第40話 お願いすればなんでもありって話


 久しぶりに始まったれいあちゃんとのトークは第2ラウンドに移る事になった。



 れいあちゃんと二人、バスを降りるとそこは駅の西口バスターミナル。

 ここからスタバのあるショッピングセンターまでは歩いてすぐ。


 道すがら、他の高校の生徒達も多くすれ違う。もちろん光星こうせいの生徒もちらほら。


 お店に着くと、レジ待ちの列がお店の外まで伸びていて。


「混んでるわねー」


「そうだね。よその高校もテストが終わったのか人多いよね」


 なんてことを喋り合いながら列に混ざって待っていたら、店員さんがメニューを手渡して来た。待っている間に注文を考えておいて下さいと言う。


「れいあちゃん、何にする?」


 ボクはメニュー片手に、隣で一緒に並んでる彼女に尋ねた。


「この新作フラペチーノがいいわね」


 そうやって彼女が指差す先には白の中に黄色がマーブルに浮かぶ、なんとなく爽やかに見えるドリンクの写真。商品名を見る限り黄色はレモンのようで。



 メニューブックを見ていたらだんだんと順番が近づいてきて、とうとうボクたちの番になった。


「それじゃ、このフラペチーノを二つ」


 結局ボクもれいあちゃんと同じドリンクにした。


 お金は出すわよと言ってくれた彼女を抑えて、今回はボクのおごりにした。このあいだの真理録レコードのこととか、高校の復学が実現したこととか、最近彼女にお世話になりっぱなしでもあったので。


