第38話 自分のお部屋を用意しよう
「あらまあ。なあにそのプリントの多さは」
その様子を見るなり驚いたのはママだ。
ボクは今日学校でもらってきたプリントの山を居間のテーブルの上で仕分けしていた。
「四月と五月の半分学校を休んじゃってるから、その間に出たプリントなんだって」
目はプリントを仕分けする手元に置いたまま、そんな事を答える。
「それにしても多いわね。これは相当頑張らないと授業に追いつけなさそう」
「とにかく1枚でも片付けて前に進めないと。これ以上貯まったら本当に再起不能になっちゃう」
努めて平静な声で答えつつ、でも心の中は涙目になりながら、ボクは整理の付いたプリントを1枚手に取って目を通す。数学のプリント。
ある程度は男の子時代にやった内容だけど、そんなにしっかり覚えている訳でもなく。とりあえず分かるものから少しずつ片付けていくことにした。
居間のテーブルはソファーに合わせた物なので高さが低い。ボクは床に直に座り込んでプリントを解いていく。
§
「そのプリントの量は大変だねえ」
声のした方を見上げる。
ずっと集中していたせいか、パパが帰ってきていたことに全然気がつかなかった。
「あ、パパ。お帰りなさい」
「ただいま、ゆうき。
そのプリント、ずいぶんあるけれどそれで全部の教科なのかい?」
ソファーに腰掛けて今日の手紙をチェックしながらパパが尋ねてきた。
ボクはプリントの山に目を落とす。
「これで今日授業があった教科の分だけなんだ。多分明日も明後日も配られるんだと思う」
ボクはプリントを解く手を止めた。
パパは驚いた様子で。
「まだあるのかい。それは大変だねえ。
ちょっと対策を考えないといけないねえ」
「それにゆうきちゃんがお勉強する場所がいるわね」
ママが料理の手を止めてこちらにやってきた。
「そうだねえ。この机でやるのは構わないけど正座じゃ辛いだろうしねえ」
「パパ。今これ正座じゃないよ」
ボクがケロッとした顔でそんなことを言うものだから、パパとママの視線がボクの足先に集まった。
床にぺたんと付いたお尻の横から、さらに横に突き出たボクの足先。
女の子座りって言われる座り方だった。
「ゆうきちゃん。その座り方、良いんだけど長い時間やってると骨盤が歪むとか言うから、ママとしてはあんまり感心しないな」
ママがちょっと困った風の顔をしてる。
「えー、ダメなの? 楽なんだけどな」
「気持ちは分かるよ。ただずっとその体勢はマズいんじゃないかなって」
そんな事を言われてしまうとボクも気になってしまうもので。
さっと正座に切り替えてしまったりして。
ボクが正座するのを見て満足したのか、ママは再び料理しに戻って行った。
パパはボクの様子を見て少し考えていたけど、最後は真剣な目でこう言った。
「早めにゆうきの部屋を用意しようかねえ」
§
その日の夕食後、いつものようにボクの報告会になった。
でも話の半分以上は勉強部屋をどうするかってお話に。
「やっぱりゆうきに一番良い環境を与えたいんだよねえ」
パパとしては今書斎に使っている部屋をボクのために明け渡したいらしい。
それはありがたい話ではあるけれど、ボクとしてはそこまでしてくれなくてもって気持ちではあって。
「ボクは二階の奥の部屋で十分なんだけど」
そう言ってはみたんだけど、パパとしてはそれではどうしても不満があるらしくって。そしたらママから釘を刺すような一言が出た。
「パパ。書斎を明け渡すって言いますけど、ゆうきちゃんの勉強机はすぐにでも要るんだから、そこのところ真剣に考えてもらわないとダメですよ」
その一言でパパは言葉に詰まってしまって。腕を組んでううんと唸ったまま動かなくなった。
ママが続ける。
「奥のお部屋も片付けないといけないし、もちろんパパの書棚とか本も整理しなくちゃいけないから時間かかるでしょう?
しばらくはパパの机で勉強するのはどう?」
考えてもみなかった意見。
でもパパがこの案に同意するのは難しいんじゃないかなと思ったのだけど、意外とあっさり決着がやってきた。
「わかった。そうしようかねえ。
でも、部屋の移動はするよ。なるべく早く机だけでも使えるようにしようねえ」
§
その日の夜からパパは書斎を片付けはじめた。
片付けられるのはパパだけだからとママは言う。迂闊にボクが手を出すとかえって混乱しそうなのは、片付けの様子を見ていると明白で。
僕が書斎の机を使えるようになったのは、その日から数えて2日目、木曜日の夜遅くだった。
パパの机の上に置かれていたパソコンモニターは片付けられて、本体共々一足先に奥の部屋に引っ越していった。机の周りに散らかっていた本や資料なんかも綺麗に片付けられている。
「遅くなってすまないねえ、ゆうき。とりあえず机の上だけは片付けたから、これで今夜からゆうきがこの机を使えるよ」
パパは頭を掻きながら少しすまなさそうだ。
「ううん、すまないって事ないよ。ありがとうパパ。」
立派な机と立派なイスはそのままそこにある。ボクはクッションの効いた黒いイスに腰掛けて背中を沈めた。
やっぱりこのイスはなんだか癖になりそうだった。
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