第54話 もう一度、隣に立てるかな
プール事件から一週間、次の嫌がらせは起こっていない。
少なくともお互い表立って何か働きかけることはしていなくて、その一方で舞浜さんたちが何を企んでいるのか分からないけど。
そしてボクの見る夢も相変わらずだったのだけど、ここに来て変化があった。
夢の中のボクと
目の前の二人はボクの存在に気がついている様子ではなくて、二人だけの世界に浸っているように見えた。
ボクはここにいる。それじゃ、目の前で彼といちゃついているボクは一体誰なんだろう?
気になったボクはもう一人のボクに歩み寄って、そして尋ねる。
「ねえ、キミは一体だれ?」
もう一人のボクがいちゃつくのを止めて顔をこちらに向けようとした瞬間、目が覚めた。
結局その朝はそれから眠り直すことができなくて、かと言って起き上がることもできずにベッドの中で悶々としていた。
考えていたのはもう一人のボクの事。単なる夢にしてはすごく鮮明で、隣に立っていた宇佐美君の姿に比べると実像のような見え方だった。それにあのいちゃつき方。
確かに今まで見てきた夢の中でもボクは宇佐美君といちゃいちゃしていた。その頃はまだ第三者の目で俯瞰して見ることはなかったから気がついていなかったけど、今日初めて俯瞰することができて、その姿に違和感を持ったのも確かだ。
いくらボクの心が女の子になりつつあると仮定しても、宇佐美君を相手にあんなにまとわりつくような真似はしないと断言できる。
ボクとまったく同じ姿の女の子。ボクではないのなら一体誰なんだろう。
§
寝不足で重いままの意識を抱えて、ボクは学校に続く上り坂を歩く。ふと前を見上げると少し前を宇佐美君が歩いているのが見えた。
まるで夢の続きのようなその光景、でも声を掛けることなんてできなくて、鈍い足取りのまま距離を保って歩く。
そんなボクを追い越して彼に迫る影があった。
迫る影に気づいたのか振り返る宇佐美君の横顔。動く唇。そして、彼にその影がまとわりついた。
影の主は
いけない。この炎をここで出すのはマズい。
ボクの焦りとは裏腹に大きくなる炎。こんな場面で炎が広がってしまっては何が起こるか分からない。でも、止められない。必死に押さえ込もうとするけど、それが却って炎の勢いを増やしてしまう。
黒い炎が外に出そうになったその時、ボクの意識はブラックアウトした――。
§
気がつくと教室の天井が見えた。
心は普段のような平静に戻っていた。
少し顔を動かして辺りの様子を窺うとボクはベッドに横たえられていて、仕切りのカーテンに囲まれていることに気がついた。教室だと思っていたけど、ここは保健室のようだ。
静かに上体を起こしてベッドから起き上がる。シーツの衣擦れで気がついたのか、カーテンの外から女性の声がした。
「
声と共にそっと引かれるカーテン。逆光に立つシルエットで表情はよく見えない。
「あの……、ボク、どうなったんでしょうか?」
カーテンの内側にその女性が入り込んで、そこでようやく顔が見える。養護の……確か、
「通学の時に学校への上り坂の途中で急に倒れたんですよ。覚えていませんか?」
先生の優しい目が問いかけた。
「はい、急に目の前が暗くなったところまでは覚えています……」
「急に倒れたあなたを近くにいた宇佐美君が抱えて保健室まで運んでくれたんですよ。
それで、体の調子はどう? 頭とか痛いところはないですか?」
「はい……、特に痛いところはないみたいです」
「頭がふらついたりしていませんか?」
「……多分、大丈夫です」
本当は、宇佐美君が運んでくれたと聞いて動悸が高まっていた。
頬に熱がこもっているのが感じられる。
先生はボクのそんな様子に気づいていないのか、ごく自然に話してくれる。
「そうですか。問題がなければ良いですけど、気分が悪くなったり急に具合が悪くなるようならすぐにわたしを呼んで下さい」
「はい、分かりました」
「多分疲れからきた貧血じゃないかと思うのですけど、最近きちんと眠れていますか?」
その一言で全てを見透かされたような気がして、身を固くする。
答えられずに俯いていると、先生の方から話を切り上げてきた。
「……まだ少し具合が悪いみたいですね。工藤先生にはもう少し休養が必要だと伝えておきますから、今日は落ち着くまでここにいて良いですよ」
ボクの動揺が伝わったのか、そう言って成田先生はカーテンを閉めて出て行った。
タオルケットを頭の上まで被って再び横になる。
とたんに枕に伝う温かい雫。
どうして今涙が溢れるのかまるで分からない。悲しい涙なのか、悔しい涙なのか。昔はこんな思い出したように泣くなんて事はなかったように思う。
これもやっぱりボクの心が変わってきているせいだろうか。それとも別の理由があるんだろうか。いずれにしても今、理由の分からないまま涙が溢れて止まらない。
ボクは、どうなってしまうんだろう。
舞浜さんの今朝の行動を思い出して、宇佐美君がボクから遠くなっていく感覚に襲われる。そして夢の中のもう一人のボク。その存在もまた彼を遠ざける壁のように感じてしまう。
ボクが、彼の隣に立てる日はやって来るんだろうか。
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