「そんな大したことじゃないわよ」


 と、彼女は言うのだけれど。


 カウンターでドリンクを受け取って席を探す。

 ちょうど上手い具合に隅っこの方のテーブル席が空いたので、そこへ二人して滑り込んだ。


「良い席が空いていたわね。ひそひそ話にはちょうど良いじゃない」


 れいあちゃんはそう言いながらテーブルに置いたドリンクを、取り出したスマホでパチリと写真に撮る。

 その様子にボクは意外な感じがした。


「れいあちゃん、もしかしてインスタとかやってたりする?」


 ボクはドリンクを持ってきたそのままテーブルの上に置いて尋ねる。


「やってないわね。でもこうやって写真を撮るのが最近楽しくて」


 そう言いながら角度を変えてもう一枚。


「そうなんだ」


 その様子を見ながら答えていると、彼女がボクの方を向く。


「アナタは撮らないの?」


「ボク、スマホ持ってなくて」


「あら。それじゃ連絡取るのも大変じゃない」


「うーん。そうなのかな? 今のところはあんまり不便も感じてないんだけど」


「なら良いのだけれど……あっそうだ、ワタシとアナタの間だけで通話できるわよ」


「えっ、スマホもないのに?」


 れいあちゃんがボクの耳元で囁く。


「スマホなんて要らないわよ。そうね、念話とかテレパシーとか、そういう類」


「そうなんだ」


 ボクもできるだけ小さな声で返事をした。


 やっぱりあるんだそう言うの、という案外冷静な気持ち。これまで自分の身に起こった事を思い起こせばそれくらいはあるだろう、という思いでもあるのだけど。


「あら? 思いのほか冷静に受け取ったわね」


「今までに起きた事からすれば、それぐらいはあるかなって」


「……そうよねえ。性転換に魂の入れ替わり、世界からの排除」


「まだあるよ、姿形を変える事もできるし、服の再生もできちゃったし。空は飛ぶし瞬間移動もできるようになった」


「なによそれ。ワタシ聞いてないわよそんなの。姿を変えるってどういう事?」


「え、れいあちゃんできないの?」


「できていたらもうちょっとマシに潜り込むわよ。アナタ気付いてるかどうか分からないけど、ワタシのこの髪の色とか」


「確か鴇色ときいろっていう色だっけ。ちょっと派手だよね」


「やっぱり見えてるじゃない。

 これ地毛のままの色なのよ、どうしても変えられなくて。人に対しては認識阻害を掛けているから不自然には見えてないはずだけど」


「そうなんだ。学校で誰も騒がないから大丈夫なのかなって、ずっと思ってて」


「やっぱりユウキに認識阻害は効かないのね……じゃあアナタのその髪の色、今は黒だけどどうしてるわけ? 本当は白緑びゃくろく色のはずよね?」


「それが多分、姿形を変えられるのと同じようにできるみたいで。

 何々になりたいとかってお願いするとできちゃうんだよ」


 そう言いながらボクはポニーテールの先を手に取って、髪の先だけをユウキの髪色に戻す。

 れいあちゃんの顔が驚きの色に染まった。


「ちょ、ちょっと待ってユウキ。それズルいズルすぎよ」


 彼女は小声のまま驚きを最大限表現してくる。

 とはいえズルいなんて言われても、ボクにもよく分かっていない力なんだから。


「最初からこんな調子だよ? あの鎌から飛び出たリボンに包まれた後から」


 れいあちゃんはまだ驚いた風だったけど、ドリンクを一口吸ったらいつもの表情に戻った。


「ま、まあそのお話はここでは良いわ。また今度じっくり聞かせてもらうとして、今は念話の話よ。

 今からアナタに念話を送るから、驚かないでよね」


 彼女はそう言うとボクの方をじっと見つめた。


「う、うん」


 ボクが身構えると、頭の真ん中で大音量が響く。


『ユウキ、聞こえてる?』


 思わず顔をしかめるレベルの大音量。もちろん耳を塞いでも聞こえてくるからどうしようもない。


「ちょ、ちょっと待ってれいあちゃん。ボリュームが、おかしい」


『え? おかしいって何が』


 さらに響く爆音。

 

「とりあえず、それ、止めて。お願い」


 ボクは耳も目も塞いでその場で縮こまってしまう。


「ユウキ、大丈夫?」


 れいあちゃんが普通に声をかけてくれたけど、まだボクの頭の中は目が回ったみたいな感覚で気持ち悪い。頭を上げたままだとどんどん気分が悪くなるので、ボクはテーブルに突っ伏したまましばらくの間動きを止めた。



 少し落ち着いてきたところでゆっくりと頭を上げる。目はまだちょっと開けられそうにないけど。


 ふうと深呼吸を一回。ようやくなんとか回復しそうなので、ボクは徐々に目を開けて、まだ全然手をつけていなかったドリンクに手を伸ばす。

 結露したカップが冷たい。


 カップの中身は大分溶けてしまっていて、半分アイスミルクみたいな感じになってしまっていた。

 レモンの風味が鼻先に響いて、まだふわっとした感覚が残る頭にシャキッと一本芯を通してくれる。


「……やっと落ち着いた」


「心配したわ。何が起こったの?」


「れいあちゃんの声が頭の真ん中で大音量で」


 それを聞いておかしいわねと彼女は言う。本当だと勝手に適度な音量で聞こえてくるものなのだとか。


「アナタの体質なのかしらね。人でもあるし神でもあるから妙なところが普通じゃないわね」


「ええー。でもこんなのじゃ困るよ。授業中とか話しかけてこないでね? 頼むから」


 ドリンクを一口飲んだ彼女が提案してくる。


「逆にワタシに話しかけてきてみて。やり方は、相手のイメージをできるだけ正確に持って、その頭に向かって声を出す感じでできるはず」


 れいあちゃんはそう言うけど、最初自分のイメージだけで念話を出そうとしても全然できなくて。でもその後をしてから念話に取り組むと……。


『れいあちゃん、聞こえる?』


『聞こえるわよ。少し音量が小さいかしらね』


 あっさりとできてしまった。

 れいあちゃんからの念話のボリュームも、お願いしたら調整できるようになったし、やっぱりこの身体はよく分からない。


 れいあちゃんには、したらちゃんとできるようになったと伝えたのだけど、それを聞いた彼女は腕組みをして考え込むと。


「ユウキと破壊神の力の間に何か一つ挟まってるみたいな感じよね」


 そんな事を呟いた。

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