、思いもよらず余裕がある様子を見せている。


「史香ちゃんて、ジェットコースターとか絶叫系大丈夫なんだ?」


「そうですね。昔から平気ですね」


「あたしも平気だよ」


「うちはー、得意でもないけど苦手でもないかなー」


「優樹はどうなのさ?」


「ボク? ボクも得意じゃないけど苦手ってわけでもないかな」


 結局その場の女子全員、絶叫系NGの人は誰もいない事が分かった。

 絶叫系で怖がる女子に優しく接してモノにしたいと考える男子たちには悪いけど、これが現実ってものですよね。女の子側に立ってみて初めて分かる真実ではあるけれど。



§



 電車が目的の駅に到着して改札口を出ると、そこにはクラスの男子4人が待ち構えていた。

 「おーい玉垣たまがきー」と最初に声を上げて手を振ったのは立木君だ。その隣にはクラスマッチテニスでボクと組んだ園田そのだ君がいる。そこからちょっと離れたところに二人いるけど……逆光でよく見えない。


 ボクはとりあえず先日のテニスの労いをしておこうと思って園田君の方に近づいていったんだけど。近づくにつれて残りの二人の顔も見えるようになった。そのうちの一人はボクもとてもよく知っている人だ。


「え……宇佐美うさみくん?」


「あれ? 財部たからべさん……」


 ボクはもちろん、宇佐美くんも誰が来るのか知らされてなかったようで、驚いたまま顔を見合わせた。


「まさか財部さんが現れるなんてね」


「誰が来るとか教えてもらってなかったんですか?」


「全然聞かされてなかったよ」


 慌てて愛ちゃんの方に顔を向けると、軽くウインクしてきた。これは最初からセッティングしてたね。

 でもおかげでちょっと安心することができた。名前しか知らないような男子ばかりだったら途方に暮れていたのは間違いなかったから。


「……あの、今日はよろしくお願いします」


 ボクはそう言って軽く頭を下げた。彼の返事はなかったけど、少し照れた表情が垣間見られた。



§



 バスを降りてパークに入場する。日中はここで一日遊んで、夕方になる前には隣のアウトレットへ移動。晩ご飯をそこで食べた後、パークで打ち上がる花火を見てから帰宅という流れが説明された。


 もう一人いた男子は脇坂わきさか君だった。彼は園田君と同じ中学の出身で、以前から仲が良かったらしい。

 男子それぞれの関係は愛ちゃんによると、立木君が愛ちゃんと中学が同じで話をする仲。その立木君も園田君と仲が良くて。そして宇佐美くんは立木君のすぐ後ろでよく話をする仲なのだという。


 そうやって説明はされたものの、ボクが知っているのは園田君と宇佐美くんの二人だけ。そしてこれまでの経緯もあって、ボクは自然と宇佐美くんの近くにいる流れになった。

 LTSGの他の三人も大体組み合わせは決まっているようで、愛ちゃんは立木君と、佳奈ちゃんは脇坂君と、そして史香ちゃんは園田君の側にいる。誰が来るのか分からないとか言われてたけど、どう見てもあらかじめ決まってたよね、これは。


 パークの中では自由行動と聞いたけど、いきなりばらばらに行動というわけにはならなくて、まずは8人いっぺんに肩慣らし。とりあえず一番楽な部類に入るヒュージパイレーツへ。

 要は大きな帆船の形をしたアトラクションで、それが二隻横並びにスイングするもの。みんなが同じ船に乗ると面白くないと誰かが言い出して、4人ずつそれぞれの船に。二手に分かれた組がお互いの組を間近に見る席に陣取って、怖がる様子を見るのだとか。見る余裕があるのかどうか分からないけど。

 それで、ボクはと言えば思っていたよりも余裕を持ってこのアトラクションを楽しむことができた。というか、なんだかちょっと物足りない感じ? 2年ほど前にもこれに乗ったことがあって、その時は怖くて手すりにしがみついてた記憶があったんだけど。

 ううーん、なんでだろうと少し考え込んでいるボクをよそに、宇佐美くんを除いた他の6人は調子が上がってきたらしく、次に行くぞと鼻息も荒くなっていた。



§



 あれこれ乗って回りつつ一時間ほど、気がつくとみんなそれぞればらばらに動き回っていて、ボクと宇佐美くんは例によって二人取り残されていた。


「……みんなどこかに行っちゃいましたね」


「そうだね。まさかこんな形になるなんてね」


 ボクたちはパークのど真ん中、頭上から降りそそぐ厳しい日差しに焼かれながら、並んで立っていた。


「あの、今日は誰に誘われて来たんですか?」


「立木君だね。席が前後だから彼と結構仲良くてさ」


「そうなんですね」


「財部さんは?」


「わたしは、愛ちゃん……玉垣さんに声を掛けられて」


「そうなんだ。彼女、立木君と仲よさそうだったね」


「ですね。聞いたところだと中学校でも仲が良かったみたいですよ」


 そこで会話が途切れたので、ふと右隣に立つ彼を見上げると見事に目が合った。見てはいけないものを見たような気がしてとっさに目線を落とす。


「喉が渇いたね。何か飲もう」


「……そうです、ね」


 やっぱりなんだかぎこちない。朝の駅ではそうでもなかったけれど、こうやっていざ二人きりが確定してしまうと、どうにも。

 様子を窺うに、それは宇佐美くんも似たようなものにも感じるのだけど。


 近くにあったスタンドでそれぞれドリンクを。でもこの真夏の最中だというのにパークには日陰があまりないし、なにより気温が高くてへばりそうだ。

 ドリンク片手にぐるっと見回してみると、観覧車が目に付いた。


「そうだ、観覧車乗りませんか?」


「え? 観覧車?」


「ここじゃ日照りもきついし暑いですし、観覧車なら冷房もあるかな、と」


 ボクの提案に、彼も観覧車を一瞥する。なにかに気付いた様子で、ボクの提案に同意してくれた。


 待ち時間ゼロで観覧車に乗り込む。中は思った通り冷房が効いていて、ここだけは狭いながらも極楽の空間。でも当然二人だけの空間。ボクの方から誘ったけど、よく考えなくてもこれじゃ何かして下さいとお願いしてるようなものなんじゃ?

 しまったと思うもののもう後の祭りで、ドリンクを口にしながら無言で二人向き合った。


 ゆっくり上昇する観覧車から見えるのは、すぐそばにある海から注ぐ夏の日差しの照り返し。遠くに目をやれば真っ青な夏空にこれまた立派な入道雲。

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